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⑩ 死者の何物よりも




***




「次だリコリス! 吾輩に付いて来い!」


「うん、どこまでもいつまでも一緒に居るよ!」


 リコリスを連れ、霊幻はシカバネ町を駆けた。


 先程視界に不知火あおいの姿が見えた。たまたまである。たまたまリコリスを連れて素体狩りを撲滅していた時、中央区へ向かう北区からの避難民の情報を聞いただけだ。


 避けられぬ接触ではあった。だが、あおいにはできる限りリコリスの姿を見せない方が良いのではないかという推論が霊幻の中で立っていた。


「コウちゃんコウちゃんコウちゃん、次は何処に行く? 何処までもいつまでも付いて行くよ。私をいっぱいいっぱい使ってね」


「ハハハハハハハ! 任せろリコリス!」


 狂笑を上げる。傍らにはぴったりとリコリスが付いて来ていた。


――欺瞞だな、これは。


 霊幻の思考回路は結論付けている。今、霊幻というキョンシーは自らの在り方を否定している。


 だが、それで良い。死者の在り方など生者に比べれば如何ほどの価値も無いのだから。


 リコリスの髪が霊幻の体に絡み付く。毒は今切っている様だ。


「止めろリコリス。戦いの邪魔だ」


「大丈夫だよコウちゃん。戦う時は直ぐに外すから。ね、良いでしょ。私にコウちゃんを感じさせて」


 自分は幸太郎ではない。何度も言ってきた言葉を霊幻は言わなかった。


 脳裏に過るのはほんの少し前の記録。自らの在り方を歪めた瞬間だった。







「コウちゃん、愛してるよ、とっても大好きだよ、本当だよ、本当なの」


「吾輩は幸太郎ではないぞ」


 ハカモリの研究棟地下。霊幻の聴覚が呪いの言葉を知覚する。


 霊幻は座っている。マイケルが用意した鉄製の腰掛け。そこからカプセルに浮かぶリコリスを見ていた。


 あれからリコリスは数時間に一度目覚め、十数時間稼働し、また休眠するサイクルを繰り返していた。


 キョンシーと言う物体に睡眠は必要ではない。特定のタイミングで脳を休めることはあるが、明確な意識の暗転は機能として必須では無かった。


 マイケルが言っていた、リコリスは出来る限り不知火あかねのパーツを残して製作したと。言葉の通り、このキョンシーの脳への加工は最小限で、だからこそ、生者の真似事の様な睡眠をするのだろう。


「コウちゃん、お話をして、あ、でも、話したくないなら、傍に居るだけで良いよ。私ね、リコリスに成ってからずっとずっとずっと辛かったの。だってね、だってねだってね、とっても辛いデータを見付けちゃったの。コウちゃんがね、私ができる前に死んじゃったって。そういう、酷い記録を見ちゃったんだ」


「それは事実だ。上森幸太郎は死んでいる。あの日あの時、あらん限りの生者の祈りを込めて、奴はその生を終えた」


 言葉をリコリスが理解していないのか、理解した上で無視しているのか、違う個体である霊幻には分からない。


 けれど、リコリスは不知火あかねの顔の様に微笑んでいて、声の波長は確かに不知火あかねの物と同じだった。


 カプセルの中でリコリスが手を伸ばす。自分へと触れたいのだろう。このキョンシーは不知火あかねを使って作られていて、その執着は上森幸太郎だ。


――自分を傍に置いて欲しい、か。


 何とも不知火あかねらしい言葉だった。


 霊幻の記録回路は歪な形をしている。上森幸太郎とライデン、双方の脳が使われているからだろう。


 上森幸太郎の記憶と感情の記録、そしてライデンの記録、双方を重なって持つ霊幻からすれば、不知火あかねの祈りはとても納得できる物だった。


「リコリス、不知火あかねの祈りをお前の執着とするな。それは彼女の祈りへの冒涜だ」


「何を言っているのコウちゃん? 私はリコリスに成ったの。コウちゃんとずっとずっと一緒に居るために、そういうキョンシーに成ったんだよ。だから、私の祈りを私の執着にするのは全然おかしなことじゃないの」


 確かにそうかもしれない。リコリスは不知火あかねに望まれて作られた。その在り方は一貫している。リコリスの言葉自体には論理があった。


「そうではない。そうではないのだリコリス。今のお前の言葉を、仮に不知火あかねが生きている時に言ったのであれば良いのだ。だが、だがな、吾輩達はキョンシーだ。我ら死者が生者の代弁をしてはならない」


 霊幻の価値観においてリコリスの言動は許されない。


 霊幻達は蘇生符という発明によって偶々思考し、行動できるだけの死者である。


 キョンシーは確かに祈りである。だが、それは生者が死者へ込めた物だ。逆転はあり得ない。


「違うよコウちゃん。それは間違ってる。私はコウちゃんのためにこの命を使うって決めてたの。なら、このリコリスはコウちゃんの物で、この執着は不知火あかねの物なんだよ」


 話は平行線だ。交わることは無いだろう。


 ピー! ピー! ピー!


