⑨ 愛と諦観と執着と
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「えー、えー、テステス。声はちゃんと聞こえてるかな?
この声を聞いているってことは、私、不知火あかねはもう死んでいると思います。
ごめんね、コウちゃん。先に死んじゃって。死ぬ気は無かったんだ。ほんとだよ?
コウちゃんと結ばれた日。私は本当に幸せでした。もうあの時死んでも良いって思えるくらいの幸せでした。そんな幸せを明日も明後日もずっと先まで続けていきたいって思ったのは嘘じゃありません。
でもね、コウちゃん、私は私が先に死んじゃうんだろうなって思ってたんだ。
コウちゃんの所為じゃないよ。ハカモリに入る時、最後まで私が付いて来ることに反対してくれたよね。あれね、とっても嬉しかったんだ。ああ、コウちゃんは私に死なないで欲しいって思ってるんだって。そう思えてとっても嬉しかったの。
だからね、私が死んだのは全部私の所為。だから、気にしないでって言ってもコウちゃんには無理だよね。
それで良いの。コウちゃん、ずっと私の死を覚えていて。
起きる時も、寝る時も、どんな時でも私のことを思い出していて。
私の死体はどうだった? 体はどれくらい無事だったかな? できれば綺麗な形を保っていてくれたなら嬉しいな。
きっとどんな姿でもコウちゃんはずっと私の死を覚えてくれるよね。
生きている間も、死ぬ時も、死んだ後だって私のことを覚えていてくれるよね。
そう私は信じてます。
コウちゃんとの日々を私は毎日思い出してます。コウちゃんに出会った日、コウちゃんと背比べをしたこと、コウちゃんを抱き締めた日のこと、コウちゃんに抱き締めて貰った日のこと、ヒガンバナでの日々は楽しかったね。
コウちゃんとハカモリに入ったこと、初日の訓練では二人ともきつくて吐いちゃったよね。
コウちゃんが初めて人を殺した日のこと。コウちゃんはベッドで泣いてたよね。
コウちゃんが第四課のエースに成った日のこと。その時、私は拷問姫って呼ばれてたね。
コウちゃんが第六課を作りたいって私に言った日のこと。嬉しかったよ。私に言ってくれて。ほとんど無理やり私も第六課に入ったんだよね。
そこからは色んなことがあったね。二人で人を死なせることに慣れちゃって、それでも私は幸せだったよ。コウちゃんの横に居られたんだから。
でも、そんな日々は変わったね。コウちゃんが京香ちゃんを拾ってきた日のことを良く覚えてるよ。
ボロボロなコウちゃんが無理やり京香ちゃんを引っ張って第六課に帰って来たんだよね。俺が保護するって急に言われてほんとに吃驚しちゃった。京香ちゃんはコウちゃんのことを恨んでいたし、コウちゃんはお前が俺を殺すならそれでも良いって京香ちゃんに言ったよね。
そんなコウちゃんと京香ちゃんが一緒に暮らすって言ったんだから、私はすごくショックだったんだよ。
知ってるよね。あの頃、私は京香ちゃんを殺そうとしてたんだよ。だって、コウちゃんを殺そうとしていたんだもん。当たり前だよね。でもね、止めたんだ。
コウちゃんに言ったよね。京香ちゃんと暮らし始めて、コウちゃんは少しずつ顔が柔らかくなっていったの。嬉しかったし、悔しかったし、憎かった。私がさせたかった表情を京香ちゃんが作ったんだから。
ああ、きっと、この子が一緒に居れば、コウちゃんは死なないんだろうなってそう思えたんだ。
幸せだった。苦しかったけど。幸せだったんだよ。辛かったけど。
でもね、コウちゃん。私はダメだったの。きっと私はコウちゃんよりも先に死んじゃうって思いがずっと変わらなかったんだ。
何でだろうね? 第六課を辞めて、ハカモリも辞めて、何処かの家であおいとコウちゃんの帰りを待つ。そんな日々もきっとあったはずなんだけどね。
できなかった。できなかったんだよ。コウちゃん。私はずっとコウちゃんの隣に居たくて、コウちゃんの隣には私以外の誰も置きたくなかったの。
だから、私が死んじゃったのは仕方ないんだ。
コウちゃん、大好きなコウちゃん。このキョンシーはリコリス。私で作ったキョンシー。お金の心配はしなくて良いよ。全部払ってあるから。
これはね、コウちゃんに使って欲しくて、コウちゃんに使い果たして欲しくて、コウちゃんに使い潰して欲しくて作ったキョンシーなんだ。
コウちゃんは吃驚したよね。私はキョンシーが嫌いだったもんね。そんな私がキョンシーに成ろうなんておかしいって思うよね。
家族を奪って、未来を壊した、そんなキョンシーのことを好きに成れるはずが無いよね。
でもね、コウちゃん、前に言ったよね。
キョンシーはね、祈りなんだよ。
死んでしまう私が、生きていくコウちゃんに遺せる物ってこれくらいしかなくてさ。祈れることってこれくらいしかなくてさ。
だからさ、お願い。私の我儘を聞いて。リコリスを傍に置いて
私の死体にキョンシーの適性は無かったから、きっとPSIは発現してないと思う。でもね、色んな機能を入れたから、きっとコウちゃんの撲滅に使えると思うんだ。
だからね、お願い。コウちゃんに私を使って欲しいの。私以外の誰もコウちゃんの隣に置かないで。リコリスが壊れて果てるその日までで良いから。
お願い、私の死を忘れないで。
お願い、私の死を傍に置いて。
お願い、私の死を撲滅して。
愛してる。大好きなの。本当に大切なの。
コウちゃん、あなたが居たから私は生きていられました。
コウちゃん、あなたが居てくれたから私は幸せに成れました。
コウちゃん、あなたが居たせいで私は欲張りに成ってしまいました。
ずっとずっと傍に居たいの。最期の瞬間まであなたの隣に居たいの。
私の命の全部をあなたにあげたいの。
でも、コウちゃんは受け取ってくれないから。
優しいコウちゃんはこれだけは受け取ってくれなかったから。
だからお願い。私の死の全てを最期まで連れて行って。
愛してる。大好き。本当に大好き。
あなたが歩む撲滅の日々に私の死が寄り添うことを祈ります」