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⑥ 二つの遺言




***




「ダーリン、もしかして落ち込んでる?」


「何言ってんだメアリー? 俺がそんなことで落ち込むたまに見えるか?」


 京香が去ってからリコリスを寝むらせ、マイケルとメアリーは六階の研究室へ戻ろうとしていた。


「京香と霊幻のおかげで助かったぜ。霊幻が傍に居ればリコリスも前みたいな暴走はしないだろうし。この間に新しい拘束具の開発ができる」


「ダーリン知ってる? ダーリンは落ち込んでると少しだけ口が早くなるの」


「……マジか」


 メアリーの微笑みからマイケルは眼を逸らす。。脳裏に過るのは地下室に残した霊幻とリコリスの姿だ。


「……メアリーは京香のことをどう思う?」


「世界で唯一、あ、いえ、今は二人か、二人かしかない生体サイキッカー。想像よりもずっとメンタルが不安定な人みたいね」


「そうだな。まあ、色々あったからな」


 京香と幸太郎の顛末についてマイケルはメアリーへ共有してある。だからこそ、メアリーは眉を顰めているのだろう。


「キョンシー研究者の一人と言わせてもらうなら、霊幻を京香へ持たせたのは長期的に見れば失敗だったと思うわよ。親しい人間を使ったキョンシーを持たせるのが避けられている理由ね」


「分かるぜ。俺もそう思うからな。ただ、あの時の京香は霊幻が居なけりゃ、それこそ壊れちまいそうだったんだぜ」


 幸太郎が死に、霊幻を作り、京香に渡すまでの日々をマイケルは思い出す。


 病院で京香が目覚めた時、ヤマダから京香が壊れたという報告をマイケルは受けた。何をしても鈍い反応せず、ふとした時泣き出し、ベッドからほとんど動けなかったらしい。


 あの時の第六課で、京香のメンタルケアを担当していたのはあかねで、京香を守っていたのは幸太郎だった。そのどちらもを無くした京香へマイケルとヤマダが何かできることは無かった。


 メアリーが言った通りの懸念があった。


 肉親、恋人、親友などを使ったキョンシーの保持を希望する者は多い一方で、実際にそれをしてキョンシーと良好な関係を築けた事例は少ない。


 理屈として理由を理解できる。生者と同じ顔をした死者が動き、喋るのだ。認識にバクが起きるのだろう。


「それに、幸太郎からの遺言でもあったんだ。さすがに断れねえよ」


 死んだ後、自分を使ったキョンシーを京香に渡す、それが幸太郎と交わした約束だった。


 だから、マイケルは病室まで出向き、京香へ告げたのだ。


『今、幸太郎をキョンシーにしている』


 正確には少し違う。あの時、幸太郎の脳は失血の影響でダメージを受けていた。だから、その場で壊れていたライデンの脳を一部補強に使っている。


 幸太郎の脳をそのまま使ったわけでは無いから、どうやっても幸太郎と同じようなキョンシーにはならない。そうマイケルは説明した。


「京香に言ったら、眼に光が戻ったよ。壊れたままだけど、それでもまともに立てる様に成ったんだ」


 霊幻の完成には約三か月かかった。一から十までマイケルの手が入った夢のキョンシー。今のところの最高傑作、それを起動した時の京香の肩が強張った反応をマイケルは覚えている。


