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1-42 鉄塊の波


***


 京香はハカモリの人員三人とキョンシー三体と研究棟の窓から上がる黒煙を眺めていた。

 耐熱設備が整った研究棟の外壁は傍目から見れば変わりなく、綺麗なままだ。


「あいつの無茶はどの程度で済むかしら」


 霊幻の左半身は金属が激しく露出し、左腕は捥げたままだ。本当ならすぐにでも治療したい。

 突撃してもう十分。長くとも後十分で帰ってくる様に京香は霊幻へ命令を出していた。

 やれやれと首を振った京香へ、第四課の一人が彼女へと問い掛けた。


「霊幻をいつもあんな自由にさせてるんですか?」

「そうね。言っても聞く奴じゃないし」


──アタシが変なんでしょうねぇ。


 キョンシーに戦わせろ、ただし、手綱は握れ。それがキョンシー使いの大原則だ。

 霊幻の行動は暴走だ。普通なら薬物やメスで脳を調整し、自己を希釈する。

 そうするのが当たり前なのだと、京香はシカバネ町に来て初めて知った。


「あんた達のキョンシーはどう? まだ大丈夫?」


 三人と三体へ目を向ける。テレパシーから人間を守るためにハカモリのキョンシーはエレクトロキネシスを使い続けている。戦闘開始から既に一時間。代わる代わるとは言え、キョンシー達の頭にはかかる負荷は膨大だ。

 三体のキョンシーの目は充血し、小刻みに揺れている。遠からず脳が壊れるだろう。


「まだ大丈夫ですね。大分寿命は縮んじゃいましたけど」

「治せる?」

「今ならまだ直せます。そんな余裕は無いですけどね。そもそも主要な治療施設である研究棟が奪われている訳ですから」

「そうよね。時間も余裕も、意義も意味も無いもの」


 このキョンシーらは名前を与えられていない雑兵だった。世界中から集めた使い捨てのPSI装置。もしも彼らに意思や痛覚があったのなら、痛いと叫ぶだろうか。

 そんな無駄な思考をして、京香は視線をキョンシー達から外す。

 今自分にできることは、するべき仕事は、この事態の終息。ハカモリの切り札が第六課。その現主任が自分なのだなのだ。

 ハハハハハハハハ! 霊幻の高笑いが聞こえた気がした。


「さっさと戻ってこないかしら」


 霊幻が負けると京香は考えない。余程の隠し玉があれば話は別だが、あったとしても霊幻が負ける未来を想像できなかった。

 京香は「ふー」っと小さく息を吐いた。

 その瞬間、眉の根と、首の付け根と、そして額に、強烈な緊張が走った。


──ん?


「全員、構えて。何か来る」

「え?」

「早く」


 突然の指示に三人のキョンシー使いは戸惑った。当たり前だろう。指示を出した側が理由を理解していないのだから。


「シャルロット、全員に通信を繋いで」


 理由を探す前に京香はシャルロットを起動し、通信が繋がった側から指示を出した。


「総員警戒体勢を敷いて。周囲一帯を索敵しなさい」

『俺の所で確認する。少し待て』


 京香の突然の指示に対して関口が対応する。


「な、何が起きてるんですか?」

「分からないわ」


 関口からの返事はすぐに来た。


『おいおいマジか。全員何処でも良い。高い所に上がれ。今すぐにだ』


 すぐに京香は屋上から周囲を見渡し、眼を見開いた。


「ワーオ」


 ブオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ! ブオオオオオオオオオオオオオオオ! ブオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!


