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⑥ 生者の宣言

 磁力による圧倒的な力。リコリスは文字通り髪の毛一本すら京香に向けることができなくなっていた。


「ッ!」


 だが、リコリスの眼は憎悪と憤怒に染まったまま。敵意には一切の陰りが無い。


「リコリス、結局、アタシは最期まで幸太郎の隣には立てなかったの。だから。幸太郎の隣をアタシの居場所にはできなかったのよ」


 そう言いながら京香が両手でリコリスの頬を掴んだ。砂鉄で止めているとは言え、一本でも紅髪の拘束が緩めば、両手は爛れ、命は消えるだろう。


「ッ! そうだ。そうだそうだそうだ。お前はコウちゃんの隣に居て良い女じゃない。そんな権利を持っていない。早くそこを退け」


「退かない。それはあなたが決めることじゃない」


 凛とした、でも崩れそうな声だった。


「リコリス、アタシの隣が霊幻の居場所なの」


「ッどの口が!」


 リコリスが京香を殺さんともがくが、砂鉄による拘束で身じろぎしかできなかった。


 その様を京香がしばらく見る。緊張感が走り、恭介は唾を飲み込んでいた。


 沈黙の後、京香がリコリスに笑った様に少し目を細め、こう聞いた。


「リコリス、霊幻の隣に居たい?」


「そこは、コウちゃんの隣は私の物だ! 譲らない譲らない譲らない! 返せ返せ返してよ!」


 暴れても拘束は解けず、京香の視線もズレなかった。


「……そう」


 うん、と何かを決める様に京香は頷き、リコリスの頬に込めていた手の力を一気に強くした。


 人間の膂力では首だけとは言え、キョンシーの動きを止めるのは至難の業だ。砂鉄もフル活用して、瞼の一つでさえリコリスの満足がいかなくなる様に京香が力を込める。


「リコリス、アタシを()()()()


「ッ! 止めろ!」


 鼻同士が届こうかという距離まで京香が距離を詰め、リコリスとその眼が合った。


 刹那、リコリスの瞳が紅色に発光した。


「インプリンティング……」


 恭介は思わず言葉を漏らし、どういうことだとマイケルを見た。


 これはインプリンティング、キョンシー使用者の虹彩登録作業だ。


 だが、インプリンティングが行えるのはまだ主が未登録なキョンシーだけだ。


――あれだけ暴れて、ハカモリの管轄で管理されていたリコリスの主がまだ決まっていない?


 論理が通らない話であり、恭介の目線にマイケルが答えた。


「リコリスの主はまだ決まってねえんだよ」


「何でですか?」


「幸太郎以外のやつがあいつとあんな近距離で眼を合わせられるか? 我ながら傑作機だからな」


 ポン。狸の様に膨らんだ腹を叩き、マイケルはいっそ軽快に笑う。


「くそ! くそくそくそ! 離せ! 離して! 止めて!」


 リコリスはもがくが、京香の砂鉄で髪の毛一本すら動かせないこのキョンシーに抵抗する術は無かった。


 京香のうっすらと銀色に光る眼がリコリスの赤く光る眼と合う。


 そんなインプリンティングの最中、暴れるリコリスへ京香が言った。


「リコリス、あなたの願いを叶えるわ。霊幻の隣に居させてあげる」


「ッ! お前が、お前がコウちゃんと私を決めるな!」


「いいえ、決める。アタシが決めるの。あなた達は死者で、アタシは生者だから」


 あまりにも一方的な宣言だった。


 インプリンティングにキョンシーの意思は関係ない。どれ程拒否しても生者の虹彩は死者の記録回路に刻まれる。


「やだ! やだやだやだ! コウちゃん以外嫌だ!」


 口でしかリコリスは抵抗できず、口でしか拒否を吐けない。


 恭介にはその姿が哀れにも見えた。上森幸太郎のために生き、上森幸太郎のためにその死を使った女の成れの果てがこの姿だ。


「リコリス、眼を逸らさないで」


 京香の声は少しだけ震えていた。顔は凛としていて、先日までの弱々しさは薄れている。しかし、無理をしていることは明白で、強がっていることは明らかだ。


――でも、それしかないのか。


 彼女にとってこの行為は必要で、きっと正しいことなのだ。ならば、自分達には止めてはならないことだ。


 リコリスの眼の紅い光が収まって行く。インプリンティングが終了したのだ。


 同時に京香が砂鉄の拘束を解いた。


 ジャリジャリジャリジャリジャリジャリ。


「死ね」


 同時にリコリスの紅髪が京香へと伸びる。


 ピタリ。けれど、それらは全て京香に当たる直前で停止した。


 キョンシーは命令無しに主へ害を為せない。絶対の原則が働いている。


 意味することは明白だった。


「リコリス、アタシが主よ」


 京香の言葉がリコリスを突く。眼を見開いたリコリスは怒りとも悔しみとも取れる顔をして、その唇が震える様に動いていた。


「誓うわ、リコリス」


 一方的な誓いを京香が始めた。その間にも、リコリスは京香へ何度も紅髪を伸ばすが、全てが届かない。


 まるで京香は彼岸花に包まれている様で、恭介は息をするのも忘れた。


「あんたを霊幻の隣に置いてあげる。あんたの祈りはアタシが守ってあげる」


 声は震え、顔は強張り、それでも言葉に淀みは無い。


「祈りを壊す全てを、祈りを穢す全部を、アタシを邪魔する何もかもを撲滅する」


 最後に京香は笑った。無理やりの笑みでも、確かに笑っていた。


「だから、リコリス、アタシに従いなさい」


 そして、霊幻の狂笑が部屋に響いた。


 ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!


「素晴らしい! 素晴らしいぞ京香! 吾輩は感動で震えている! ああ、なるほど、同僚か! それは盲点だ! それならば吾輩はリコリスの存在を受け入れよう!」


 狂い笑いながら、霊幻がリコリスの前まで歩き、膝を折ってその視線に眼を合わせた。


「コウ、ちゃん」


「リコリス、吾輩は上森幸太郎では無い」


「ちがう。コウちゃんなの」


「我輩は生者としてお前の隣に立つことはできん」


 要領を得ないリコリスの言葉。霊幻とリコリスの会話が通じているのかどうかは分からなかった。


 唇を釣り上げ、霊幻は笑う。


「だが、吾輩の、我らの主が許可を出した。吾輩は死者としてお前の隣に居よう」


「……」


 リコリスの眼が言葉を失う。このキョンシーの言葉を霊幻は待たなかった。


「吾輩達死者は皆、生者の祈りの残滓だ。その祈りを共に守ろうではないか」


 再び霊幻が狂笑する。


 ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!


 久しぶりに聞いた一際大きな狂笑。地面にダランと落ちたリコリスの紅髪。


 その中で、京香がずっと霊幻の顔を見上げていた。

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