⑪ 彼が死んだ場所
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「恭介、次の場所は?」
「待ってください。もう少し離れないと電波が届かないです」
結論から言って京香達の戦いは順調そのものだった。敵の数は膨大で未だ手は回っていない。そういう意味で素体狩りの被害者は刻一刻と増えている。
けれど、控え目に言っても今の京香達は世界で最高戦力のキョンシー使いの一団だった。
京香、ホムラ、フレデリカ、近中遠全てで戦える布陣が出来ている。並みのキョンシー使いでは手も足も出なかった。
ネックと言えばマグネトロキネシスを発動中の京香の傍では電波が届かず、ハカモリの別部隊からリアルタイムで通信ができないことである。
既に十数の戦いをし、その全てが瞬く間に終わった。恭介は京香から少し離れた場所で通信機を繋いでいた。
「先輩、次は南区です。工業地帯の輸出前の素体が狙われてます」
「ありがと、行くわよ」
ジャリジャリジャリジャリジャリ。砂鉄の翼に恭介達を乗せ、京香は一気に加速する。京香達が今居るのは中央区。本当ならば最も激戦である西区へ向かうべきだろう。スズメが心配だし、素体達の生活圏だ。
けれど、今の京香が全力で戦ってしまったら、素体達の安全は保障できない。加えて、明らかに京香やココミを狙った素体狩りも見られた。京香達を狙った素体狩りは他の者達と比べて強く危険である。
ならば、京香達は他の捜査官達の手の回らない現場へ向かうべきであるというのが水瀬達の出した結論だった。
「……先輩、大丈夫ですか?」
「何が? 大丈夫よ。さっきみたいに暴走はしてないじゃない」
「……いや、まあ、はい、それはそうなんですけど」
南区へ一気に飛ぶ京香へ傍らの恭介が声を掛けた。何を言いたいのかは分かっている。恭介は自分のことを心配してくれていて、無理をするなと言ってくれているのだ。
『今、先輩の隣に霊幻は居ないんですよ』
恭介の言葉が京香の胸に突き刺さっている。
近い未来、霊幻が隣から居なくなる。
なのに今、霊幻が隣に居ない。
何で? 答えは単純で京香がリコリスの傍に居てと命じたからだ。
今、霊幻はどうしているだろう? リコリスの傍を離れられないのだから、地下研究室から出ていないかもしれない。
本当ならキョンシー使いとして霊幻に命令するべきだ。そう気づいたのは戦いを始めた後で、そうなっては京香の口から離れた場所の霊幻に命令するのは不可能だった。
眼を見ての命令。通信越しで解除するには専用のデバイスから京香自身の肉声を届ける必要がある。そのデバイスへマグネトロキネシス発動中の京香では繋ぐことができなかった。
――ダメダメ。考えない考えない。
意識しても駄目だ。ずっと京香の頭の中には霊幻と幸太郎のことがあった。
それでも京香はこれ以上の思考を進めない。今はそんな場合ではないし、考えたからと言ってどうにかなる物でもない。
「見えた」
数分もしない内に京香達は南区に到着する。至る所から火の手が上がり、工場地帯一体から警報音が鳴っていた。
シカバネ町の南区。そこは幸太郎が京香の所為で死んだ場所だ。
普段なら思い出さない。けれど、幸太郎の最後の顔が脳裏に過る。
「先輩、あそこに敵です」
「分かってる」
考えたくない。そのために京香は鉄球を前方へ向ける。目標はこちらに気付き、迎撃の体勢を取ろうとしている。人間は十居るが、キョンシーの数は僅か三。
「いけ」
命令の声は小さい。だが、ほとんど全力で放たれた鉄球は亜音速に到達し、たった一発で敵のキョンシー全てを破壊した。
砂鉄で恭介達を抱えて京香は南区を飛び回る。
工場地帯。あらゆる場所に金属がある場所。京香にとってはホームグラウンドだ。
「みんな、吐きそうに成ったら言ってね!」
「はいっ!」
縦横無尽。ジェットコースターに乗っている様な急制動で京香達の視界は動き回る。これでも出力が上がり過ぎない様に全力で抑えていた。
――マイケルの計算だと、一応音速で動けるんだっけ今のアタシ。
加速度的に上がり続ける京香のPSIは既に生体のまま全力で振るえる物では無くなっている。
「燃えろ!」
目まぐるしく変わる視界の中で京香の動きに付いて行けたのはホムラとココミだけだ。
要所要所で火柱が上がる。その度に敵が出てきて、京香は鉄塊を打ち込んでいた。
京香が通り過ぎる度、工場地帯に瓦礫が増える。その瓦礫を全て磁力で持ち上げて、砂鉄の翼は質量を増していく。
「ば、化物め!」
敵の誰かがそう言った。ホムラにではない。その眼はありありとこちらを見つめていて、京香は笑うしかなかった。
「うるさい」
ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!
