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③ かつての憎悪




***




「今日もお兄様達は大変ね。昨日も夜遅くまで起きていたのよ? フレデリカはとっても心配だわ!」


「んー。まあ、木下君と京香は今回の会議の主役みたいな物だからね。仕方ないよ」


 唇を尖らせるフレデリカへあおいは苦笑した。昨日の焼き直しの様にあおいはフレデリカとシラユキの傍に居た。


 会議室の外の会場は昨日と同じく忙しない。今回の様に各国のキョンシー有識者達が集まるのは貴重である。既に会議も残り半分を切っており、どの陣営もこの機会を逃さない様に必死だった。


――土屋さんは、会議は順調に進んでるって言ってたけど……。


 毎夜、ホテルでの土屋との振り返りでどの様に会議が進行されているかは聞いている。第三課主任の黒木が主導で動いているのだから当たり前だとも言っていた。


 あおいは黒木のことを良く知らない。いつの間にか第三課の長を務めていた口数の少ない男。だが、彼が第三課の主任に成ってからハカモリの捜査官の死亡率が四割減ったのは有名な話だった。


――それなら、京香のことも気にしてくれれば良いのに。


 かつての親友への贔屓が働く。とにかく京香を休ませてくれと黒木に言ってやりたい気持ちがあった。


 京香の精神状態は危うい。ハカモリの誰かが、彼女に足を止めろと言ってやらなければいけないのだ。


 しかも、ただでさえ一杯一杯な京香が昨日、リコリスと接触したという。その情報が入って来た時、あおいは強くタブレットを握り締めてしまった。


 アハハ。おーほっほっほ! ウフフ。フレデリカとシラユキとの会話をしながらあおいの脳裏にはずっとリコリスという名前が過っていた。


 リコリス、その意味は彼岸花である。ヒガンバナという名にあおいはとても嫌な意味を見出していた。


 ヒガンバナは不知火あかねにとって最愛の人と出会った運命の場所だ。


 違うと思いたい。違ってくれと願う。まだ、マイケルに問いただせたわけではない。


 だが、そうなのだろうという予感があおいにはあった。


 それを読み取ったのか否か、偶々なのか、フレデリカがリコリスについて口にした。


「あおいはフレデリカ達が昨日リコリスに会ったって知っているわよね」


 確信がある様な言葉だ。四肢を失って、ある種の不気味さすらあるこのキョンシーのぱっちりと見開かれた眼に射貫かれ、あおいはびくりと体を固めてしまう。


「あ、その反応でフレデリカは分かったわ。あおいはリコリスについて色々知っているみたい」


「……それじゃあ、やっぱり、リコリスがそうなんだ」


「おーほっほっほ! フレデリカもびっくりしちゃった! 記録にある通りの顔をしていたんだもの!」


 どうやら、本当にそうであるらしい。リコリスは不知火あかねを素体にしたキョンシーなのだ。


 衝撃はあった。この数日ずっと頭にあった姉を素体にしたキョンシーと言う物がリコリスという実物と成って脳裏に現れてしまう。


 だが、それ以上にあおいが考えてしまったのは京香のことだった。


「……京香をリコリスが襲ったんだっけ?」


「ええ、そうですね。フレデリカ様の背後を追いながらワタクシは見ておりました。長い長い紅の髪を伸ばして京香様を殺そうとするリコリスの姿。いやはや、PSIなしであそこまでの動きを実現するとは、マイケル様とアリシア様は変態に違いありません」


 シラユキの物言いにあおいは喉の奥で舌に力を込め、リコリスに殺意を向けられる京香を想像する。


 あの時、あかねが死んでしまったあの時、どれ程の絶望が京香を襲っただろうか。あおいはそれに加担してしまった一人で、彼女を追い詰めた人間の一人だった。


 京香にとって不知火あかねは最も憧れた女性だ。それをあおいは知っている。きっとかつての京香はあかねの様な大人に成りたいと思っていただろう。


「そんなに京香を殺そうとしたの?」


「すごかったわ! リコリスの髪はすっごい毒性があるみたいなんだけど、それが全部京香へ向かっていたもの! 京香じゃ無ければ今頃ドロドロに溶け殺されてるわね!」


 それほどの殺意をあかねの顔をしたキョンシーに向けられたのだ。京香がどれほど傷付いているのか、あおいには想像もできなかった。


「フレデリカ、リコリスの顔はどうだった? どんな表情してた?」


「昔のままの顔だったわ! でも、あの顔をあんなに憎悪で染められるだなんでフレデリカは思いもしなかった!」


 おーほっほっほ! 何が楽しいのか、ぱっちりと眼を開けてフレデリカは笑う。


 憎悪、あおいにとってその言葉はあかねととても縁遠い物だった。あかねがそう言う言葉を吐いた記憶があおいには無い。あおいの記憶の中であかねはいつもふんわりとほほ笑んでいて、自分と幸太郎と京香の四人を見守ってくれた人だ。


「まあ、キョンシーと素体は違うからね。色々と精神が変わるのもおかしくないよ」


 言い訳する様にそんな定型句をあおいは口にする。


 それを否定する声がすぐ脇から上がった。


「いやいや、人間さん、キョンシーは素体に似てしまう物だよ。そのリコリスというキョンシーが特別清金京香へ憎悪を向けていたというのなら、素体も清金京香へ憎悪かそれに準ずる感情を持っていたのさ」


 急に横から来た声はとても気安く、昨日も聞いた女の声だ。


「……ボス、急に話しかけるのは不躾じゃない?」


「クックッ、ごめんごめん。昨日のお喋りの続きをしたくてね。知り合いはいっぱいいるけど、楽しくしゃべれそうなのは君達だけなんだ。ちょっとこの被造物に付き合ってくれ」


 現れたのはぼろ布を引き摺るシンデレラと痩身で髭だるまの男だった。


「あ、どうも、ゴジョウです。ボスが迷惑かけてすまんね」


「あ、いえ」


 破戒僧の様な風貌にしては腰が低く、あおいは少し腰が引けた。


――ゴジョウ?


 昨日も聞いた名前で、何処かで聞いたことのある名前だ。


「おーほっほっほ! 初めましてでお久しぶりね! ゴジョウ、フレデリカを覚えているかしら!」


「? 俺はお前みたいなちびっこは知らんが」


「不知火あかねのキョンシーだったフレデリカよ! アイアンテディと言えば分かるかしら?」


「……ああ! あのキョンシーか! あれ? 記憶と見た目が違げぇぞ?」


 フレデリカがぱっちりとゴジョウへ目を向ける姿で、あおいはゴジョウのことを思い出した。


「お姉ちゃんを、殺した人だ」


 ストレイン探偵事務所で真っ先に調べた、不知火あかねと上森幸太郎が死ぬまでの一連の戦い。あの時、メルヘンカンパニーから現れた傭兵部隊の一人がこのゴジョウという男だった。

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