① 違う物
「アレックス、追い付けないの!?」
「HAHAHA! 俺は盗塁王じゃねえから無理だ!」
ドカドカドカ! アレックスにしがみ付き、あおいは霊幻達を追う。
世界で最高峰の機械化をしていたもアレックスでは霊幻達に追い付けなかった。
最高速度だけを見るのならそうは変わらないだろう。けれど、エレクトロキネシスや紅髪での急制動をふんだんに使う霊幻達の動きに直線的な動きばかりのアレックスでは動きに差が産まれるのも当然だ。
「おねえちゃん、霊幻!」
呼びかけても先を進むキョンシー達は止まらない。一度こちらへ目を向けた切りだった。
霊幻達は南区へ向かっているようだ。そこに敵が居るのだろう。
「霊幻、待って! 京香はどうしたの!? 何でリコリスを霊幻が連れているの!?」
アレックスに揺らされながらあおいは叫ぶ。霊幻達からは返事が無い。
今は有事で、あおいの質問の優先順位が低いのだろう。
「ハハハハハハハハ! 撲滅だあああああああああああ!」
バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチ!
霊幻が叫び出し、紫電を纏って突撃した。目を凝らすと素体狩りと思われるキョンシーを連れた一団が逃げようとしている。
「アハハ! コウちゃんコウちゃん、わたしにも任せてー!」
リコリスの声も良く届いた。やはり姉の声だ。記憶の中にしかなくて、最早正確に思い出すこともできなかった不知火あかねと全く同じ声。
姉が出さなかったような狂喜の笑い声と共にリコリスが霊幻の隣に並ぶ。
「アレックス! 追い付けるよ走って!」
「お前を抱えてあの戦いに入れってのか? そりゃ暴投ってもんだ」
「良いからギリギリまで近づいて!」
危険であることは承知している。マイケルは足手まといであるあおいを抱えているのだ。片手ではバットも振りにくい。戦える状態では無かった。
けれど、これを逃せば、霊幻とリコリスを見失ってしまう。そうなれば探すのは至難の技だ。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああ!」
断末魔が聞こえる。敵はあっと言う間に壊滅していく。素人のあおいの眼には霊幻とリコリスがとても上手に連携を取れている様に見えた。
だからだろうか。見間違えてしまう。
霊幻が幸太郎に、リコリスがあかねに、あおいの兄と姉が二人で戦っていた在りし日の姿がダブって見える。
それは幻視だ。二人はもう死んでいて、キョンシーに成っている。
バチバチバチバチ! クネクネクネクネ! ジュウウウウウウウウウウウ!
紫電と紅髪はあっと言う間に敵を捉える。
敵のキョンシーが左足を踏み出した瞬間、霊幻がジャンプし、紫電を放つ。
その一撃へ対処しようとしたキョンシー達をリコリスの紅髪が絡め捕りながら溶かしていった。
少なくとも近接戦用のキョンシーで今の霊幻とリコリスに敵う者は居ないだろう。
あおいにも断言できる程に二体の動きは圧倒的だった。
霊幻達から十メートルの地点でアレックスが足を止める。ここがこのキョンシーの定めるギリギリなのだ。
「アレックス、仮にだけどさ、あの二体と戦える?」
「無理無理。コールドゲームで惨敗さ。相性が悪すぎる」
PSIは使えないがアレックスも世界で有数な近接戦キョンシーだ。それが敗北を断言した事実にあおいは息を吐く。
あっと言う間に人間とキョンシーの区別無く敵が肉塊へと形を変えていく。
「ハハハハハハハハハ!」
「アハハハハハハハハ!」
狂った笑い声を上げているけれど、二体に動きはとても機械的で、工場の様に敵の命が刈り取っていく。
それを酷いことだとあおいは思わない。死体を見るのは慣れていて、死を見ただけで感情は動かない。
あおいの頭にあるのは霊幻とリコリスへの質問のことだけだ。
「霊幻、リコリス! 話を聞いて! 京香は!? 京香は何処に居るの!?」
作業の様な戦闘を終え、再び走り出した霊幻達をあおいは追いかける。
先程の様に質問の答えは帰って来ない。けれど、距離は大分縮まった。
だから、あおいの耳にも微かに霊幻達の言葉が聞こえた。
「大好きなコウちゃん、大々大好きなコウちゃん、あおいが後ろに居るよ。私達を追いかけてるよ」
「!」
リコリスの声だ。こちらを認識している。
リコリスはキョンシーで、あれはあかねではない。それは分かっていたけれど、姉と同じ顔をして同じ声で発せられる自分の名は僅かに喜びという感情があおいの中で湧き上がる。
もう、あかねから自分の名前を呼んでもらえないと思っていたから。代理だとしてもリコリスに呼ばれ、頬が緩むのを押さえられなかった。
「殺しちゃおっか?」
だから、続くリコリスの言葉に「ひゅっ」とあおいは息を呑んだ。
「HAHAHA! そりゃ暴投だぜリコリス!」
ズザザザザ! アレックスがその全身を駆動して停止する。
直後、ウネウネウネウネ! 数束のリコリスの紅髪があおい達へと伸ばされた。
毒の髪。触れれば一瞬で溶かされる。
「!」
刹那、あおいの意識に死が過った。
バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチ!
だが、霊幻の紫電がリコリスの紅髪を止めた。
「やめろ」
「うん、分かった」
紫電と共に放たれた霊幻の命令にリコリスの髪は一瞬で動きを止め、シュルシュルと元の長さに戻っていく。
バクバクバクバク。一拍遅れてあおいの心臓が強く鳴り響く。首筋からは汗が吹き出し、浅く息を吐くしかなかった。
「リコリス、それをしたら吾輩はお前を撲滅するぞ。二度とするな」
「アハハ。コウちゃんに撲滅されるならそれも良いかな。でも、コウちゃんが言うならやめるね」
アハハ。リコリスは笑ったままだ。うっとりと霊幻に微笑みを浮かべたままで、こちらには眼も向けない。
今、リコリスはあおいを殺そうとした。遅れて理解した事実にあおいは言葉を失った。
姉の形をしたキョンシーが、姉の声で、姉の顔で、虫を払う様に自分を殺そうとしたのだ。
分からない。もしかしたらただの威嚇で殺す意図は無かったかもしれない。そう思いたい。だが、あおいには判断が付かないことだ。
ほんの数秒霊幻は立ち止まってこちらを見た。リコリスは見ない。その視線は霊幻にだけ注がれている。
「あおい、吾輩は行く。追って来ても構わん。だが、邪魔をするな」
それだけ言って霊幻とリコリスは再び走り出す。
「もう〝違う物〟なんだ」
その背を見て、あおいの口から声が漏れた。
あまりにも自明なこと。この社会で誰もが知っている常識。
人間とキョンシー、生者と死者は違う。
知っている、知っていた。ああ、けれど、自分は理解をしていなかったのだとあおいは初めて理解した。
同時にあおいは一端を知る。京香はずっとこの感覚を味わっていたのだ。
遠くなっていく霊幻とリコリスの背中。あおいの体からは力が抜けている。
「アレックス、追、って」
それでも命令は出せた。行って何ができる? それは分からない。だけれど、追わなければ、あそこに居るのは霊幻とリコリスで、追うことでしかあおいは先に進めないのだ。




