⑤ 敵の戦力は?
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「『モーバのキョンシー使いは何体ずつキョンシーを操っている?』」
「『何故、この時、モルグ島の建屋を破壊した? 破壊しないでも発見できたはずだ』」
「『敵はエレクトロキネシスの対策を万全にしている様だ』」
「『清金京香のPSIは暴走している。もう制御できるようになったのか?』」
――耳痛い。
耳に着けたトーキンver5が前方から弾丸の様に浴びせられる数々の外国語を次々に日本語へと訳していく。あまりの量に京香の耳は痛みを訴えていた。
隣を見ると、恭介もまた耳を気にしている。京香よりは外国語を喋れる彼だが、数十の国を交えた会議ではリスニングが追い付かない様だ。
京香達のすぐ後ろでは霊幻が直立し、ホムラとココミがイヤホンを付けて椅子に座って恭介のタブレットで何やら映画を見ている。彼らの態度は変わらないのがせめてもの救いだった。
「『カーレン、ヨシツネ、ラニなど、名前が確認できているキョンシー使いは皆一体のキョンシーを使っています。そういうスタイルなのか、小出しにしているのかまでは分かっていません』」
「『この時の清金京香捜査官の判断に間違いはありません。アネモイとアネモイ2が空で戦っているんです、一刻も早く敵を見付ける必要がありました』」
「『少なくともPSI持ちキョンシー全員に対策はされています。エレクトロキネシスで破壊するのならば少なくとも出力C+以上が必要です』」
「『完璧な制御はできていません。だが、それ以上に戦力として有用なのは言うまでもないでしょう』」
矢継ぎ早に飛んで来る多種多様な外国語の質問に対して黒木もまたそれぞれの母国語で返答を返していた。
――久しぶりに見たけどやっぱりすごいわね。
第三課主任、黒木白文。ハカモリの活動におけるあらゆる事前事後処理を一手に引き受ける彼は主要外国語のほぼ全てを話せると言う。言語に関する感覚はあのヤマダでさえ自分でも真似できないというレベルであった。
京香と恭介は黒木から話が降られない限り、沈黙している様に言い付けられている。京香達では百戦錬磨の国の代表者達とまともに応対できないからだ。
「『我々のアネモイが奪われた時、清金京香捜査官は一時とは言えアネモイの動きを止めた。その力はいつでも出せますか?』」
その時、鷲鼻で壮年の男が手を挙げた。その顔を京香は覚えている。モルグ島で出会ったヨーロッパ連合の顔役の一人、クレマン・ガルシアだ。
「『清金さん、答えてください』」
『「ええ、あの時の出力なら簡単に」』
京香の回答にクレマンが角ばった鼻を上下に揺らして京香を見る。その眼は何か見透かす様で、とても居心地が悪かった。
「『モーバ戦力について、ここで一度映像を見ましょう。これはハカモリが保有するキョンシー達から得た戦闘ログです』」
そう言って、黒木が手元のパソコンを操作し、会議室の大スクリーンへ四分割された戦闘映像のダイジェストを流す。これらの映像の全容は既に各国と共有している。
――随分思い切ったことをしたわね。
確かにモーバの戦力把握は大切である。そのために実際の戦闘映像を見ることはとても有用だ。
けれど、ハカモリが保有する主力キョンシー達視点での戦闘ログの開示はそのままハカモリの戦力の弱点の開示に繋がりかねない。
戦い方の癖、出力の最大値、操作性の限界、動画から読み取れる情報はいくらでもあった。
映像自体は第四課から第六課の主任で確認し、取捨選択を行って送付しているけれど、将来的な不安要素に成るだろう。
――それでも、今ここでモーバを止めなくちゃいけない。
モーバの脅威は当初の想定よりも遥かに増大している。一刻も早く事態を収束させるために必要なことだった。
各国がそれぞれ連れて来たのであろう戦闘の専門家達がジッと大スクリーンに表示されるハカモリの戦いを見ている。
最も数が多いのは霊幻の戦闘ログだ。紫電を纏いながらの高速戦闘、全ての近接戦用キョンシーの理想像とも言える戦い方は改めて見ると壮絶である。
