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② 演技




***




「……まあ、そうよね。確かに最近アタシはダメダメだし」


 夜空に吸い込まれる、清金の乾いた笑い声に恭介は上手く返事ができなかった。


 そんなこと無いと言うのは簡単だった。きっと、恭介の横で歩いている清金は何処かでその様な優しい慰めを求めているだろう。けれど、間違いなく、その様な慰めを彼女は望んではいない。


 マイケルからリコリスについての説明を受けた後、清金が続きは明日以降にするとし、今日は解散だと命令した。明日からもモーバ対策会議は続くのだから、まずはこちらに集中しなければいけないという理由でだ。


――それは合ってるけど。


 清金の言い分は間違っていない。モーバ対策会議は半分ほど残っていて、恭介達にはまだまだ仕事が残っている。


 こうして速やかに解散し、すぐにでも休息するのは明日以降の仕事を考えるならほとんど正解とも言える選択だった。


「……とりあえず、明日からいよいよホムラとココミについての話ですよ。こっちに集中しましょう」


「ね。気合入れなきゃ。絶対に色々と茶々入れてくる国とか出てくるもの」


「中国は来るでしょうねぇ」


「バツをこっちに寄こしてるからね。間違いなく色々要求してくるわよ」


 ハハッ。恭介は清金に合わせて乾いた笑いを出した。「何を勝手にわたし達のことを話してるのよ」とホムラが肩を叩いてくるが無視をした。


 当たり障りのない会話だ。恭介がわざと仕事の話を振ったことを清金は理解しているだろう。


 空気が重かった。それに反して清金の声はやけに明るい。無理をしているのだろう。


 恭介はチラリと背後を歩く霊幻を見た。普段は清金の隣を歩くこのキョンシーの位置を自分が歩いている。何か京香が言ったわけでは無く、無言で霊幻が数歩恭介達の背後を歩き始めたのだ。


 それは気遣いなのだろう。キョンシーとしての論理回路が導いた清金をこれ以上傷つけないように行動しているのだ。


「先輩、お腹減ってませんか?」


「そりゃ減ってるわよ。夕飯食べないでこんな時間まで歩いてんだもの」


「シラユキがシチュー作ってるはずですよ」


「白いやつ、黒いやつ?」


「白い方ですね。先輩はビーフシチュー派ですか?」


「いいや、どっちも好き」


 恭介は清金に投げる言葉を失っていた。他愛のない言葉は投げられる。だけど、核心に迫る様なことを言えなかった。


――僕が言って良いことじゃないだろ。


 そんな思いが根底にあった。


 どうした物かと考える。家に着くまで後十五分といった所だ。


 その時、恭介の肩を一際強くホムラが叩き、同時に短く呟いた。


「敵よ」


 その言葉で恭介達は足を止める。


「はぁ」


 清金が強く溜息を吐いていた。戦う様な気分では無いのだろう。だが、敵は待ってくれない様だ。


「ホムラ、ココミ、敵の数と目的は?」


「人間が二。キョンシーが五。目的はココミよ。さっさと終わらせない。あまり、これ以上汚らわしい声をココミに聞かせないで」


 それだけ言ってホムラが自分の首輪と前方の二か所をを指さした。


「先輩、ホムラも戦わせますか?」


 場所は分かっている。この距離ならばホムラのPSIも有効だろう。


 恭介の提案に清金は軽く首を振り、左手のシャルロットからトレーシーを取り出した。


「アタシと霊幻が行くわ。ホムラは戦わなくて良い」


「任せろ。撲滅してくれる」


 ハハハハハハハハ! 狂笑を響かせながら、矢の様に霊幻と京香ががホムラの指差した方向へと突撃する。


 その背を恭介は見送り、軽く唇を噛んだ。


 戦闘は直ぐに終わり、恭介達が家に着いたのはこれから三十分後のことだった。







 次の日、寝不足の頭で恭介達はモーバ対策会議に出ていた。既に会議は中後半に差し掛かっている。


「『木下捜査官。質問に回答を』」


「はい。ココミのテレパシーの射程についてでしたよね」


 黒木から振られた質問に恭介が回答する。今日からはある意味で待ちに待ったホムラとココミについてが議題と成っていた。


 既に連日連夜、会議の後、国々が入れ代わり立ち代わり恭介と清金達へ質問をしてきたことだが、ココミという世界で唯一の、そして、モーバが欲して止まないテレパシストについての公式な情報開示の場である。


 これに伴い、とうとうハカモリはココミのPSIがテレパシーであることを正式に認めた。既にウェブニュースではトップ欄にこのニュースが出ていることだろう。


 既にいくつかの質問については回答をハカモリで用意しており、恭介はそれをなぞる様に答えていた。


 名目上はホムラとココミというモーバ製のキョンシーについての話と成っていたが、来る質問はココミのことばかりである。


 恭介の背後ではホムラが不快極まりないと言った隻眼で周囲を睨み、ココミを抱き締めていた。


「今の所観測されている、テレパシーの最大射程は約十五キロメートルです。受動的に普段使っている範囲についてはこの場ではお答えできません」


「『何故答えられない? 重要な情報だ。今後のそこのキョンシーを取り扱う際に必須だろう』」


「『我々としてもココミの受動的なテレパシーの射程は把握できていないのです。一キロメートル先の心の声を読み取れたこともあれば、部屋の中の人間の心情の読み取りに失敗したこともある。正式な数字はこの場では出せません』」