 その時、遮る様に耳をつんざく様なアラーム音が鳴り響いた。


――テロ警報。一体何処からだ?


 霊幻は立ち上がり、強化ガラスの奥に座るマイケル達を見た。


「何があった?」


「シカバネ町全域で素体狩りが発生だってよ。連中、この機会に素体達を奪おうって思ったんだろうな」


 恐れていた事態である。モーバ対策会議の間、シカバネ町の警備は相応に緩む。普段の関所はまともに機能せず、超伝導モノレールからは連日の様に外部の人間が現れる。


 むしろ、今まで大規模なテロが起きなかった方が不思議なくらいだった。


「吾輩も撲滅に――」


――行こう。


 そう続けようとして霊幻の足は止まった。


「マイケル、京香へ繋いでくれ。命令がまだ有効だ。今のままでは吾輩はリコリスから離れられない」


「待ってろ。すぐに連絡……あ、ダメだ。あいつ今PSI発動してやがる。電波とか通じねえよ」


「やはりか」


 ハハハハハ。霊幻は笑った。困った。リコリスの傍に居ろという京香の命令は未だ続いている。〝傍に〟をどれだけ拡大解釈してもこの研究棟から半径百メートル程度だ。それでは撲滅には足りなすぎる。


 霊幻はキョンシーである。生者の命令が無くては動けない。




「素体狩りの量は?」


「たくさんだ。とにかくたくさん。おっと、こいつはヤベえ。単純に俺達ハカモリに手が足りてねえ。西区はともかく北、東、南で被害が広がってる」


 警報が鳴って数分。被害は刻一刻と広がっていた。


「ハハハハハハハ。何とも滑稽だ。生者の祈りのため撲滅するべき吾輩が、この小さな部屋からでることもできないとはな」


「コウちゃん、大丈夫、悲しくないよ。私が傍に居るから、ね?」


 的外れなリコリスの慰め。霊幻は笑うしかない。


 無力だった。何とも無様だった。やるべきことの何もかもが出来てない。


 もしも、京香の傍に居れば今頃どれだけの素体狩りを撲滅できただろうか。


「ダーリン! カツノリさんから電話よ!」


 直後、ガラスの奥からメアリーの声が響き、彼女がスマートフォンをマイケルへと渡した。


 マイケルはそれを耳に当て、そしてすぐにスピーカーモードにして霊幻達が居る部屋へと水瀬の電話を繋いだ。


『霊幻、聞こえているか?』


 ジジッ。多少の電子音が混ざっているが、その声は確かにハカモリの局長水瀬克則の物だ。


「聞こえているぞ、克則。この非常時に一体何の用だ?」


 直感が告げていた。次に放たれる克則の言葉は好ましい物では無い。


『リコリスと共に素体狩りを殲滅しろ。今はとにかく手が足りん』


「……吾輩はキョンシーだ。リコリスの使用者には慣れん」


『関係ない。リコリスはお前の傍ならば暴走しないし、お前の言葉ならば聞く。お前が使え』


 明確な生者からの命令で、霊幻の在り方を歪める物だ。


 霊幻はキョンシー、死者だ。決して上森幸太郎ではない。だが、リコリスを使うということは、これに命令を出すということは、一つの大きな嘘を付くということだ。


 キョンシーとしても、霊幻としても、それは在り方を歪める物だ。


「了解した。生者には代えられん」


 けれど、霊幻はその提案を受け入れる。死者の何物も生者には勝らないからだ。


『すまんな。清金には俺からも伝えておく』


「謝るな克則。吾輩達はキョンシーだ。存分に使い果たせ」


 ジジッ。克則の通話が切れ、霊幻は大きく笑った。


「ハハハハハハハハハハハハハハハ! リコリス、話は聞いていたな! ああ、吾輩はお前の望みを聞こうとも!」


 プシュー。音を立ててリコリスが格納されていたカプセルが開かれる。マイケルが気を利かせたのだろう。


 とたん、弾かれた様にリコリスが飛び出し、霊幻の全身を抱き締めた。


「ああ、コウちゃん、コウちゃん、コウちゃん! 触れる嬉しいとっても幸せ!」


 紅髪が霊幻の全身へ絡み付く。それを受け入れるのは業腹だが、どうでも良いことだった。


「リコリス、撲滅の時間だ」


「うん、私をいっぱい使ってね」


 霊幻は進む。自らの在り方が歪もうとも、生者の祈りのために撲滅を為すのだ。

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