⑥ 進化
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「ぶっ飛べ!」
ダアァン! 京香の鉄球と砂鉄がキョンシー達を穿った。
背後には恭介達が居る。だから、できる限りの手加減をした一薙ぎだった。それでもキョンシー達は血煙と化す。
「ホムラ!」
「燃えろ!」
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
視線の先、ホムラの火柱が敵を包んだ。
磁力と炎。二種類の圧倒的なPSI。並みのキョンシー使いならば一目で敵わないと理解するだろう。
「脳の一欠けらでも良い! 持ち帰るんだ!」
けれど、敵は怯まなかった。
キョンシーを指揮し、銃火器を構え、京香達へと攻撃を仕掛けて来る。
「おーほっほっほ! お兄様! フレデリカの後ろに下がってね!」
キイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン! 即座にアスファルトを割りながらアイアンテディが前に出た。
テレキネシスを全力稼働し、突撃するアイアンテディの背。京香が何度も見て来た過去の姿とリンクする。
「撃てぇ!」
ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ!
大量の銃弾がキョンシーと共に向かって来る。
「銃弾は任せて!」
「分かった!」
ガガガガガガガガガガ! 無数の銃弾を物ともせずアイアンテディが突進する。
その背に隠れながら京香は鉄球の照準をキョンシー達に合わせた。
「くらえ」
亜音速の鉄球が敵のキョンシーの胴に打ち込まれ、上下に体を分断された。
――あ。あかねさんみたいだ。
突撃するフレデリカ。その背から敵を撃ち抜く今の自分。この姿は在りし日のあかねとフレデリカの姿ととても似ていると京香は思ってしまった。
「先輩!」
「!」
だからだろう。少しだけ反応が遅れる。
左から円を描いて向かって来るキョンシー。振り上げた左腕は炎に包まれている。
既に距離は三足の位置。戦闘用キョンシーならば一瞬だ。
――近接型、パイロキネシス、拳、放出系。
脊髄に叩き込まれた思考で京香は敵のスペックを推定する。
既に敵の攻撃のモーションは始まっている。今からでは回避は間に合わない。
そのはずだった。京香は人間で、その思考速度はキョンシーに劣る。
首を振り、額の蘇生符から伝わる僅かな遠心力、体勢は間に合っていない。
それらを感じながら京香はPSIを向けていた。
バァアン!
拳を振り上げていたキョンシーの体が弾けた。
「え?」
何をしたのか初め京香は分からなかった。一拍の後、ジャリジャリ地面に落ちる砂鉄の音で、自分が周囲に纏わせていた砂鉄の雲の一部を敵へと放ったのだと理解した。
反射的に発動したPSI。久しぶりに使った手加減無しの一撃。それは瞬きの間でキョンシーの存在をこの世から消し飛ばした。
あまりの威力。敵も自分達を狙ったのだ。マグネトロキネシスへの対策はしていたはずだ。それらが一笑に付される程の威力。
まるで、A級キョンシーの様だった。
「逆側だ!」
敵の声がして、京香の背後からキョンシーが迫っていた。
「ちっ!」
ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ!
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
銃弾の雨の音、火柱が京香の背後を包み、京香は唇を引き攣らせた。
「固まれ!」
そして、走りながら砂鉄の一部へ結合を命じる。イメージしたのは細い槍。いくつもの黒槍が周囲に浮いた。
「フレデリカ、もっとアタシから離れて」
「おーほっほっほ! 了解! テディが飛ばされたら大変だものね!」
アイアンテディが加速し、京香が設定していたいマグネトロキネシスの発動圏内から更に離れていく。
「先輩!」
恭介の声がする。フレデリカと恭介達の間で京香がぽつんと一人に成ったからだ。
「今だ! 殺せ! 内臓の一つでも持ち帰れば良い!」
敵の声がする。付随してキョンシー達が左右から京香を挟み込んできた。
人間よりも早く、大きく、硬い。キョンシー達が囲んでくる。
本来なら清金京香対策として有効だ。どれだけマグネトロキネシスを使えても近接型のキョンシーに迫られれば思考速度と肉体強度の差で京香は負ける。
その前提が崩れていた。
京香には認識が出来ていた。周囲に展開していた磁場がセンサーの役割をし、それらを脳内処理できる程思考回路が回っている。
今までに無い感覚、否、今まで無視してきていた感覚。
まるで自分が本物のキョンシーに成れたかの様だった。
キーンとした小さな耳鳴り、敏感に感じる鉄の匂い、味が感じない口内、そして鋭敏になった思考回路。
心地が良いのか悪いのか、京香には分からない。けれど、今はこの感覚に身を委ねていたかった。
敵にとっても京香のスペックが想定以上だったのだろう。
一瞬キョンシー達への命令の言葉が止まる。
ジャリジャリジャリジャリジャリ! 京香は一気に体を前方へ加速させる。先方に展開した砂鉄が地面に擦れた。
「京香!?」
一瞬にして京香はフレデリカを追い越して敵の前に出た。
ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ!
