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⑤ 話をしよう




***




「……では、以上で今回の会議を終わります」


 午後三時。文化大ホールの中央会議室にて会議の総括を終えた黒木の終了の挨拶に恭介はフゥッと声を漏らした。


――やっと終わった。


 長い長い会議が終わった。連日酷使した耳や、外国語を考えた頭が疲れている。


「おつかれ、恭介」


「先輩もお疲れ様です」


 隣で立っていた京香が恭介の肩を叩く。彼女も疲れた様にアハハと笑っていた。


 ガヤガヤガヤガヤ。部屋に集まっていた要人達が退出していく。


 全員が退出してから最後に部屋の確認をすれば、恭介達の仕事は終わりだった。


「お二人ともご苦労様です。助かりました」


「黒木主任、原稿などありがとうございました。僕達ヤバい発現とかはしてなかったですよね?」


「ええ、問題無いです。こちらの原稿通りに動いてくれましたから」


 黒木はいつも通りの淡々とした口ぶりだった。この会議中、一度として止まること無く喋り通しだったのにも関わらず、彼には疲れの色も見えない。


「黒木さんは良く疲れないわね。一昨日から寝てないって聞いてたけど」


「我々第三課は他の課の様に戦えません。第二課の様に技術的なサポートもできません。なら、事後処理や書類仕事や事務仕事は完璧にしないと顔向けができませんよ」


 温度を感じさせずに返事をし、黒木が出て行く要人達を見つめる。


 この会議のためにどれ程の調整と根回しがあったのだろう。恭介達には伺い知れないことだ。


 フレームレス眼鏡を整えて、恭介もまた会場を見る。一昨日の素体狩りに巻き込まれた要人達も居たと言うのに、彼らは誰もそれを気にしていなかった。


――シカバネ町に来るくらいだもんな。


 シカバネ町、素体生産地域。ここに来るということは死を覚悟するということだ。


 要人達もまたそれを覚悟していたのだろう。


 バラバラと、人がはけていく。その音の中で京香が口を開いた。


「……恭介、これが終わったら霊幻を迎えに行くわ」


 昨日、酔い潰れて起きてから京香は霊幻のことを一言も口にしなかった。


 昼前に起きて、シラユキが用意した朝兼昼食を食べ、恭介と京香は今回の会議に向かい、会議が終わったらすぐに木下家に帰って、京香は寝た。


 昨日からの京香の様子はいつもと変わらない様にも変わってしまった様にも見えた。恭介は指摘せず、ただ努めていつも通りに振舞った。


 そんな今日から出て来た霊幻の文字に恭介はいつも通りに頷いた。


「そうですか」


「うん。だから付いて来て」


「了解です」


 断る理由は無い。明日まで恭介達の護衛に京香は必要で、共に行動する義務があった。


「ありがと」


 京香に真っ直ぐに見られ、恭介は誤魔化す様に眼鏡を整える。


 会議も後少しで終わりだった。







「霊幻、迎えに来たわ」


「おお、待っていたぞ」


 この十数日で何度も来た研究棟地下室。そこで霊幻はリコリスが収められたカプセルの横に立ち、京香達を待っていた。


 恭介は部屋に入る直前、京香が一度足を止め、シャルロットを撫でていた。何かしらの覚悟を持って霊幻の前に現れたのは明白で、最早恭介には何もできないことだった。


 ツカツカと京香が霊幻の前まで歩き、その巨体を見上げた。


「……霊幻、リコリスとは話せた?」


「ハハハハハハ。こいつが一方的に話すだけだ。吾輩からの言葉は全く届いていない。届いていないフリかもしれんがな」


 見る限り、リコリスは今寝かされているようだ。


 穏やかな寝顔である。近くに霊幻が居るからだろうか。


 恭介は声を出さなかった。背後に居るフレデリカ達も同様だ。ホムラとココミは興味が無いのだろう。勝手にソファに座り、好き勝手に雑誌を見ているが、京香達の邪魔をする様子は無い。


――先輩はどうするつもりなんだ?


