② 細くて、薄い
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「スズメー。見舞いに来たわよー」
夕方になるかならないかの頃、京香は葉隠邸に到着した。霊幻とリコリスを外で待たせ、給仕姿をした子供のキョンシー達に連れられて、スズメの私室に入る。
「あ、きょうか、待っていたぞ。このフィアンセを放って置くなんて酷いじゃないか」
「はいはい。何度も言うけどフィアンセでも何でも無いからね」
中央の敷布団にスズメは寝かされていた。京香を見て顔を綻ばせている。キョンシー達の手を借りて体を起こしているが、また少し痩せてしまっていた。
「一応、お土産にゼリーとか買ってきたけど、食べられそう?」
「おお、京香のゼリーか。ありがとう、とっても嬉しい。でも、ごめん。ちょっと食欲が無くてさ。後で頑張って食べるからヒバリに渡しておいて」
「そう? できるだけ食べた方が良いわよ。あ、でも、無理はしなくて良いからね」
布団から出された腕には点滴の針が刺さっている。内臓の調子も悪い様だ。
大丈夫か? と問い掛けたい。だが、そもそも大丈夫では無いのだ。心配されることをスズメは望まないだろう。
京香はスズメの敷布団の傍に座り、座敷童の様な彼女に話しかけた。
「どう? 最近? 仕事とか趣味とか面白いことはあった?」
「うーん。最近は仕事休業中だからなー。趣味もあんまり無いし。あ、でも京香が勧めてくれたゲームはやっているよ。一昨日四天王倒した」
「早くない? 結構なボリュームのやつだけど? 渡したの二週間前よね?」
「愛しのフィアンセが勧めてくれたものだからな。そりゃあ、気合が入るってものだよ」
スズメが指差した先にはテレビとそれに繋がれたゲーム機があった。静養期間で暇だという彼女のために京香が貸している機器である。どうやらそれなりには役に立っている様だ。
「フィアンセじゃ無いからね? まあ、でも楽しんでくれたなら良かったわ」
「アハハ、ギガバスターは全てを解決するぜ」
「まさかの脳筋プレイ」
スズメは笑っている。だが、その声は空元気だ。
「スズメ様、京香様、お水です」
「ん、ありがと」
トコトコと子供のキョンシーが水差しとコップを持ち、水を注いで京香達へ渡した。
「ほら、スズメも飲んで。お水なら飲めるでしょ」
「あはは、京香が飲ませてー」
「……良いわよ」
「え、本当? 言ってみるものだね」
「はいはい」
近くに寄り、スズメの口へ京香はコップを運ぶ。背中に手を当て、ゆっくりと一口飲ませた。
――……細いし、薄い。
スズメの体は生気が薄かった。また、肉が減って細く薄くなっている。
「ん。ありがと。京香に飲ませて貰ったらお水もすごくおいしいね。次は口移しでお願いできる?」
「調子に乗らない」
「きゃん」
軽く頭へチョップし、京香はそのままスズメの背中を撫でた。
「ほら、また痩せっちゃってるんだから。早く元気になってご飯とか食べられるようになって」
「うん。京香の頼みだからね。全力で良くなるよ」
「約束ね」
スズメの容態は医者からも聞いている。良くは無い。一月からの無理が祟り、身体機能が大きく落ちてしまっている。
特に内臓が酷いと言っていた。モーバで受けた処置の所為で内臓の約半分が動いていないのもあったが、その残る半分でさえ、今はまともに動いていない。
――でも、静養していれば、良くなるかもって言ってた。
これ以上の無理はできない。しかし、言い換えれば、これ以上無理をしなければ回復に向かう可能性があるということだ。
「あんたはアタシの友達なんだから。元気になって欲しいわ」
「そろそろ友達からフィアンセに進化してくれても良いよ?」
「だーめ。友達は友達よ」
「えー」
茶化すスズメの顔は明るい。よっぽど自分と会えることが嬉しいのだ。
正直、京香にはそれが分からなかった。
