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③ 数えられるほどの







「ただいまー」


 京香が葉隠邸から帰宅した時には空が真っ暗に成っていた。


 メイド達が持って来た菓子を食べて少しして、スズメは寝てしまった。やはり、体力は落ちたままなのだ。一分一秒だって体が寝ていたいのだろう。


 京香は平熱が低い。そんな京香以上にスズメの肌は冷たかった。


 どうにかならないかと思うけれど、医者では無い京香には偶に見舞いに行くことしかできない。


 そんな状況にも関わらず、スズメは京香のことを心配していた。


 霊幻とちゃんと話せているのか? スズメの言葉は核心を突いていて、京香の胸に突き刺さっていた。


「ほら、霊幻とリコリスも入って入って。夕飯にするわよ」


「ハハハハハハ! お前が言うならいただこう! ここ最近毎日だな!」


「……コウちゃんが食べるなら」


 許可なんて貰わなくても勝手に入って良いのにと京香は思う。だが、霊幻とリコリスは京香に言われなければ部屋に入らなかった。


 マイケルは京香への防衛機能だろうと言っていた。


 霊幻からすればリコリスは京香を害する可能性のあるキョンシーで、リコリスからすれば京香は憎悪の対象だ。主の危険を害する可能性があるキョンシーを主の許可なく部屋に入れられないのだろう。


 寂しいと京香は思う。リコリスはずっと自分に敵意ある眼を向けていて、霊幻はその度にリコリスを諫めている。リコリスの髪は霊幻の体に絡み付いたままで、京香は今までよりも気軽に霊幻に話しかけれらなくなっていた。


「何食べようかしらね~。作り置きも無いし、カップ麺とか?」


「昨日も一昨日もそうだったではないか。ちゃんとした栄養がある物を食べるのだ京香よ」


「はいはい。と言っても冷凍食品くらいしかないのよねぇ」


 ガサガサと冷蔵庫を漁り、京香は霊幻の言う通り、フリーズドライの夕飯キットを取り出した。


「霊幻、三人分用意しといて。アタシは着替えて来るわ」


「了解だ。リコリス、共に準備するぞ」


「うん。任せてコウちゃん」


 砂鉄入りの重いトレンチコート、そして、スーツを脱ぎ、京香は部屋着に着替えていく。耳には霊幻達がキットにお湯を注ぎ、レンジを起動する音が届いた。


「できた?」


「ああ、完璧だ。味噌汁、白米、加工肉のハンバーグに付け合わせのサラダ。栄養バランス的にも素晴らしい!」


「ん。ありがと」


 部屋ぎに成った京香が戻った時には食卓に三人分の料理が置かれていた。


 共に霊幻と食事の準備ができたことが嬉しいのか、リコリスの髪が先程よりも激しく霊幻に絡み付いていて、霊幻もそれを咎める様子は無い。


 見慣れた光景だけれど、京香の喉奥がキュッと狭まった。


「んじゃ、食べましょ」


 京香が座り、向かいに霊幻が座り、その隣にリコリスが座った。半ば定位置と化した座席順。変える気も無いし、リコリスも聞かないだろう。


「あ、美味しいわね。これ」


「ハハハハハ。素晴らしいではないか。人間達の企業努力の賜物だな」


 見た目よりも綺麗な箸使いで霊幻とリコリスも食事を取る。


 キョンシーには味覚が無い。蘇生符を使った時の感覚で京香は知っている。


 栄養だってこの後に飲む神水で事足りる。だから、この食事は京香の自己満足だ。


「今日のパトロールはどうだった?」


「ハハハハハ。昼間に話した通りだ。素体狩りを発見したから撲滅した。やつらめ、キョンシーも連れずに素体狩りをしていたのだぞ」


「マジで? 自殺行為じゃん。どうやってキョンシーも無しにこの町のハカモリから逃げるつもりだったんだろ」


「死に際の言葉を聞くに、どうやら前の大規模テロの所為でシカバネ町の警備は穴だらけだという噂が流れている様だぞ」


「えー。面倒なことに成ってるわねぇ」


 その場で思いついたことを思いついたままに京香は口に出した。


 このようなテキトーな会話を後何度霊幻とできるだろう。そんなことが頭に過り、過ぎる度に無視をして次の話題を探す。


「リコリスはどう? この町には慣れた?」


「……」


「リコリス、京香が聞いているぞ。答えるのだ」


「コウちゃんが居れば、私はそれで良いの。この町とかどうでも良いよ。昔と変わらないし」


「そうなの? 随分店とかは変わった気がするけどねぇ」


 リコリスの態度は硬いままだ。改善する気配は無い。


 チクチクとした彼女の態度は京香の心を苛むが、それに少しだけ安心しているのも確かだった。


「京香よ、お前はどうだったのだ? 京香はスズメの見舞い以外ずっと事務仕事だったのだろう?」


「前のバンクーバーでの報告書よ。結局モーバが居なかったやつ。アンタ達が色々と破壊し過ぎちゃったからその言い訳を考えてたの」


「あの現地での違法素体狩り組織を撲滅した戦いか! アレは素晴らしき撲滅だったな!」


「感謝してよねほんと」


 飛び交う声のほとんどが京香と霊幻の物だ。


――昔のアタシもそうだったのかな。


 京香が思い出すのは幸太郎に拾われた頃の自分の姿。


 全然話そうとしない京香に困った幸太郎を助けるために、何度もあかねが夕食の席に来ていた。その時は幸太郎とあかねの声ばかりがしていた。


 立場がそっくりと変わってしまった様で、京香は軽く笑ってしまう。


「リコリスも大活躍だったわね。ありがと」


「……そう」


「すごかったわ。髪を使って上下左右前後に動き回って。室内戦ならあんたに勝てるキョンシーなんてそうそう居ないんじゃない?」


「ハハハハハ。少なくともエレクトロキネシスト以外で勝ち目があるキョンシーはそうそう居ないだろうな」


「コウちゃんが褒めてくれるならとっても嬉しいわ」


 分かり易い反応の違い。蘇生符の奥のリコリスの瞳は愛に囚われた女の様に見開かれていて、それが何度も霊幻に向けられている。


――リコリスをアタシの物にして良かった。


 そう思う。リコリスは止めろと言った。だが、こうして霊幻とリコリスが並んだ姿を見れたことを嬉しいと思う気持ちは嘘ではない。


「そう言えば京香よ、次に吾輩達は何処に行くのだ? モーバの拠点候補をどんどん撲滅せねばならんだろう」


「まだ決まってないわね。この二か月で大体候補は潰したわけだし。今アリシア達が必死に捜索してるところよ」


 話は止まらない。話題は尽きない。


 ああ、だけど、こうして話をできる回数は残り数えられる程しかないのだ。


 口に入れた米が重くて喉に詰まる。


「美味しいわね、ほんとに」


 味噌汁で流し込み、京香は次の話題を口にした。

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