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② 死者の不変性




***




「ハハハハハハハ!」


「アハハハハハハ!」


 霊幻はリコリスと共に素体狩りを撲滅していく。中央区での戦いの後、克則からは南区へ向かえと指示を受けていた。


 南区。生者の数は少ない。敵の目的は出荷前の素体やインプリンティング前のキョンシー達に違いない。


 最も戦闘が激化しているのは西区だ。だが、そこには多数の生者が居る。


 そんな場所にリコリスを連れて行ける筈が無いという判断もあったのだろう。


 命令に従い、霊幻達は南区を目指す。その間、約一キロメートルに一度か二度、素体狩りと遭遇し、戦闘に入っていた。


 バチバチバチバチ!


 クネクネクネクネ!


 ぎゃあああああああああああああああああああああああ!


 紫電と紅髪が敵を撲滅していく。当初の想定よりも遥かにリコリスは使えるキョンシーだった。


 霊幻の動きを先回りする様なサポート。髪を使った海洋生物様な動き。そして一撃必殺の毒の髪。どれをとっても戦闘用キョンシーとして申し分無い。


「リコリス、左だ!」


「オーケーコウちゃん!」


 だが、何よりも使えるのは霊幻の命令を十全に熟すことだ。


 霊幻の命令でリコリスが左方のキョンシー使い達へ突撃する。重力を感じさせない動きで接近するリコリスへ敵はPSIの炎を放つが、どれもこれもが最小限の動きで回避され、キョンシー使い達はキョンシーごと皆溶かされた。


 ビチャビチャジュウジュウと溶け残る肉片を髪に付けたまま、リコリスが霊幻の隣へと戻る。その顔は満面の笑みだった。


「えへへ、やったよコウちゃん、褒めて褒めて?」


「……ああ、素晴らしいぞリコリス」


 パァ! 霊幻の一言一言にリコリスは過剰に反応する。


 今のリコリスにとって霊幻は存在理由の全てだ。このキョンシーの言葉通り、上森幸太郎としての霊幻のことを愛し、好意を持ち、執着しているのだとすれば、この行動も理解できる範囲である。


 自分が幸太郎では無いと、霊幻は否定の言葉を吐かなかった。重要なのは一秒絵Ⅾも早くこのテロ行為を撲滅することだ。霊幻の信条など何の価値も無い。


 リコリスが自分を上森幸太郎として扱うことで有用な戦力に成るのだ。利益の方が圧倒的に勝っている。


「後少しだリコリス、準備は出来ているな?」


「うんバッチリ! コウちゃんが隣に居るんだもん! いつでも私を使ってね!」


 前方五キロ先。南区が見えて来た。夜の空に煙が上がり、ファンファンファンと警戒音が鳴っている。


 走りながら霊幻は背後を軽く見た。


「待って!」


 アレックスに抱えられたあおいがこちらを追って来ている。何を自分達に求めているかは分からない。だが、あおいが納得できる言葉を霊幻達では吐けないと推測された。


――死ななければ良いのだが。


 可能であれば安全圏に逃げているべきだ。けれど、あおいはきっと何を言っても追って来る。ならば、速やかに撲滅を終えた方が生存率は上がるだろう。


「コウちゃん? どうしたの? やっぱり追って来るのが嫌? 言ってくれれば死なないくらいに壊して追えなくするよ?」


「止めろ。このままで構わん」


「分かった!」


 ニコニコとしたまま、リコリスがあおいの破壊を提案する。瞳には一転の曇りも無い。


「リコリス、あそこに居るのはあおいだ。お前の素体、不知火あかねの妹だ」


「うん。そうだね。あおいだね。大きくなったね。記録の姿から大分大人になってる」


 笑みが崩れない。リコリスはあおいを正しく認識し、その上で破壊を提案していた。


「お前はそれでもあおいが邪魔なのか?」


「そうだよ。だってコウちゃんとの時間を邪魔するんだもん」


 アハハ。当たり前の様にリコリスは語る。


 リコリスの執着は上森幸太郎だけに向けられているのだ。


 どうしようもない。キョンシーの執着は変えられない。


 自分達は死者でその在り方は稼働した時に決まってしまっている。


 だから、霊幻はリコリスの在り方を改める気にはならなかった。


「……着いた。やるぞリコリス。撲滅だ」


「うん!」


 南区に到着する。聴覚を意識すれば悲鳴と戦闘音がした。


 バチバチバチバチ! クネクネクネクネ!


