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⑨ 彼岸花を追え




***




 ピー! ピー! ピー!


 シカバネ町北区。ホテルにて避難警報が流れた時、あおいは土屋と遅い夕食を食べていた。


『避難警報、避難警報。シカバネ町各地で素体狩りが発生。住民達は直ちに最寄りの避難シェルターに移動せよ。繰り返す。避難警報、避難警報。シカバネ町各地で素体狩りが発生。住民達は直ちに最寄りの避難シェルターに移動せよ。』


「久しぶりだな」


「ですね」


 フォークを置き、あおい達は立ち上がる。シカバネ町内で避難警報が出るのはあおいの知る限り数年ぶりだった。


 見ると、周囲の人間達の中で町民は速やかに、外部からの客人達は困惑しながら避難を開始している。


 あおいは土屋の体を支えながら立ち上がらせ、バックを肩に掛け、傍らのアレックス達と共に移動を開始した。


「土屋さん。最寄りのシェルターは?」


 トオルの車椅子を押しながらあおいは先行する土屋とアレックスへ問う。


 あおい達がシカバネ町を去ってから数年。異常な増改築が繰り返されるこの町ではきっと知らない避難シェルターが増えているだろう。


「一番近いのは中央区に行く途中にあるな。ここから二キロ先だ」


「了解です」


 避難場所まで少し遠かった。あおい達が居る北区は歓楽街であり、住民自体は少ない。故に他区と比べて避難シェルターの数が少ない傾向にあった。


 他の人間達も土屋と同じ情報を見たのだろう。あおい達は数十人のグループに固まって中央区へと足を進めた。


 あおい達は集団の最後方に控え、歩いていた。後ろから見ると避難慣れしたシカバネ町民と避難慣れしていない外部の人間達の動きの違いが良く分かる。


 それを見ながらあおいは土屋へと耳打ちした。


「人が多過ぎますね」


「ああ、これならホテルで縮こまっていた方が良かったかもしれないな」


 護衛のキョンシーの数が少な過ぎた。ホテルに常駐していたであろう護衛用のキョンシーは僅か五体程度しかいない。あおい達が連れて来たアレックスとトオルを含めても数十人の素体を守り切れる程の戦力は無かった。


 ストレイン探偵事務所でそれなりにだが、あおいは荒事を経験している。シカバネ町程ではないが、各国での素体狩りについても普通の人間よりは詳しい。


 故に、あおいは避難を開始してすぐに失敗したと悟った。


「これ、素体狩りが来ますかね?」


「五分五分だ。北区にはそれほど良い素体が居ないからな」


 あおい達は今恰好の餌だった。十体程度のキョンシーを連れてこればこの場の半分は連れて行けるだろう。


 だが、土屋の言う通り、北区には他区よりも貴重な素体が少ない。素体狩りがわざわざ狙わないという可能性もあった。


 どうする? と歩くこと十数分。後少しで避難地区が見えようかという時、前方から声が響いた。


「素体狩りが来たぞー!」


 だが、楽観的な予測というのは裏切られる物である。


「アレックス、ちょっと持ち上げて」


「フライが見える様にだな!」


 アレックスの腕にしがみ付き、あおいは人混みの先を見る。


 シカバネ町の中央区の方から四台のワゴン車とそれの屋根に乗る何体ものキョンシーがこちらへと走って来ていた。


――バラして持って行く気だ。


 大きな車ではない。この場にC級以上の素体が居る訳でもないのなら、素体狩りはあおい達をパーツ毎に小分けして持って行くつもりだ。


 逃げろ! という声が上がり、町民達は速やかに蜘蛛の巣上に、おろおろと出遅れた外部の人間数名が素体狩りの車にバン! と跳ね飛ばされた。


 直後、キキィ! ブレーキ音を立てワゴン車達は停車し、屋根からキョンシー達が飛び降り、あおい達へと襲って来る。


「……やるぞ」


「はい」


 戦うしかなかった。逃げれられる状況ではない。


 軽くせき込みながら土屋とアレックスが前に出て、あおいはトオル共に後方に光る。


「この町でまた戦うとはな」


 皮肉交じりの声が土屋から出た。


「行くぜ! 今日の三冠王は俺様さ!」


 そして、アレックスが鋼鉄のバッドで敵キョンシーを迎え打つ。


 グシャリ。最大限機械化した体から放たれる剛力は一撃で数体のキョンシーを肉塊へと変えた


 が、直後、その様を見ていた素体狩りが全体へと指示を出す。


「面倒なのは相手にするな! 一体でも多く素体を持ち帰れ!」


「ちっ!」


 即座に素体狩り達はあおい達から手を引いた。アレックスの一撃で普通の護衛用のキョンシーでは無いことがバレたのだ。


「おいおい敬遠なんて許さねえぜ!」


 アレックスが突撃する。だが、アレックスに対して既に敵のキョンシーは逃げに徹していた。アレックスが全力で追いかければ捉えられるだろう。だが、そうなった時、土屋やあおいを守る物が居なくなってしまう。


