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⑥ 彼の腕に彼女は抱かれて




***




 パタリ。京香の視線の先。リコリスの体から力が抜けた。


 霊幻にしだれかかった体。眠る様に稼働を停止した彼女へ京香は唖然と放とうとした砂鉄を止めた。


――何が?


 リコリスの首輪からアラームが鳴っていた。強制停止用のアラーム音だ。


 遅れて京香は理解する。何かしらの遠隔操作でリコリスは嬌声停止させられたのだ。


 何故? どうして? 行き場を失った感情に呼応して京香の砂鉄がジジジと揺れる。


「……間に、合った」


 背後で恭介の声がして、振り向くとホムラがこちらを強く睨みつけていた。ホムラの腕にはココミが抱かれていて、彼女は頭を抑えながらリコリスを見つめている。


 その意味を京香が理解する前に、霊幻の笑い声が上がった。


「ハハハハハハハハハハ! 素晴らしい! 良くやったぞ恭介! 良くぞココミでリコリスを止めた!」


 掛け値なしの賞賛。「あ、そっか」と京香は理解した。


 恭介はココミを使い、テレパシーで首輪を嬌声作動させたのだ。


「でも、どうやって?」


 京香は磁場を展開していた。自分に近づくリコリスへテレパシーを当てるのは難しかったはずだ。


「先輩がリコリスを弾き飛ばしてくれたおかげです。ギリギリでテレパシーを当てられました」


 恭介が疲れた様に立ち上がる。まだ吐き気が残っている様だ。傍らではアイアンテディがジタバタと眼を回している。


「ああ、うん。そっか」


 京香がリコリスへ反撃をし、その腕を破壊させ、距離を取らせた瞬間、京香の磁場県内からリコリスが外れたのだ。


 どうしよう。京香は考える。言葉が頭から出てこなかった。


 きっと良かったのだ。恭介のお陰で致命的な衝突は回避された。


 京香は本気でリコリスを破壊しようとした。霊幻を取り返すため、あのリコリスを、不知火あかねを使ったキョンシーの破壊を本気で実行しようとしたのだ。


 勝てただろう。何故だか、マグネトロキネシスの調子が良くなっていた。いくら

リコリスが精密に髪を放とうとしても、全てを対処し、今度こそ、リコリスの全身を破壊できた。そんな確信が京香にはあった。


 それは良くないことだ。正しくないことだ。ならば、それを止めてもらえたのは好ましいことであるべきだ。


「……霊幻」


 でも、京香の視線の先で、霊幻の腕がリコリスを抱いていた。


 力が抜けた彼女の体が地面に落ちない様にその両腕で支えていた。


 止めて。そう言いたい。そう言えば霊幻はリコリスを地面に下ろすだろう。


 言えなかった。少しだけ取り戻した理性が邪魔をする。


「霊幻、こっちに来て」


「ハハハハハハ。了解だ」


 そしてリコリスを抱えたまま霊幻が京香の傍まで来る。


 久しぶりに見た彼の顔。リコリスが居なければ嬉しく、幸せだっただろう。


「何処も怪我をしてない? 壊れた場所があったら教えて」


「ハハハハハハハ。無いぞ。吾輩もリコリスも軽微な損傷すら負っていない」


「そっか。うん、それは、うん、良かった」


 あんなに見たかったはずの霊幻の顔を京香は上手く見れなくて、恭介へと振り向いた。


「ごめん。恭介、水瀬局長に次の指示を聞いて。南区の敵は一通り掃討したってのも伝えて」


「分かりました」


 そう言って恭介がキョンシー達を連れて京香から少し離れ、通信機を起動する。


 それで終わりだ。霊幻から視線を逸らせる理由はもう思いつかない。


 叱られる前の様な心持で、京香は霊幻を見上げた。


「ハハハハハハ。どうした、京香? 酷い顔では無いか」


 霊幻の狂笑はいつもと変わらない。唇を釣り上げた笑い顔のままだ。


「何で、アンタがリコリスを連れてるの?」


「撲滅のためだ。人手が足りないと克則に頼まれた。吾輩がリコリスを使い、敵を撲滅しろと」


「何でアタシに連絡が……あ、PSIを発動してたから」


 今回、シカバネ町は京香の知る限り最も大規模な素体狩りに襲われた。先の戦いで消えた戦闘員達の補充も完了していない。このタイミングでの襲撃、霊幻の戦闘能力が必要だったのだろう。


 しかし、京香は霊幻の眼を見て、リコリスの傍に居る様に命じていた。京香はマグネトロキネシスを発動していたから連絡も通じない。


 だから、水瀬は苦肉の策で霊幻にリコリスを使わせることにしたのだろう。


 理屈は納得できて、文句も付けられない。だけど、京香の口は何かを言おうと動いていた。


「でも、アンタは霊幻で、それだとリコリスは」


「ああ、リコリスは吾輩を幸太郎だと思い込んだままだ。吾輩は否定しなかった。撲滅のために必要だったから」


「――」


 京香の息が止まった。


 霊幻にとって撲滅は自身の存在理由だ。そして、生者と死者の切り分けが彼にとってのは在り方だった。


 どれ程、京香が生者の様に霊幻を見てしまっても、生者の様に霊幻を扱おうとしてしまっても、どんな時でも彼はそれを否定した。


 自分は死者だ。生者ではない。


 霊幻というキョンシーは生者の祈りを守らんと撲滅するのではなかったか。


 死者たることを自負する彼が生者を騙ったのだ。


 それは疑いようの無く、キョンシーとしての在り方を歪める物だった。


 苦しくなるくらい息を止めて、肺が自然と呼吸を再開する。


 心臓がバクバクと鳴っている。想像よりも強く京香はショックを受けていた。


「霊幻、アンタはアタシのキョンシー、なの。アンタは幸太郎じゃない」


「ハハハハハハ。分かっている。分かっているとも京香」


 霊幻の狂笑は変わらない。理解しているだろう。キョンシーの思考回路は優秀だ。でも、伝わっているのかが分からなかった。


「先輩! 水瀬部長から連絡が来ました! 素体狩りの掃討がほぼ完了したようです!」


 恭介の声が聞こえる。あまり遠くないはずだけれど、上手く耳には入らない。


 きっと酷い顔を自分はしているのだろう。そんな顔を霊幻には見せたくなくて、それでも彼の顔から眼を逸らせなかった。




 そして、恭介の報告通り、程なくしてシカバネ町に鳴り響いていたサイレンは止まり、素体狩りの殲滅が報告された。

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