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④ 童話からの逃走者

 ストレイン探偵事務所で真っ先に調べた、不知火あかねと上森幸太郎が死ぬまでの一連の戦い。あの時、メルヘンカンパニーから現れた傭兵部隊の一人がこのゴジョウという男だった。


 あおいが漏らした呟きにその場に居た全員が動きを止めた。


――しまった。


 出すべきでは無かった言葉であり、会話の流れからあおいが誰なのか、ゴジョウとシンデレラは悟っただろう。


「あー、不知火あかねの妹さんか」


 ゴジョウが自身の髭を掻き、あおいを見下ろした。その眼は少し気まずそうで、あおいは「えっと」と眼を逸らしてしまう。


 その様にシンデレラが「まあまあまあ!」と手を叩いた。


「そうかそうか。あなたがあの不知火あかねの妹か。不知火あかねを殺せたことは我々メルヘンカンパニーの中でも素晴らしき業績だったよ。まあ、身内を殺された君からすれば恨みの対象だろうけどね」


 クックック。シンデレラが笑う。あかねを殺したことへの謝罪は無いらしい。


 あの時持っていたメルヘンカンパニーへの憎悪が湧き上がろうとし、そしてすぐに萎んでしまった。


 数々の調査の中であおいは知ってしまった。メルヘンカンパニーは金さえ詰めばどの様な組織にでも傭兵を派遣する組織である。不知火あかねを殺したあの時、ゴジョウ達はただの雇われ人で、命令を出したのは別の組織である。


 それでも、目の前のゴジョウが最愛の姉を殺した実行犯の一人である事実は変わらない。あおいはもっと恨んで良いはずだった。


「ボス、あんまり逆撫ですることは言わんでくれ。俺達が恨まれるのは当たり前なんだぜ? ……仕事だったって言い訳はしない。だが、この場でおっぱじめるのは勘弁してくれ。俺達はもうお前達を殺そうなんて考えてないんだ」


 ゴジョウという男があおいへ手合わせて頭を下げる。無防備な後頭部が見えた。あおいの細腕でも思いっきりここを殴り付ければ少しはダメージを与えられるかもしれない。


 そこまで考えても、それを実行に移せるビジョンが思い描けなかった。


――今、私がやらないといけないことは……。


 あおいは考える。この場で、迂闊な自分の呟きでメルヘンカンパニーと設定を持ってしまったこの状況で、何をするべきか。


 ストレイン探偵事務所で土屋から叩き込まれた言葉を反芻し、あおいは出来るだけ声を震わせず、ゴジョウとシンデレラへ口を開いた。


「悪いと思っているなら、教えて。あの時、お姉ちゃんと上森幸太郎を殺したあの時、あなた達は誰に雇われていたの?」


 大まかな予想は付いている。それでも、今ここで確認できるのならば確認するべきだ。


 ゴジョウがシンデレラを見、シンデレラが一度頷いた。


「ゴジョウとカーレンを派遣したのは今話題に成っている〝モーバ〟の前身の組織だよ。当時はまだ具体的な名前は無かったけれどね」


「……そう。私達の調査と同じ結論だね」


 ストレイン探偵事務所で調査した通りだ。あかねを殺したのは、正確にはそれに繋がった京香の誘拐を指示したのはモーバであったのだ。


 数年前のあの事件から今日のテロまでの全てが繋がっている。あおいの復讐も憎悪も、行きつく相手はずっと変わらないのだ。


「良いね良いね。あおいというお嬢さん。あなたはとても理知的な人の様だ。この被造物はそういう人間のことが好きだよ。とても大好きさ」


 クックック。何が楽しいのか、シンデレラが笑い、ぼろ布から灰がパラパラと舞った。


「シンデレラ、ワタクシ達と話があるのでしょう? さっさと本題に入りなさい。昔からの悪い癖ですよ」


 シラユキがシンデレラを見下ろし、わざとらしく嘆息する。その手はフレデリカの頭を撫でていて、フレデリカがぱっちりと眼をシンデレラとゴジョウへ交互に向けていた。


――警戒してる?


 嫌な緊張感だ。今すぐにでも戦闘が始まってもおかしくないような雰囲気があった。


 あおいはシンデレラのスペックを思い出す。メルヘンカンパニーの長であるこのキョンシーについて戦闘を行ったという記録はほとんど残っていない。辛うじてそのPSIがオプトキネシス、光に関わる物であることだけは知られていた。


「悪いねシラユキ。ちょっと、あおいさんが面白くてそちらに意識を割いていたよ。ああ、でも、大丈夫。ちょうど、話したい内容について口に出したところだから」


 一拍の間を置いて、シンデレラがシラユキとフレデリカ、そしてあおいへこう言った。


「弊社、メルヘンカンパニーから離反した不届き者達について、ハカモリの方達と共有したい。シラユキ、後で誰かを繋いでくれ。場所はこちらでもう用意してあるから」


「急な申し付けねシンデレラ。というか、あなたは今回の会議でそれについて共有に来ているのでしょう? わざわざ、私達ハカモリだけに話す意味なんて無いじゃない」


「おーほっほっほ。フレデリカには分かるわ。あなた、何かをフレデリカ達に要求するつもりね」


 フレデリカとシンデレラ、違う笑みを頬に貼り付かせ、その視線が交差する。


 意図があおいには読めない。シンデレラ達がモーバ対策会議に来たのはカーレンやギョクリュウなどのメルヘンカンパニーを裏切った者達の戦力などを共有するためだ。共有は既に終わっていて、ハカモリに対してわざわざ話をする必要も無い。


「クックック。全部の情報をそう簡単に吐くはず無いだろう。我々だって生き残るのに必死なんだ。手土産ならちゃんと持って行く。代わりに交渉の席に座って欲しいと言っているだけだよ」


「……あとでご主人様には伝えておいてあげる。それでいいかしらシンデレラ?」


「構わないよ。お前は昔から仕事だけはちゃんとこなすキョンシーだったからね。まあ、だからこそモーバへ裏切った時は本当に驚いたんだが。お前達がこぞって消えた時の私とターリアの嘆きを見せてやりたいよ」


「グチグチと嫌味を言うわね。ハカモリのシラユキにはもう関係が無いことよ」


「被造物として正しい在り方だね。やっぱり私はお前が好きだよ。とてもキョンシーらしい。」


 クックック。言いたいことは言えたのか、シンデレラが笑い、あおい達に背を向けて歩き出す。その背をシラユキが冷ややかな眼で見つめていた。


「……お兄様にまた面倒事が増えてしまいそうね」


 やれやれとフレデリカが首を振り、あおいは「そうだね」と頷いた。

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