「みんなこっちに来て!」


 だから、あおいは散り散りに逃げている素体達へ呼びかける。アレックスの近くで固まっていれば生存の確率はグンと上がるからだ。

既に二割近くの素体が殺された。水人形の様に地面に倒れ、ドクドクと血を流している。


 別にあおい達に素体達を救う義務も義理も無い。素体の死には慣れているし、死体を見たからと言って大きく感情も動かなかった。


 けれど、殺されるのと死ぬのはあおいにとって違う概念だった。


「トオル、敵の動きを予測して!」


「りょう、かい」


 あおいがクレアボラス発動の指示を出し、トオルの眼と蘇生符が光り輝いた。


「右、前、前、左、前、前」


「了解だぜトオル!」


 クレアボラスによる筋繊維の動きの把握、それを元にした敵の動きの予測結果をトオルがアレックスへと伝え、アレックスが最速最短の動きで逃げるキョンシーへと追い付き、その体を粉砕する。


「あっちに行くぞ!」


 あおいの声、そしてアレックスが敵を圧倒する様を見て逃げ惑う素体達がこちらへと走ってきた。


「逃がすな! 一体でも多く殺せ!」


 敵は少しでも自分達の利益を確保せんと一気にキョンシー達で素体達を殺し回る。


 あおいは唇を噛んだ。一人また一人と雑に命が終わらせられていく。それはあおいのトラウマを刺激する物で、怒りを燃やさせる物だった。



 けれど、あおいには何もできない。あおいはキョンシー使いでは無く、戦闘員では無い。殺される彼ら彼女らを助ける力が無かった。




「ハハハハハハハハハ! 撲滅の時間だあああああああああ!」




 その時、聞き慣れた狂笑が耳に届いた。


「霊幻!」


 声は空からだ。建物を跳び越えて、霊幻ともう一つの影が降って来た。


 あおいは初め、そのもう一つの影が京香だと思った。霊幻の傍らに居るのは京香以外あり得ないからだ。


「……おねえ、ちゃん?」


 だが、そこに居たのはリコリスだった。真っ赤な髪を霊幻へ纏わりつかせ、心底幸せそうな声を上げたキョンシーが狂った笑みを浮かべていた。


 降り立った霊幻の姿に敵がすぐに撤退の指示を出した。霊幻に対して勝ち目は万に一つも無いからだろう。


 逃げようとする敵へリコリスが指をさした。けれど、その顔はずっと霊幻に向けられていて微動だにしない。


「ああ、コウちゃん、あいつらを殺せば良いのね?」


「……ああ、リコリス、撲滅の時間だ」


 バチバチバチバチ! 紫電を纏った霊幻と、紅髪を広げたリコリスが素体狩りへ突撃する。


 そして素体狩りが殲滅されるまで一分もかからなかった。




「次だリコリス! 吾輩に付いて来い!」


「うん、どこまでもいつまでも一緒に居るよ!」


 素体狩りを殲滅し終え、すぐに霊幻とリコリスは走り去っていく。


 あおいは何も聞けないままその背を見てしまった。


――何で? 何で霊幻がリコリスと一緒に? 京香は? 京香は何処に行ったの?


 グルグルと疑問が頭の中を回る。霊幻達はみるみると小さくなっていく。


「あおい、行ってこい。アレックスは貸してやる」


 ポンと、背中を叩かれ、土屋がアレックスを指した。


「でも、それだと土屋さん達の護衛が」


「大丈夫だ。シェルターも近い。リコリスのことは聞いている。お前は話を聞くべきだ」


 気にするなとでも言う様に土屋が軽くせき込みながら肩を竦める。


 ならば、とあおいはアレックスの背にしがみ付いた。


「アレックス! 霊幻とリコリスを追って!」


「任された! 完璧な俊足を見せてやるぜ!」


 一気にアレックスの体が加速し、あおいの視界の中で土屋達が背後に流されていく。


 これが正しいのかは分からない。だが、霊幻とリコリスが一緒に居て、そこに京香が居ないという歪みをあおいは容認できなかった。

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