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③ 晩酌







「あ、先輩、出ましたか」


「……恭介、それは?」


「ちょっと飲みませんか?」


 リビングに出て、京香は目を丸くした。


 木下家の食卓に、酒と肴が広げられていたのである。


 恭介は既に一杯先に飲んでいる様で頬が少しだけ赤くなっていた。


「寝ないの?」


「まあまあ、後輩と偶には飲みましょうよ。今日は本当に疲れたじゃないですか」


 ハハハと恭介が笑いながら向かいの席を京香に勧める。


「明日も会議よ? 早く寝なきゃ」


「大丈夫ですよ。明日の会議は午後からに成りましたし、それに明日は決定事項の最終確認だけじゃないですか」


「はぁ?」


 恭介が差し出した情報端末には、今回のテロ行為を顧みて、午前中は安全確認に勤めると書いてあった。


 確かにそれならばもう少し起きていても良い。


「……考えてみれば、恭介とサシで飲んだこと無かったわね」


 少し、京香は考えて、恭介と飲むことにした。


「良いですね。何飲みます? 色々と買ってあるんですけど」


「いつの間に買ったのよ?」


「さっき第二課に急いで買って来てもらいました」


――変なの。


 この深夜に無理やり第二課に買わせた? 恭介らしくない。実は我慢していただけで結構な酒好きだったのだろうか。


 やや怪訝に思うが、口には出さなかった。わざわざ飲みたいと言うのだ。何かがあるのだろう。


「何飲みます?」


「そうねぇ」


 机に置かれた酒瓶を見ていき、一つに眼が止まった。


 懐かしい銘柄だ。かつて幸太郎に進められ、飲んだ瞬間、喉が焼けそうになったキツイキツイ蒸留酒である。


「割る様の炭酸水とかある?」


「ありますあります。これですね」


「ありがと。んじゃ、アタシはこれ飲むわ」


 恭介から渡された炭酸水と蒸留酒を手に取り、グラスに半々で注ぐ。


「お、先輩、それ飲むんですか? 半分でも大分度数ヤバいですよ?」


「好きなお酒なの」


 嘘である。味は全く好きでは無かった。ただ、幸太郎がかつて良く飲んでいた酒というだけだ。


「「乾杯」」


 キン! グラスを突き合わせ、口に含む。


 焼ける様な熱さが口内に広がり、耐え切れなくなる前に一気に胃へと押し込む様に飲んだ。


「……はぁ、やっぱ強いわねこのお酒」


「良く飲めますね。僕だったら二三杯でダウンですよ」


「アタシもあんま変わんないわよ」


 ポリポリ。恭介が更に出したピーナッツやらの摘みを口に入れ、京香は笑う。


 胃へと落としたアルコールが一気に体へと熱を持たせ、カァッと全身が熱くなった。


「今日はお疲れ様です」


「ありがと。恭介もね」


 グビッ。あっと言う間に体に回るアルコール。それに身を預けながら京香は恭介と話した。どちらも風呂上り、緊張が解け、顔には疲労の色がある。


 晩酌する習慣は京香に無い。一人で飲むのは危険だし、誰かと飲む習慣も無かった。




「先輩のマグネトロキネシス、出力上がってましたね」


「うん。困っちゃうわね。日に日にすごいことに成ってるわ。あれでも大分力を押さえて移動してたのよ」


「マジですか。僕とフレデリカが吐いたのに、その先がある感じですか」


 うわー、と恭介が額を掻く。それに笑いながら京香は更に酒を口へと含んだ。




「先輩は辛くないんですか? あんなに早く動いて」


「蘇生符貼ってるからかな? 少しは楽なの。まあ、あれ以上無理やり動くと、アタシも気絶しそうになるけどね」


「ハハ。そりゃ大変だ」


 言いながら恭介が新しい酒を開け、グラスへと注いでいく。水色で甘い匂いがする酒だった。


「それ何?」


「チョコミントサワー……マジか」


 名前を見て恭介が絶句し、恐る恐ると言った様子で一口飲んだ。


「…………………………」


「ちょっと大丈夫? 顔が青色よ?」


「いやもうヤバいです。これはヤバいです。先輩も飲みます? と言うか飲んでください。一口で良いんで」


