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③ 死の光




***



 

Whip(薙ぎ払え)


 グネグネと血の鞭が敵のキョンシーを薙ぎ払う。セバスチャンに抱えられ、拘束に動く視界の中でヤマダはシンデレラとバツ達へ意識を向け続けていた。


――距離を保たなければいけませんね。


 十五メートル。シンデレラが指定した距離。その距離は必ず保たなければならない。


 シンデレラの光は危険である。有機物にとって劇物だ。敵味方の区別なく範囲内のあらゆる人間とキョンシーを殺せてしまう死の光。


「キャハハハハハハハ!」


 そんな死の光の近くでバツが笑い声を上げていた。


 紅布で眼を塞ぎ、体中の平衡感覚を狂わせているのにも関わらず、バツは憂炎と共にまともな戦闘をこなしていた。


 左手を繋いだ憂炎を右に左に振り回し、その勢いで向かって来る敵へ右手で触れる。


 ゴォォッ!


 その瞬間、敵は瞬炎で包まれ即座に灰と化した。


 敵は十数体のキョンシーとキョンシー使い。ヤマダ達の戦力は過剰と言えた。どちらかというと頭を割くべき相手は暫定味方のシンデレラである。


 バラバラと灰をまき散らしてシンデレラは敵の真ん中で踊る。距離を離されないようにする絶妙な動きはワルツの様にも見え、このキョンシーが踊る度に一体また一体と敵は倒れて行った。


 シンデレラの動きは大きく、故にヤマダは眼を細めた。


――近過ぎる。


「Entangle《絡め取れ》」


 血の触手がバツと憂炎を絡み取り、ズササとこちらへ引っ張る。バツ達の距離はシンデレラが言った射程圏内のギリギリまで近寄っていた。これ以上は危険である。


「クククク! 良くやったよアリス!」


 シンデレラもバツ達のことは気にしていたのだろう。バツが消えたスペースに体を入り込ませ、そこに居た敵へと距離を詰める。


 ピカピカピカピカピカピカピカピカピカピカピカピカ!


 昔と変わらず眩しい。シンデレラの光が敵を貫いて行く。


 ヤマダ達の血の鞭、バツの炎、シンデレラの光。あまりに過剰戦力。敵が逃げ切れる目は万に一つも無く、ヤマダも生かす気は無かった。


 数十秒後、敵の最後の一人がバタリと倒れる。眼鼻から血を流したその死に方は自分が死ぬと信じられないかのようだ。




「……ふぅ。ありがとうねアリス。助かったよ」


「ご冗談ヲ。別にワタシ達が居なくてモ、あなたなら何とかしましたヨ」


 シンデレラが光を収め、十五メートル先からヤマダ達へ声を掛ける。


 距離は保ったまま、ヤマダもシンデレラも相手に近づこうとはしない。


 PSIの発動を解いたとはいえシンデレラの周囲は厳密には安全とは言い難いのだ。


「……あなたのPSI、昔は五メートルだって言っていませんでしたカ?」


「おお、よく覚えているねアリス。流石だヤーヘルムの曾孫。頭の良さは折り紙つきだねぇ」


 遥か昔、幼い頃に一度だけ会った時、シンデレラはヤマダへ自身のPSIを見せてくれた。その際は五メートル以上離れる様に言っていた筈だ。


「簡単な話だよ。ちょっと制御が難しく成って来てねぇ。クククク。私もそろそろ壊れるのかもね」


 基本的にキョンシーのPSIの出力は増加しない。ということは脳の劣化などでPSIの制御性が落ちたのだろう。


「急ですネ。セバスよりも稼働年数が長いあなたガ高々十数年でそうも劣化しますか?」


「色々あったのさ。アリス、知っていると思うけど、メルヘンカンパニーはこの十数年で一度壊滅の危機に瀕したのさ」


 知っている。モーバによって構成員の半数が離反し、それによって発生した各所の契約先での損害賠償、メルヘンカンパニーは創業始まって以来の危機を乗り越えたばかりだった。


「やぁ、セバス。お前とも久しぶりだね。相も変わらずアリスの一族に仕えているんだね。素晴らしいよ」


「あなたは大分無理をしたようだ」


 セバスチャンがシンデレラの状態を見抜いていた。ヤーヘルムが死んだ今、最もシンデレラと古くからの付き合いがあるのはこのキョンシーだ。その眼でしか分からない物があるのだろう。