弾幕の雨が京香を襲う。
「軽過ぎるわ」
砂鉄が薄い盾となる。前までのマグネトロキネシスであったならば砂鉄を撃ち抜き、弾丸は京香へと届いていただろう。
カカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカ!
向こうが透けて見える程の薄い砂鉄の盾は全ての銃弾を受け止めた。
「!」
敵には透明な壁に銃弾が阻まれた様に見えたかもしれない。
「くらえ」
京香は前方へと鉄球を放った。できる限り磁力は押さえ、それでも亜音速に達する。
ヒュウウウウウウウウウウウウウン!
風切り音と共に放たれた鉄球がキョンシー達ごとキョンシー使い達の隠れていた外壁を撃ち飛ばした。
ガラガラバラバラ。コンクリートの外壁が砕け、土煙が立つ。
それを見ながら京香は砂鉄をドーム状に展開し、あえて悠々と歩いた。
「投降しなさい」
敵は素体狩りで慈悲をかける相手では無い。だが、戦わずに済むならばそれに越したことは無かった。
「行け! 息切れを起こすはずだ!」
言葉を敵はやはり聞く気が無い様だ。残るキョンシーは八体。それらが散発的に京香を囲んで襲って来る。
「……そう」
京香は眼を細める。聞く気が無いならそれでも良かった。
「先輩!」
恭介の声が後ろから聞こえる。それに大丈夫だと返事をする代わりに京香は周囲の砂鉄と鉄球を回転させた。
ジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリ!
砂鉄と鉄球は散乱した瓦礫を飲み込んで、京香を中心として超高速な周回運動を描く。
それは一瞬にして京香を襲おうと突撃してきたキョンシー達を飲み込み、その体を破壊する。
「近接戦のキョンシーもアタシには意味が無くなったけどどうする? これでも投降しないの?」
再度脅す様に京香は聞く。まともなキョンシー使いならばこれで自分達に勝ち目が消えたと理解したはずだ。
銃弾の雨は止んでいる。チラリと見ると少し離れたところで恭介達が固まってこちらを見ていた。
ここまでの脅しをし、やっと敵のリーダー格が顔を出した。
両手を挙げ、険しい顔でこちらを見ている。
「……降伏する」
「そ。じゃあ、拘束するわ」
京香は恭介を呼び寄せ、並ばせた敵を拘束させる。両手足を結び、猿ぐつわをさせ、そして特製の睡眠薬で眠らせた。
処置は直ぐに済み、物の五分で眠らせたら人間が七人、稼働を止めたキョンシーが八体横に成る。
「第三課に連絡はした。アタシ達は次に行くわよ」
――これで三分は短縮できた。
敵の数が多過ぎる。一々戦っている場合では無い。捜査官達への連絡で既に住民達に多数の被害が出ているとあった。
ジャリジャリジャリジャリ。
「さ、もっかい砂鉄に乗って。飛ばすわ」
砂鉄を広げ先の様に恭介達を乗せる。その過程で恭介が京香へとこう言った。
「……先輩。次は今みたいに突っ走らないでください。いくら先輩でも危険です」
声色は真剣で、京香が言葉に窮している間に恭介の言葉は続いた。
「今、先輩の隣に霊幻は居ないんですよ」
核心を突いた言葉だ。京香の隣にあのキョンシーは居ない。そう自分が命令したのだ。
「……ごめんね。でも、アタシが一気に片付けた方が皆安全じゃない」
言えたのはそれだけで、恭介の返事を聞く前に京香は次の地点への移動を開始した。




