⑥ いたい、いたい、いたい
***
――逃げられた。それでも良い。
あの場で霊幻を破壊できれば最高だったのだが、撃退は及第点である。
キョンシーからキョンシーへのPSIの譲渡。ココミの切り札だった。ココミの脳を中継地点として別の脳の情報を無理矢理縫い付けるテレパシーをフル活用した荒業。
体験したことも無い強烈な痛みと眩暈の爆発がココミを襲った。
ズキズキクラクラクラクラクラクラズキズキクラクラクラクラクラクラクラズキズキクラズキズキズキズキズキズキラクラクラクラクラズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキクラクラクラクラクラクラズキラクラクラクラクラクラ!
「ッあ」
頭を抑える。
ズキズキクラクラクラクラクラクラズキズキクラクラクラクラクラクラクラズキズキズキクラクラクラクラクラクラクズキズキズキクラクラクラクラクラズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキクラクラクラクラズキラクラクラクラクラクラ!
螺子がココミの体を食い破る。
プチ、プチ、プチプチプチプチプチプチプチプチプチプチプチプチ。
――耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ!
ココミは出来る限り急いで元エレクトロキネシストとの連結を解除する。
視界の先でエレクトロキネシストがドサリと倒れ、痙攣しながらもそのエレクトロキネシストが立ち上がり、ココミの元に戻ってくる。
まだギリギリで壊れていない。ココミを経由すればまだ立ち上がれるはずだ。
ズキズキクラクラクラクラクラクラズキズキクラクラクラクラクラクラクラズキズキズキクラクラクラクラクラクラクズキズキズキクラクラクラクラクラズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキクラクラクラクラズキラクラクラクラクラクラ!
痛みは些かもマシに成らず、図らずも周囲の心の声を聞く余裕すら消えた。
――だめ、だめだめだめだめだめ! 壊れちゃう、壊れちゃ駄目!
ココミはもがいた。少しでも楽な体勢を探す為に。
既に状況は詰んでいる。後三週間は耐え切らなければならないのに、もう限界だ。
ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ!
ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ!
視界がノイズで歪む。他のキョンシーと視界を共有する余裕が無い。
ココミの頭は計算する。自分の寿命はあとどれくらいだ?
答えは〝零〟。今、意識を落としたら二度とココミは目覚めないだろう。
「おこ、してっ」
ココミは砂嵐の中で傍らのエレクトロキネシストへ命令する。
エレクトロキネシストはココミの体を支え、立ち上がらせた。
どうにかココミは意識を保つ。三半規管はめちゃくちゃで何処が地面かも分からない。
僅かに自分の体を抱える感覚だけが頼りだった。
不快だ。とても不快だった。
ホムラ以外の何かが自分の体に触ることが、ただただ不快だった。
ズキズキクラクラクラクラクラクラズキズキクラクラクラクラクラクラクラズキズキズキズキズキズキ! ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ! クラクラクラクラクラクラクズキズキズキクラクラクラクラクラズキズキズキズキズキズキズキクラクラクラクラクラクラズキラクラクラクラクラクラ!
ノイズがココミを襲う。
自分に触れて欲しいのは恋しい姉だけだ。それ以外の全ては自分を傷つけるだけだ。
ココミが安心できるのはホムラの愛の炎に包まれている時だけだ。
「ちゃん、と、支えて」
ギュウ。隣のキョンシーがココミの体を強く抱き締めたのが、ギリギリで分かった。
――気持ち悪い気持ちわるいきもちわるいきもちわるいきもちわるいきもちわるいきもちわるいきもちわるいきもちわるいきもちわるいきもちわるいきもちわるいきもちわるいきもちわるいきもちわるいきもちわるいきもちわるいきもちわるい。
ココミは自分を支えるキョンシーから離れたくてしょうがなかった。
でも、そうしなければ、ココミの恋を守れないからだ。
「すー、はー」
息を深く吸って深く吐いて整える。何も楽に成らない。気休めだ。
ノイズに慣れるのだ。どうせ無くなりはしないのだから。
まずは周囲の心の声をまた聞こえるようにならなければ。
ココミはPSIへ意識を割く。ノイズ(いたみ)など無視する。
テレパシーだけが自分の恋を守るたった一つの武器なのだから。
嵐の中で声を聞け。テレパシーのイトを世界へ伸ばし続けるのだ。
ココミは眼を見開いた。ノイズの所為で満足に見えない視界。
「はぁ、は、はぁ」
何故だか、息が乱れている。空気など音声言語以外に必要無いはずなのに。
フラフラフラフラフラフラ。世界が回っている。視界が安定しない。
急げ、急げ急げ急げ。回復を待っている時間は無い。
さっきからどうにもならない状況をどうにかしようとしているのに、状況は好転しない。
自分一体ではもうどうしようもないのだ。
だとしても、ココミは眼を見開いて、意識の蛇口を開いた。
「諦めて、たまるか」
世界への執着なんて無いが、ホムラへの情念はあった。
ココミは額の蘇生符ごと額を両手で押さえる。
もっと、もっともっともっともっと、テレパシーを!
キョンシーのPSIは結局の所思い込みの力だ。ココミは知っている。脳への負担を度外視すればあらゆるPSIの可能性は無限大なのだ。
ココミはもう一段階テレパシーを進化させる気で居た。最早エレクトロキネシスでも防げない。そんな、最強最悪のテレパシーへPSIを昇華させようとしていた。
それは即ち、ココミが壊れることを意味している。
「つ、な、が、れ!」
その直後だった。
――――――――――――――え?
鮮烈な『愛』がココミの全てを包み込んだ。