「んー、そろそろ大丈夫だね。近づいて良いかい?」


「ええ、数字上も問題無いデス」


 ラプラスの瞳にもシンデレラから発せられる数字が閾値を下回っていた。


 ヤマダの許可でアリスが嬉しそうにこちらに近づいて来る。昔は自分を抱える程に大きく見えたキョンシーが自分と同じ程度の背丈に成っていた。


「本当に、大きくなったね、アリス。ヤーヘルムが見たら喜ぶよ」


「何を馬鹿ナ。ひいおじい様がワタシの成長を喜ぶ筈がありませんヨ。勝手に絶縁した孫息子の娘デスヨ」


「いやいや、喜ぶよ。だってアリスはグリマリアの一族でもトップクラスに才能があったからね。ヤーヘルムはそういう男だった」


 クククク。思い出を懐かしむ様にシンデレラが笑う。


 その様をヤマダは眼を細めて眺めた。


 ヤマダ達の姿に疑問を持ったのだろう。はいはいとバツがあらぬ方向に手を挙げる。


「そこに居るのがシンデレラなのね! 初めましてシンデレラ! バツちゃんだよ! あなたの光をこの目で見られないのがとても残念だわ! ヤマダ! 教えて教えて! 何でこのキョンシーはあなたのことをアリスって呼ぶの? そんな情報、中国のデータバンクにも無かったわ!」


――面倒ですね。


 捨てて来た過去が面倒な相手に知られてしまった。ヤマダは「ふむ」と唇に手を当てた後、シンデレラへ向き直った。


「シンデレラ、あなたの失態デス。どうにか言い訳してくだサイ」


 丸投げである。だが、それで良い。シンデレラの思考回路は分かっている。ヤマダはヤーヘルムの血縁者だ。それだけでシンデレラにとっては最上級の保護対象である。


「おっと、確かにそうだ。ああ、確かにそうだね。この町にお前をアリスと呼ぶのはとても不躾だ。謝罪するよヤマダ。そしてバツ、そして李憂炎、この話は内密にしておいてくれないか?」


「シー。バツちゃんは良いよー」


「いいえ、私はこれを上に報告したいと思っています」


 シンデレラの言葉にバツは肯定、憂炎は否定する。そうなればこの場で採用されるのは生者の意見だ。


「んー。じゃあ、代わりに秘密の情報を上げよう。このシンデレラのPSIの正体について教えるから代わりにヤマダのことは忘れてくれ」


「……数秒ください。考えます」


 シンデレラのPSI。浴びたら死ぬ光。そのPSIの正体についてはまだ世界で誰も明言していない。その情報はシンデレラというキョンシーを戦闘用として見た時の生命線だ。


「良いでしょう。その情報は我々にとっても価値がある。代わりにヤマダさんの秘密は黙っていることにします」


「クックック。素晴らしいね人間様」


 笑った後、シンデレラが自身の秘密を明かした。


「私のPSIはオプトキネシス。放出型の光を出すPSIだよ」


「ええ、それは見れば分かります。あの光で敵が倒れていく理由は?」


「単純な話さ。私の光は放射線なんだよ」


「……詳細な波長は?」


「後でデータを送るよ。この場で誓うさ」


 放射線。言ってしまえばシンデレラのPSIはそれを出すだけの物だ。


 光の一種であり、波の一種である放射線は有機体の細胞を破壊する。別にそれ自体は大きな問題ではない。常に人体は放射線を浴び続けている。


 だが、シンデレラの放射線の波長と量と指向性が問題だった。


 ある特殊な非線形波長を持ったシンデレラの放射線は自然界や医療機器から発せられるそれよりも遥かに少ない量で有機体の細胞を破壊しつくす。


 結果、その光を一定以上の時間浴びた人間やキョンシーは例外なく死に破壊されるのだ。


 クックック。シンデレラが笑う。自身にとって重要な情報を明かしたと言うのにその顔は楽しそうなままだ。


――雑談をしている場合ではありませんね。


 シンデレラの横顔に思うことはある。だが、これ以上ここに立ち止まっていても意味が無かった。


「行きまショウ。シンデレラ、まだ敵は多いデス。ワタシが敵まで案内しマス」


 情報端末を出し、ヤマダは敵の位置を細くする。東区にはまだ敵に襲われていて、その殲滅が終わっていないのだ。


――ああ、でも、もうすぐ終わりますね。


 敵の数は未だ多い。だが、その数は急速に減っている。時間が経ち、ハカモリが本格的に殲滅に乗り出しだのだ。今、地図上で捕捉された素体狩りには未来が無いだろう。


 セバスに抱えられ、走り出しながらヤマダは思考する。情報端末にはこう書いてあった。


――京香と霊幻が南区に居る。霊幻がリコリスを連れて。


 なぜ、あの正義バカが外に出ているかは分からない。けれど、京香は運の悪い女だ。


 きっと、この状況で、京香は霊幻達に会ってしまうだろう。


 計算では無い。予測ではなく。ヤマダは何となくそう思った。

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