 当然の様に質問が飛んで来た質問に黒木が淀みなく嘘を吐いた。


 確かにココミの受動的なテレパシーはホムラと共に居る間は制限され、精度は落ちている。だが、一キロメートルの範囲内であれば、対策なしの人間やキョンシーの思想の読み取りに失敗したことは無い。


 これは今後のココミをハカモリで守るために必要なブラフだった。


「『しかし、そのテレパシストを今後我々でも管理していくにあたり、テレパシーの詳細なスペックを知らなければならない。ハカモリが知る限りの情報の開示を要求する』」


 何処の国だろうか。先程から同じような質問を、各国がしている。


 その度に黒木は無表情のままこう切って捨てていた。


「『ココミの管理はキョンシー犯罪対策局が行っています。確かに皆さまの協力を願う時はありますが、ココミはあくまで我々の物です』」


 どの国もココミの所有権を獲得しようという魂胆を隠していなかった。


 ゴルデッドシティでの一件はそれだけ衝撃的だったのだ、各国が精神感応系PSIへの対策に本気を出す程には。


 そのためにも、また、国力の強化という意味でもココミが欲しくて堪らないのだろう。


 ジッと、ホムラがココミを隠す様に抱き締め、周囲を睨んでいる。


 恭介は冷や汗を流さないようにするのに必死だった。


「『テレパシーへの対策はどうすれば良い? ゴルデッドシティでは電磁遮蔽のヘルメットを被った者達が居たが、それでも完全には防げなかったのだろう?』」


「『清金捜査官、回答を』」


「電磁遮蔽系のヘルメットは有効です。しかし、頭だけを隠したとしても露出した肌にテレパシーが届けば思考を読み取れます。ですので、常時周囲に磁場や電場を張り巡らせておくというのが一つの対策に成ります」


 白い髪を軽く触った後、清金がテレパシーへの対策を口にする。言うのは簡単だが、行うのは難しい。それこそ、清金の様に常時微弱な磁場が体中から出てると言った特殊な人間で無ければ難しいだろう。


「『清金京香、あなたはハカモリで最も強い第六課を率いる人間だ。その人員皆があなたの様な対策をしていると?』」


 中国の代表者が京香へと向けて質問した。その眼は品定めをする様に細められ、恭介には嫌な感じがした。


「いいえ。しているのはアタシくらいです」


「『……ならば、例えば、第六課を我が国所属に成れば全員にテレパシー対策用の設備を配布できるが、どうだね?』」


 例えば、と付いているが、第六課を引き抜こうという誘いの言葉だった。


 事前に無かった質問であり、恭介はギョッとする。この場でその様な言葉が飛んで来るとは思わなかった。


「『こちらはバツを戦力としてハカモリへ渡してある。モーバとの一件が済むまでの間、代わりに第六課の戦力を借りたいのだが』」


 眼の奥からは感情が読み取れない。どの様な反応をこの代表者が求めているのか恭介には判断が付かなかった。


 見ると、部屋に居たそれぞれのキョンシー使い達が立ち上がり、各々のキョンシーへ指示を出す準備をしている。剣呑な雰囲気であり、恭介は息を飲んだ。


「『……清金捜査官、許可します』」


 短く、黒木が頷き、瞬間、清金の周囲に砂鉄が浮き上がった。


 ジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリ!


「アタシの第六課をどうするって?」


 蘇生符も貼らず、翼の様に砂鉄を広げる清金は怒りを露わにして質問をした代表者へ指を向けた。今すぐにでもこの砂鉄を固めて撃ち出してやろうかとでも言う様だ。


 清金の足元に砂鉄が忍ばせてあったと恭介は知らなかった。どうやら事前に黒木と清金の間で準備をしていたらしい。


 一触即発、まさかここで戦いが起きるのかと恭介が思った時、中国の担当者が両手を挙げた。


「『……いえ、例えばの話ですよ。例えばの』」


 顔を自然と笑わせている。引き攣った様子は無い。まるで、清金達の反応が分かっていたかのようだ。


「アタシ達はハカモリの第六課です。決して渡しません」


「『さあ、皆様、会議を続けましょう。時間は有限なのですから』」


 黒木がパンと手を叩き、会議の流れを戻す。


 そこまで見て、恭介はふと分かった。


――今の全部演技だ。


 中国の担当者が清金の逆鱗に触れ、清金がマグネトロキネシスを発動し、黒木が諫める。この一連の流れは全て事前に決められた演技なのだ。


 どういう取り決めが中国との間であったのかは分からない。それは恭介が気にするべきことでは無いだろう。


――ココミ、黒木さんと清金先輩は中国とどんな取引をした?


 けれど、恭介は背後のココミへ問い掛け、返答は直ぐに来た。


(ハカモリから清金京香のマグネトロキネシス発動時の脳波などの詳細情報を渡す代わりに、中国はテレパシーについて質問が集中し過ぎた時に場を乱す行動を取る)


 もしもここで外部に渡す情報が清金以外の第六課の誰かであったなら、きっと清金は許可しなかっただろう。


 相変わらずなことだと恭介は思い、心中でため息を吐いた。

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