放った瓦礫が外壁ごと敵を吹き飛ばす。動かなくて良いのなら行き過ぎた手加減は要らない。
「南区の避難は? 終わってる?」
「待って、一回休憩させて、ください。割と、限界、です」
見ると、恭介が青い顔をしている。振り回し過ぎたのだ。
「あ、ごめん。そうね、一回止まりましょ。フレデリカ、ホムラ、ココミ、シラユキ、みんなは大丈夫?」
「……」
「振り回し過ぎよ。ココミが疲れたじゃない」
「フレデリカは結構限界だよ! 三半規管が狂う寸前ね!」
「わたくしは平気です」
四者四様の反応。やり過ぎたと京香は額の蘇生符に手を這わせ、息を吐いた。
ジャリジャリジャリジャリジャリ! グルグルグルグルグルグルグルグル!
砂鉄と鉄球、そして瓦礫でドームを作り、京香は部下達を地面に下ろした。
「はぁ~~~」
「ごめんね。振り回し過ぎたわね。大丈夫?」
「少しだけ、休めば平気です。先輩は大丈夫なんですか? あんなにヤバい動きをして」
「最近、PSIにも慣れて来てね。あんまり気持ち悪くとかは成らなくなったの。何かキョンシーみたいよね」
ハハッ。思ったよりも乾いた笑い声が出て、恭介が釣られて笑うことは無かった。
「ま、いいや、南区も三割くらいは回ったわよね」
「はい。工場地帯はボロボロですけどね」
想像通りに南区は酷いありさまだった。出荷前の死体達を狙った素体狩り。警備用のキョンシー達が奮戦していたが、多勢に無勢。既に二割以上の素体が持ち出されていた。
京香達が来たことで撤退を決めた敵も居れば、まだ死体を運び出せると息巻いている敵も居る。
「何で逃げないのかしら」
「そりゃあ、儲かるからでしょうね」
にべもない恭介の返事だった。確かにその通りだ。キョンシー用の素体は儲かるのだ。しかもこのシカバネ町に運ばれて、シカバネ町から運び出される素体達だ。
京香には分からない。けれど、人一人が狂うのには十分過ぎるだけの価値がこの町のは死体にはあるのだ。
「そうね。だから、アタシやココミが狙われてるんだもんね」
――だから、幸太郎は死んだんだもんね。
口から出た言葉と出そうに成った言葉が重なる。
嫌な思考だ。変に成っている。
幸太郎が死んだ場所。そこに居るからか、隣に霊幻が居ないからか、京香の精神は不安定に成っていた。
「……ちょっと、状況を確認して来ます。シラユキ、付いて来い」
「承知したわ、ご主人様」
恭介がそっと京香から離れ、シラユキを連れて砂鉄のドームを出て行く。
――気を使わせちゃったな。
いけない。恭介は後輩なのだ。重荷を背負わせてどうする?
意識を切り替えよう、切り替えようとしているのに、京香は失敗してばかりだった。
「……フレデリカ、調子はどう?」
「おーほっほっほ。問題ないわ。後三分も休めばまた動けるから」
「そ、ごめんね。次はもう少しゆっくり飛ぶから」
アイアンテディの鼻先を撫でる。この鋼鉄の熊を見る度、あかねのことを思い出し、それはリコリスへと繋がり、やはり最後は霊幻と幸太郎へと思考は帰っていた。
唇を引き結ぶ。無言の空間がドームの中に落ち、耳はドームの外で通信機を繋げた恭介の声を拾っていた。
「……何でそんなことを?」
――?
恭介の声色が変わっていた。怒っている様にも困惑している様にも聞こえる声だ。
少しして恭介とシラユキがドームの中に帰って来た。
「何かあった?」
「……ええ」
恭介の眉は顰めていて、言い難そうに眼鏡を整えていた。
しかし、恭介が言いよどむ時間は長くは無く、すぐに彼は京香へとその事実を伝えた。
「霊幻が南区へ来てます。リコリスを連れて。あのキョンシーへ命令を出しながら」
「……なんで?」
何故、そんなことに成っている? 京香には分からない。
霊幻がリコリスを使う。その事実が霊幻の在り方を歪める物だ。
京香の砂鉄がジャリジャリとその軌道を歪ませた。