 紫電と紅髪が躍動し、霊幻達が一気に加速する。


 思考は単純である。撲滅を為せば良いのだ。







『状況は?』


 水瀬からの連絡が来たのは霊幻達が南区に来て少しの時間が経った時だった。


「吾輩達は南区の東側に居る。約二十三パーセントの区画で撲滅が完了したところだ」


「アハハハハハハハハハハハハハ!」


 撲滅の残骸を踏み締めながら霊幻は語る。傍らではリコリスが狂い笑っていた。


 南区に集まっていた素体狩りはとにかく数が多かった。南区には港がある。素体狩り達は続々とここから逃げようとしているのだ。


 憤慨するべきことだ。生者の祈りを貶めた者達が撲滅されずに逃げおおせようとしている。


「克則、海に出れる部隊は居ないのか?」


『知ってるだろう? イルカはもう使えないんだ』


「ハハハハハハ。早く新しいハイドロキネシストを補給するのだな」


 ハカモリ第五課のエースキョンシー、イルカは先の戦いでもう使用できなくなった。今まで海に逃げる敵を対応していたあのキョンシーはもう居ない。


 それも敵は狙ったのだろう。船に乗り、ある程度の距離さえ離れてしまえば、もうハカモリには追うことができないのだから。


「吾輩達はこのまま港に向かうつもりだが、指示はあるか?」


『構わん。そのまま敵を追い込め』


「了解だ」


 克則からの指示を受け、霊幻は進路をシカバネ町の最南へ向ける。


 敵の逃走経路は決まっている。まず、それを潰すのだ。


 そう決めた直後、克則から追加の情報が来た。


『お前達が南区に来ていることは清金と木下達にも伝えてある。あいつらも南区に居るぞ』


「……そうか。京香は何処に向かっている?」


『分からん。マグネトロキネシス発動中だから捕捉もできん。付近の監視カメラも軒並み破壊されてるからな』


「ハハハハハハハハ。派手に暴れているでは無いか、吾輩の相棒は」


 霊幻は笑った。今、京香がどの様に戦っているのか、確度高く予測できてしまう。


 きっと、唇を引き結んで、それでも恭介の前だから得意でもない軽口を叩いているのだ。


『リコリスと清金が遭遇した場合、霊幻、対処はお前に一任する。最優先は清金達人間の安全だ』


「ハハハハハハハハ。分かっているとも。いざとなればその場でリコリスを撲滅してくれよう」


 バチバチ。笑い声に呼応する様に霊幻の紫電が爆ぜた。


『任せた。俺は西区の指揮に出る。しばらくは通信できないぞ』


「任された」


 ピッ。通信が切れ、霊幻はリコリスに向き直る。


 紅髪のキョンシーは狂い笑いながら、こちらをずっと見ていた。


「コウちゃんコウちゃん、行くのね。次はどうする? いくらでも溶かして殺してあげるよ」


 笑うリコリスの髪先はぐちゃぐちゃになっていた。未だ付いた肉片が溶け続けていて僅かな煙が出ている。毒々しい髪は素体だった頃とは色以外似ても似つかない。


 リコリスの笑みは狂気だ。この笑みは未来永劫変わらないだろう。


 それでもその笑顔は記録にある不知火あかねの物と酷似していた。


「行くぞ。港だ。まずは逃走経路を潰す」


「うん! 了解了解!」


 霊幻達は走り出し、背後の倉庫の脇からアレックスとあおいがそれを追いかける。


 もう十数度繰り返している光景だ。


 そして、程なくして霊幻達は港へ到着する。


「来たぞ! 霊幻だ! 逃げろぉ!」


 敵が直ぐに霊幻達を発見する。いくつかの一団が乗ったであろう舟は既に遠くに成っていた。


「ハハハハハハハハハハハハハハハ! 撲滅だあああああああああああああああ!」


 霊幻は叫ぶ。狂笑を貼り付かせ、紫電を纏って突進した。


「アハハハハハハハハハハハハハハ! 溶かして崩して殺してあげる!」


 リコリスもまた叫んでいた。楽しそうな狂った笑い声のまま、毒々しい紅髪を揺らし、霊幻と並走する。


 大量の敵が集まっていた。半数は既に取り逃がしていたが、残る半数だけでも百体近くのキョンシーが居る。


「放て!」


 キイィィィイイイイイイイイン! ボオオオオオオオオオオオオオ! ヒュウウウウウウウウウウウウ! バチバチバチバチバチバチバチ!


 そこにはPSI持ちも多数居たのだろう。いくつもPSIが霊幻達を襲い来る。


 霊幻は眼を見開き狂喜する。ああ、撲滅の時間で、それは自分の存在意義だった。

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