確かにスズメを助けたのは自分だろう。感謝されたり、好意を持たれるのは分かる。
だが、そんな感情を持ち続けてくれていることが京香には分からなかった。
――こんなアタシを良く好きでいてくれるわね。
口には出さない。出されても困るだろう。だが、失敗してばかりで、話もそれ程上手くない自分に何故そこまでスズメは好意を持ってくれるのか、京香にはどうしても分からなかった。
「……ケホッ」
唐突にスズメが咳をした。乾いた咳で二度三度続けたら収まる。
「大丈夫?」
「うん。これくらいなら。いつものことだよ」
「そ」
言いながらスズメの背を撫でていると、思い出した様にスズメが口を開いた。
「きょうかの方は最近どう? 色々と大変だったみたいだけど」
「大変よ、本当に。モーバとの戦いも近づいて来たし、アタシの超能力の出力もどんどん上がっちゃってるし。ハカモリの本部は襲われるしでもう訳が分からないわ」
「うん。知ってる。みんなに報告してもらってるからね」
京香はスズメがキョンシーを使って自分のことを逐一調べていることを知っている。彼女の数少ない楽しみで、それを取り上げる気も無かった。
だから、京香は次にスズメが何を言うのかが分かってしまった。
「……第六課にもキョンシーが増えたもんね」
「そうね。恭介の妹のフレデリカに、ココミがモーバから奪ったシラユキ、それに暫定的だけど中国のA級キョンシー、バツも入って結構にぎやかに成ったわね」
「……誤魔化してるね」
「……まあ、まだアタシも気まずい相手だからね」
はぁ。京香は軽く息を吐いて観念した様にスズメを見た。
「スズメ、大丈夫よ。リコリスとはちゃんとやれてるからさ」
「嘘。きょうかはこういう時嘘つきだよ。全然上手くやれてないでしょ。ずっと恨み言を吐かれてるじゃん」
「……まあ、ねぇ」
ジッとスズメの瞳がこちらを見てくる。彼女にはいろいろとお見通しだった。
「辛いでしょ? 毎日憎まれるの」
「そりゃキツイわよ。アタシが主に成ってなかったら間違いなく暗殺されてるくらい憎まれてるんだし」
「きょうかが決めたことだから、わたしは尊重するよ。でも、きょうか、聞いて。いくら自分が決めたことだからって、苦痛を耐えなきゃいけない理由は何処にも無いんだよ」
「分かってるわ。分かってるのよ。でも、アタシはそうしたいって思ってるの」
スズメはきっと安寧の日々を送って欲しいのだ。けれど、自分が選ぶ選択肢はいつもその逆ばかりでスズメには心労を掛けてしまっている。
「きょうか、いつも言ってるけどもっと自分を大切にして。私のフィアンセなんだからさ」
「努力はしたいわ。あと、友達ね、友達」
「いけずぅ」
「ごめんね」
心配してくれているのに、相手が望む様な言葉を返せないことが京香には心苦しい。
「きょうか、霊幻とはちゃんと話せてる?」
「……それは、」
京香は上手く答えられなかった。
霊幻と話せているかと聞かれたら、話せていると答えられるだろう。
だが、ちゃんと話せているかと聞かれたら、肯定するのは違う気がした。
スズメがしょうがないなぁっと言う風に息を吐く。
「ま、良いよ。どんなきょうかだってわたしは大好きだからね。いつでもきょうかを助けるさ」
「ありがと。でも、まずは体を治してね。アタシのことはあまり気にしなくて良いからさ」
「フフフ。それは無理だよ。何てったって最愛のフィアンセだからね」
「だーかーらー、友達ね、友達」
これ以上スズメはこの話を掘り下げる気が無い様で、手を二回叩きキョンシー達を呼んだ。
「ツグミ、京香用のお菓子を持って来て」
「ご承知いたしました!」
そして、少し疲れたらしく、布団を被り、横に成る。
「きょうか、お菓子を食べ終わるまでお喋りしよ。終わったら帰って良いからさ」
「それくらいお安い御用よ」
布団の中からスズメの手が出された。望みは分かる。
京香は手を握り返し、キョンシーが持って来る菓子を待った。




