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⑧ 憎悪の起源

***


「それじゃ、恭介、おやすみ」


「……はい。先輩も良く休んでください」


 メゾンアサガオ301号室に戻り、京香は夕飯も食べず、風呂に入ってすぐに寝床に付いた。


 部屋に敷かれた布団に潜り込む。何度か使った布団からは少しだけの自分の匂いが残っていた。


 意味も無く、体を横に向ける。昨日まで視線の先にはここに霊幻の姿があった。


 その霊幻は今、リコリスの傍に居る。そう命じたのは京香だった。


「光を消して。明日は八時に目覚まし」


 管理AIが明かりを消す。真っ暗に成っても霊幻の姿が眼から居なくならなかった。


 強く目を閉じ、仰向けに戻る。


 後悔はしていないはずだ、間違ってはいないはずだ。


 あの時、霊幻をリコリスの傍に置くのは第六課主任として合理的な判断だった。リコリスは暴走していて、霊幻が傍に居ればそれが収まるかもしれないのだ。いざ、完全な暴走状態に成っても霊幻ならば破壊できる。


 判断に責められる謂れは無い。なら、速やかに眠りに付くべきなのだ。


 だが、京香の脳裏からはリコリスの姿と霊幻の姿が消えなかった。


「……死ね、か」


 リコリスに言われた言葉が京香の胸から抜けなかった。


 今までの人生で命を狙われた回数は数えきれない。殺意には慣れたつもりだった。


 だが、京香はリコリスとの一件で、自分は憎悪には慣れていないと気付いた。


 花弁の様な紅髪の向こう、そこにあったリコリスの顔は憎悪で染まっていて、それは自分へと向けられていた。


――あかねさんの顔だった。


 知っている人間の顔で、知らない表情で、聞きたくなかった言葉を吐かれた。


 あの言葉を言ったのはあかねではない。それは京香にも分かっている。キョンシーと人間は別物だ。霊幻を起動した日、これ以上無い程に痛感したのだから。


 それでも、京香は知っていた。キョンシーの人格は必ず使われた素体の影響を受けるのだ。


 霊幻が撲滅に拘るのも、自分を守ろうとしてくれるのも、幸太郎が素体に使われたからだ。


 なら、それと同じように、リコリスがあれ程までの憎悪を向けてきたのは、あかねが素体に使われたからではないだろうか。


――良くない、良くない。さっさと寝なきゃ。


 駄目な思考が回っている。悪い癖だ。考えても仕方が無いのにグルグルと自分を傷つけてしまう自問自答を繰り返してしまう。


「……死ね、かぁ」


 それでも思考は止まらない。リコリスからの憎悪が付けた京香への傷が時間を置いて痛みを叫んでいた。


 マイケルがリコリスは世界のすべてに憎悪を振りまいていると言っていた。


 それだけを聞いたなら、リコリスが京香へ向けた憎悪は個人への物ではなく、たまたまあの時自分がそこに居ただけだと京香は信じられたかもしれない。


――でも、リコリスはアタシへ「お前か」って言ったのよね。


 確かに言っていた。リコリスは紅髪の奥の瞳をこちらに向けて、明確な認識の音京香へ憎悪を向けたのだ。


 ならば、リコリスの憎悪は何処から来た? 


 その出所を京香は一つしか思い浮かばない。


「あかねさんは、アタシを恨んでる、よね」


 当たり前の話だった。自分さえ居なければ、きっと、あかねは幸太郎と結ばれ、幸せな未来を手に入れていただろう。自分さえ居なければ、メルヘンカンパニーはシカバネ町へ現れなかったし、あかねも死ななかった。


 そして、何より、幸太郎が死ななかったのだ。


 マイケルから聞いた。リコリスは幸太郎のために作られたキョンシーだと。幸太郎のために作ってくれとあかねが祈ったキョンシーだと。


 その祈りは産まれた時には潰えていたのだ。リコリスが完成した時には京香のせいで幸太郎は死んでいた。


 リコリスを襲った絶望はどれ程の物だっただろう。


 京香は痛くなるまで眼を強く閉じる。


 もしかしたら、霊幻をリコリスの所へ置いたのは贖罪だったのかもしれない。


 霊幻は幸太郎ではない。だけれど、許してもらうために霊幻をリコリスへ渡したのかもしれない。


「違う」


 後悔はしていないはずだ。間違ってはいないはずだ。


 霊幻をリコリスの傍に置かせたのは何も間違っていないのだ。


 だから、この胸の痛みはきっと違う理由なのだ。


 そう京香は結論付けて、舌先を噛んだ。

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