「な、何ですかアレ!?」「自動車、重機、ヘリコプター!?」「何だそりゃ!?」


 世界に鉄塊の波が押し寄せていた。

 電気自動車、多種多様の土木重機、そして四十数のヘリコプターに小型飛行機。

 対策局の研究棟へ三百六十度全方位から車輪やプロペラを持ったありとあらゆる機械が迫り、地上と空に群がっている。

 IOTで厳密に制御されているはずの機械達は本来の精密さに見る影も無く暴走状態だ。


「テレパシストってこんなことも出来るの? ヤバイわね」


 可能性としては上げられていた。監視カメラをピンポイントにジャミング出来るのなら、IOT機器で制御された機械も操れるのではないか。


「それにしたっておかしいですよ! このテレパシストのPSIどんだけの射程があるって言うんですか!?」


 鉄塊の波は研究棟の周囲まで到達して複雑怪奇な渦を巻く。自動車、重機、ヘリコプター、それぞれの動きは完全に同期し、一切の衝突を起こさずに地上を覆い隠した。

 眼下の機械達は軍事用の物ではない。更に運転席は無人であり、自動操縦で動いていた。


 ブルルルルルルルル! ブルルルルルルルル! ブルルルルルルルル!


 車輪とプロペラが回る音がする。鉄塊の波は地上での人間の存在を許さなかった。


「どうしようかしら?」

『逆手に取られましたね。まあ、あの出力で動かすなら半日もすれば充電切れで停止すると思いますが』


 シャルロットから長谷川の声が聞こえる。


『悠長に待っている時間はあんまり無いぜ? 研究棟に居る奴らはどうするんだよ?』

「一階のエレクトロキネシストの数は?」

『十体だ。固まって少しでも長持ちさせる様に指示を出している』


 研究棟の一階で陣を引いていた第四課と第五課の人員達が最も危険だ。

 絶え間なく襲ってくるテレパシーに対処するためには、継続的にエレクトロキネシスで網を張る必要がある。残り十体では二時間が限度だ。

 助けを出したくとも生半可な実力では鉄塊に巻き込まれ即座にミンチと化す。


『ウザってなぁ。俺の爆弾でぶっ壊してやろうか?』

『数足りるんですか?』

『足りねえな。半分破壊できれば良い方だ』


 関口の二色爆弾ならば下の機械達をスクラップにすることは容易い。だが、半径百メートル強にまで広がった流動する鉄塊達に対して、二色爆弾では攻撃の範囲が足りない。


『コチョウが居ればこういう時便利なんだがな』

『範囲攻撃はエアロキネシスの十八番ですからね。僕もイルカを連れてくれば良かったかもしれません。まあ、イルカじゃ糸の力場に操られちゃうんですけどね』


 関口と長谷川が解決の糸口をああだこうだ話し合っている横で、京香が手を上げた。


「アタシが行きましょうか?」

『考えている。少し待て』


 水瀬も最終手段を行使するのかを迷っている様だった。


──アタシなら突破できる。でも、それは相手にバレているはず。どういうつもり?


 京香は自問する。自分の思考にフォーカスしているかどうかは定かでは無いが、清金京香という存在をテレパシストは知っているはずだ。


「誘い込まれているのか、考え無しか。どちらにせよ霊幻が帰って来ないと話が進まないわね」


 霊幻ならば包囲網を突破できるだろう。後、五分もすれば帰ってくる時間だった。


──とりあえず準備だけはしておこうかしらね。


 京香がそんなことを考えていた正にその時、


 ゴォロゴォロゴォロゴォロゴォロゴォロゴォロゴォロゴォロゴォロゴォロオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!


 激烈な稲妻の音。即座に眼を向けると、研究棟四階の南側の壁に大穴が開いていた。

 大穴からは煙が上がり、炎が見える。その穴に一つの影があった。


「あいつ、何やった?」


 立っていたのは霊幻。合成皮膚の大部分が焼け、金属パーツが太陽光を反射する。

 京香の相棒が、高笑いを上げながら大穴より飛び降りた。


 ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!


 遠くて音は聞こえないはずなのに、京香の耳に霊幻の笑い声が木霊する。


「……無理はするなって命令も出すべきだったかしら?」


 溜息を吐いて京香はシャルロットを介してハカモリ全体へ宣言する。


「第六課、清金京香、これより突撃します」

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