「えー」


 そう言って恭介が別のグラスにチョコミントサワーなる物を注ぎ、京香へ渡される。


 まあ、飲んでみるかと京香は口に含む、瞬間、体中が粟立った。


 味は甘い。チョコミントという名前の通りだ。だが、ミントと甘さとやたらねっとりとしたアルコール分が不協和音を起こし、喉元でダンスを起こしている。


「!‘>{‘T#>U!!!?!?!??!?!」


 ゴクゴク! 蒸留酒で一気に喉の不快を流し込み、京香は「何これ!?」と恭介のグラスの青い液体を指した。


「ヤバ過ぎでしょ。こりゃ飲めないわ」


 ハハと笑い、恭介が新しいグラスに別の酒を入れ、口直しに飲んだ。




 クラクラ!


――あ、飲み過ぎた。


 一気飲みは行けなかった。酔いが血管を巡り、視界が回る。


 頭が変に成る。首から上が浮いた様な、背骨の隙間が広がった様な感覚。京香は空いたグラスに度数の低いサワーを注いだ。


「先輩大丈夫ですか? ちょっと顔赤いですけど」


「大丈夫大丈夫。でもあれねちょっと酔ってきちゃった。あの日みたいにね」


「あの日?」


「あー、アタシが二十歳に成った時の飲み会よ飲み会。ごめんね、恭介は知らないもんね」


「……又聞きでマイケルさんやヤマダさん、それにあおいさんと霊幻から聞きました」


「あ、そっか。知ってるのよね」


 そうだった。恭介は自分の過去をある程度は知っているのだ。京香はそうかそうかとフラフラと頷いた。


「あの日はねー、アタシが初めてお酒を飲んだ日なの。で、これが飲んだ奴」


「初めてでコレですか? いきなりこんな強い酒を? チャレンジャーですねぇ」


「幸太郎がね、良く飲んでたお酒なんだ」


 ケラケラと京香は笑った。初めてお酒を飲むと成って、幸太郎が準備をしてくれると成って、彼が飲んでいた物を飲みたくなったのだ。


「へー、上森幸太郎の飲んでたお酒ですか」


「そ。ちょっと無理して飲んだの」


 フフと京香は自嘲する。大人に成れた気がしたけれど、ああやって無理して飲んでいたのだから結局子供だったのだろう。




「上森幸太郎との日々はどうだったんですか?」


「ん? あー、そうねー。どうだったんだろう?」


 急に聞かれた過去の話に京香は頭を傾げる。いつもならきっと誤魔化して答えない。だけど、今は酔っていて、今日は色んなことがあり過ぎた。


 幸太郎との日々はどうだっただろう? 京香は思い出す。


 仇で、憎んで、守られて、分からなくなって、認めて欲しくて、分からなくなった。


「上手には、言えないかな。恭介は一応、アタシと幸太郎との関係は知ってるのよね?」


「上森幸太郎が先輩の母親、清金カナエを殺して、先輩を保護したってのは」


「あ、なら、話が早いかも。うん、そうね、最初の頃は恨んでたわねー。笑っちゃうかもしれないけど、何度も幸太郎を殺そうとはしたのよ。包丁とか色々持ち出してね」


「物騒ですね。そんなことが」


「うん。ま、全部失敗したんだけどね」


 アハハ。茹った頭に昔の記憶が上記の様に浮かぶ。


「アタシはさ、幸太郎に一杯守られたんだ。あおいとね、学校に行ってたんだけど、色んな人やキョンシーがアタシを攫おうとしたり、殺そうとしたりしてきてね。その全部から幸太郎は守ってくれたの」


「……」


 グビ。甘いジュースみたいなサワーを飲んで、京香は幸太郎の背中を思い出す。


 結局、彼の背中をずっと見ていた様な気がする。そんな過去だった。


「母さんの所で、常識とか、今の社会のこととか何も教わってなかったからさ。幸太郎に守られながら、幸太郎を恨みながら、この町で過ごす内に、分かって行くのよ。アタシはすごく変な環境で生きていて、今、とっても危ないんだって」


 母のことは愛している。家族として育ったキョンシー達もそうだ。あの箱庭での日々はとても穏やかで愛おしい物だった。


 しかし、あの箱庭は許されない物だと今なら分かる。あの時の少女であった清金京香はまさしく保護対象だったのだ。

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