「立てることは大事だぜ? そうじゃないと何にもできなくなっちまう」


「いっそ、心が壊れたままの方が楽だったかもしれないって私は思うわ」


「HAHAHA。実はお前はドライだからな。良く分かるぜ」


 メアリーのことをマイケルは良く知っている。彼女の正論は耳触りが良かった。


 エレベーターに乗り、六階に到着した。


 研究棟は不夜城だ。どの階でも何者かが起きて仕事をしている。


「んじゃ、良い機会だ。止まってた研究しようぜ。良い脳サンプルが手に入ったんだ。素体ランクはB-。これにC-の脳細胞を混ぜてみる」


「良いわねぇ。とりあえず重量比でも振ってみましょうか」


 この連日リコリスへの対応でまともな研究ができなかった。久しぶりに好きな様に研究ができそうでマイケルの胸は高鳴っていた。


 メアリーとどんな実験をするのかを話しながら、六階に到着し、エレベーターを出ると、マイケルは気付いた。


 研究室のドアの前に人が立っている。


 知っている顔である。記憶よりもやや大人に成っているが、何度も見たことがある知己の女の顔だ。


 その顔色からマイケルは彼女が何をしに来たのかを理解した。


「……今度はお前か」


 マイケルの声に、女、不知火あおいがこちらを振り向く。


「マイケルさん、お姉ちゃんの遺言について教えて。一体何をお姉ちゃんは話したの?」


 ふぅーっとマイケルは息を吐く。知る権利が確かにあおいにはあった。


「……とりあえず、コーヒーでも出そう。部屋に入れ」







 数年前、京香が第六課に入った頃、今よりももう少し痩せていたマイケルの元へあかねが単身で現れた。


「珍しいな、お前が一人で俺の研究室に来るなんて。フレデリカはどうした?」


「あはは、ちょっと頼みごとがあってね」


「お願いね、何だ? 言ってみ?」


 向かい合ってソファに座り、マイケルはコーヒーを机に置いた。


 初め、マイケルは新しいキョンシーを作ってくれとでも頼まれるかと考えていた。マイケルはハカモリのキョンシー技師でその所属は第六課である。キョンシーに関する秘密のお願いをするなら自分だろうという予測は付いていた。


「私をキョンシーにして欲しいの」


 だから、あかねのお願いにマイケルはとても驚き、口に含んでいたコーヒーを咳き込んだ。


 あまりにも突然な発言だった。マイケルが咳き込む姿に、あかねが「あっ、大丈夫?」と卓上のティッシュを差し出す。


 差し出されたティッシュで口と机を拭き、マイケルはあかねへと向き直る。


「……おい、今日の俺は耳が悪くなってるらしい。おかしな言葉が出る筈が無い人間から出て来たぜ。もう一回だ、何て言った?」


 居ずまいを正してマイケルはあかねを見る。あかねは困った様な笑顔をしていた。


「私をさ、キョンシーにして欲しいんだ」


 聞き間違いではなかった。マイケルは落ち着くために自分の腹を軽く揉む。


 マイケルの様子にあかねは小さく首を傾けた。自分の発言がおかしいことを自覚している様だ。


「あ、もちろん、私の素体代金はちゃんと自分で払うから心配しないで」


 どこかずれた様に手を動かした後、あおいはこう言った。


「それに、今すぐって訳じゃないよ。私が死んだ後の話。私の死体を使ってキョンシーを作って欲しいんだ」


「フルモデル品を作れってことか?」


「そう。頭からつま先まで全部が全部、不知火あかねを使ったフルモデル品にして欲しいの」


 フルモデルキョンシー。一体の素体のみから作られるキョンシーのことである。


「お前の素体ランクはD+。機能としてフルモデル品にする意味は無いぞ」


「分かってる。うん、このままだと私は死んだ後、バラバラにされて世界中に出荷だろうね」


 フルモデル品は高いランクで作るから意味があるのだ。あかねの様に低ランクの素体でわざわざ作るのに自己満足以上の意味は無い


 そこまで思い至り、マイケルはあかねの自己満足が何かを考えた。


 あかねは聡い女だ。学問としての知恵では無く、思慮深さや周りを見る目、現実的に将来を見る感覚は好ましい人間である。


 ならば、何故、そんな彼女がこの様な意味の無い願いをマイケルへと持って来たのかが焦点となる。


「……幸太郎、か?」


 曖昧な聞き方をマイケルはした。だが、あかねがこんなことを頼んできたのは間違いなく幸太郎に関連した理由からだろう。


 それくらいのことが分かる程度にはマイケルはあかね達と付き合いは長く深くなっていた。


 マイケルの言葉にあおいは頬に片手を当てて小さく笑った。


「やっぱり分かる?」


「……キョンシーが嫌いなお前がキョンシーに成りたいって言うんだ。幸太郎以外に理由は無いだろうよ」


「あ、バレてたんだ。私がキョンシーのことが嫌いだって」


「何となく、な。多分、幸太郎も嫌いだろ?」


「うん。そうだよ。私とコウちゃんはキョンシーが大嫌い。あんな物が無ければ、こんな風には成らなかったのにっていつもいつも思うの。あ、でも、コウちゃんと出会わせてくれたことだけには感謝かな」


 そう語るあかねの瞳の奥にマイケルは狂気の光を見た。自分とも幸太郎ともヤマダとも違う執念にも似た狂気の光。


 それにマイケルは触れない。今、語るべきはそれでは無かった。

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