人間とキョンシー問わず破壊されていく体、その中には霊幻自身も含まれ、改めて見ることで京香は霊幻が常に最速最短で撲滅を実行しようとしているのだと理解した。
映像の途中でロシアの代表者が声を上げた。
「『PSI持ちが多過ぎないか? どんな時でも自律型のサイキッカーが居るじゃないか。それも全部が全部優秀な戦闘員だ』」
PSI持ちで、戦闘に使えるレベルで、かつ、それらが自律型である確率は果たしてどれくらいだろうか。
単純な確率の問題である。モーバに居たキョンシー達、彼ら彼女らは霊幻並みのハッキリとした自我を持っていて、かつ、何処に出してもエース級と呼べるPSIを持っていた。あれだけの数をどうやって集めたのかは未だに分かっていなかった。
「『一昨日共有したコウセン町での我々の捜査で、そこのキョンシー達が話していました。洗礼と呼ばれる作業によって自律型へ彼らは目覚めている様です。もしかしたらその時にPSIを使えるようにしているのかもしれません』」
黒木の言葉に会場がややざわつく。後天的にPSIを発生させることは確かに研究されているが、実証された試しは無い。
「『高原一彦、か。確かに彼ならば、その様な研究を完成させていてもおかしくは無い』」
声を上げたのはレオナルド・グッドシュタインだった。ゴルデッドシティで会った時と同じ灰色のスーツを着た老人は眉を下げてやれやれと頭を振っている。
「マイケルさんが言ってましたね。高原一彦はレオナルドとも親交があったって」
「学会とかで何回か会ったんだっけ」
隣に立つ恭介の耳打ちに京香は頷いた。
マイケル曰く、研究者の世界は狭い。同じキョンシーを研究していたのであれば、細かな専門の違いはあれど、互いのことは概ね把握できているものらしい。
レオナルドは現在におけるキョンシー研究のトップの一人である。彼が言う高原一彦ならばできるという言葉とても重かった。
黒木が一度頷き、スクリーンの画像を切り替える。
「『敵戦力についてこの場では話しましょう。こちらは我々キョンシー犯罪対策局が作成した敵の戦力量予測です』」
京香は恭介と共にタブレットに同期させた資料を見る。そこには今まで現れたモーバのキョンシー、タルタロスで確認できた映像、それから考えられる敵の戦力規模についての情報が記載されていた。
――ヤマダが死にそうな眼をしていた理由はコレね。
ここ数日、第二課にヘルプに行っていたヤマダが眼もとに隈を作りながら何やら資料を作っていた。その理由がハッキリとし、京香は軽く頷いた。
ロシアの代表者が手を挙げた。
「『記載された予測戦力量には振れ幅があるが、この根拠は?』」
「『今まで確認できたキョンシー達だけがモーバの主戦力であるというシナリオが最も好ましいパターンです。対して最悪なシナリオは敵の背後にはまだまだ多くの切り札を隠しているというパターンです。それらを反映した物に成ります』」
黒木の言葉へ概ね反対意見は無い。これもまた京香達にとっての不安要素だった。
今まで数々の敵が現れたが、果たしてそれらが、敵の全勢力の内のどの程度を締めているのかが分からない。
一度、黒木が水を口に含み、会場の多くがそれに習った。
ここからが本日の会議の主題である。モーバの戦力がどの程度と見積もるか、それに対して各国がどの程度の戦力を出せるのか、それに付随してどの様な組織を組むのか。
決めるべきことは山の様にあった。
「恭介、疲れたら座って良いわよ」
「清金先輩もですよ。ちゃんと休みましょうね」
京香は恭介と苦笑し合う。ここからまた山の様な質問が来るはずだった。
さて、気合を入れ直すかと寝不足の頭で京香が考えた時、
ピイイィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!
警報音が会議室に鳴り響いた。
「霊幻!」
「ああ!」
すぐに京香は霊幻と共に会場を飛び出す。警報の意味は明白だ。
この会議に何か脅威が迫ってきたのだ。