 恭介は京香からこれからのことを何も聞いていなかった。


「霊幻、ちょっとアタシが今からすることを黙って見守ってくれる? 絶対に手を出さないで」


「命令か?」


「ううん。お願い」


「ハハハハハハ! 良いだろう京香! 吾輩はキョンシーだ! 生者の願いは聞かねばな!」


 狂笑する霊幻の頬へ一度手を触れて、京香は彼女を見ていたマイケルメアリーへ言った。


「リコリスを起こして」


「……本当にやる気か?」


「うん。アタシにやらせて」


「……オーケー、リーダー。従おう」


 マイケルが観念した様に笑い、カタカタとキーボードを叩いた。


 どうやら事前にこのキョンシー技師とは何か話をしていたようだった。


 プシュー。音を立ててカプセルが開き、それと同時に京香が呟いた。


「アクティブマグネット、起動」


 ジャリジャリジャリジャリ!


 シャルロットの蓋が開き、そこから無数の砂鉄が浮かび上がる。


「!」


 正気かと恭介は眼を見張った。この狭い場所で今の京香がマグネトロキネシスを発動するのはあまりにも暴挙であった。


「あれ?」


 けれど、恭介の懸念は外れる。あれ程までに暴れ回っていた砂鉄は京香の全身を滑らかに動き、制御された動体が持つ静謐さを保っていた。


 どういうことか。理由は分からない。だが、京香がある種の確信をもって自身のPSIを使っていることは確かだった。


「……ん」


 停止命令が解かれたリコリスの瞼がゆっくりと開かれる。


 直後である。


「死ね」


 ザッ! リコリスの無数の紅髪がノータイムで京香へと伸ばされた。


「せん――」


 思わず恭介の口から声が出る。だが、それは要らない心配だった。


 ジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリ!


 京香の砂鉄が瞬間的に展開され、自身へと伸ばされたリコリスの髪の全てを受け止め、切り裂いたからだ。


「マジかよ」


 マイケルの唖然とした呟きが耳に届く。


 戦闘員として恭介は未熟である。けれど、今の京香のPSIの展開は人間に許された範疇を超えている様に思えた。


「おはようリコリス。良い夢は見れた?」


 それに対して京香が気軽に話しかけた。


 リコリスは眼を見開いたまま、京香と霊幻を交互に見て、憎悪に染まった声を出した。


「そこを退け。コウちゃんの隣は私の場所だ。コウちゃんも早く、そこから動いて。私の隣に来て。お願いよ」


「ハハハハハハ! リコリスよ、それは無理だ! 吾輩は生者から既にお願いをされている! 死者の願いを聞くことはできん!」


 狂笑のまま、霊幻は京香の隣を離れない。リコリスは「どうして?」と小さく呟き、一挙に紅髪を京香へと更に伸ばした。


「邪魔」


 ジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリ!


 現れるのは先程の再現だ。紅髪は全て砂鉄に絡み取られ、砂鉄を溶かし切る前に切り裂かれる。


 落ちた紅い花弁の様な髪がジュウジュウと床を溶かした。


 一歩、京香がリコリスと距離を詰める。その間にも殺意を持った紅髪は向けられていたが、全て砂鉄で破壊していた。


「リコリス、話をしましょう。アタシはあなたと話がしたいのよ」


「黙れ、死ね、居なくなれ。お前が、お前がコウちゃんの隣に居ちゃいけないんだ。コウちゃんの隣は不知火あかねの物だ。私がその隣に居るんだ。今すぐに溶け殺してやる」


 リコリスの声は苛烈だ。断絶の響きがあり、京香の言葉を聞く気が無いのは明白だった。


 絡めとられれば死は免れない毒の髪。それらを一切躊躇うこと無くリコリスが京香へ向けている。


 人間離れした反応速度で京香がそれらを防いでいる姿から恭介は眼を離せない。


 危険なはずだ。安全圏まで逃げるべきだ。しかし、目の前の光景に危うさは無かった。


 更に一歩、もう一歩。京香が足を進めていく。距離を縮める程に密度が増していく毒の髪はいっそ清々しい程に砂鉄に阻まれ、散っていた。


 そして、とうとう、手を伸ばせば届く距離にまで京香とリコリスが近づいた。


「押さえ付けろ」


 ジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリ! 命じた瞬間、京香の砂鉄がリコリスを紅髪ごとカプセルの中で拘束した。

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