③ 旧友の異変
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「久しぶりね、あおい。待ってたわ」
「久しぶり~」
モーバ対策会議が五日後に控えた今日、夕暮れ時にハカモリの本部ビル一階入り口にて京香はあおいを迎え入れた。
一昨日、あおい達ストレイン探偵事務所がモーバ対策会議に有識者として呼ばれた連絡が来た。そこでちょっとした飲み会でもしようという誘いが彼女からあり、京香は意を決してその誘いに乗ったのである。
「ごめんね、ここで飲むことに成って」
「良いよ良いよ。昔みたいで楽しそうだし」
京香は外での飲み会という物をまともに体験したことが無い。任務の一環で席を共にすることはあったが、アルコール類を口にすることは無かった。
――まあ、外で飲んだら何かありそうだしね。
京香が生体サイキッカーであることは最早公然の秘密である。酒を飲んで鈍った頭の時に襲われれば何が起きるか分かった物ではない。
故に、京香がパーティーや飲み会など肩の力を抜いて騒げるのはハカモリのビルの中くらいだった。
「とりあえず、色々買ってみたわ。他のみんなは、恭介達以外集まらなかったけど」
「へー、マイケルさんとかは?」
「マイケルは研究棟。何か最近忙しんだって。ヤマダは第二課のヘルプ、シカバネ町のセキュリティプログラムのデバックだってさ」
軽く話ながら六階まで上がり、第六課のオフィスドアを開けると、そこでは恭介達がまだ準備中だった。
「あ、すいません。まだ、ピザが温め終わって無いです」
「良いよ良いよ。気にしないで。久しぶりだね木下君」
先程恭介と共にえっちらおっちら並べた三つのソファに囲まれたテーブルへ霊幻、恭介、シラユキが料理と酒を並べていた。ソファではその様子をホムラ、ココミ、フレデリカが眺めている。
チーン!
「お、できました。持ってきますね」
「手伝おうか?」
「後はピザだけなので座っててください」
言葉に甘え、京香とあおいはソファに座った。
「おーほっほっほ! 初めましてあおい! フレデリカよ! あなたのことは記録で知っているわ!」
「シラユキでございます。恭介ご主人様のキョンシーです。以後よろしくお願いいたします」
「うん。京香から聞いてるよ。二体ともよろしく」
京香はフレデリカの詳細についてはぼかして伝えてあった。木下優花のことをわざわざ伝えるのも下手なリスクを増やすだけである。
あおいがチラリとフレデリカの無い四肢へ向けられる。事前に伝えていたとはいえ気に成るようだ。
「ハハハハハハハ! 良く来たなあおい! 今夜は程々に飲もうではないか!」
京香達から少し離れた特注の椅子に座った霊幻がビール瓶を京香達のコップに注いでいった。
見ると他のコップには各々の飲み物が入っている。軽食類も既にいくつか食べた跡があった。ほぼほぼ確実にホムラとココミだろう。
「持ってきましたー。クワトロデラックスピザハルマゲドンエディションです」
ドン! そして恭介がテーブルの中央へ巨大なピザを置き、フレデリカの右隣に座る。
「良し、じゃあ始めようか。乾杯!」
「「「「「乾杯!」」」」」
*
「え、じゃあ、京香と木下君、来週からしばらく一緒に住むの?」
「そうそう。護衛よ護衛。アタシも恭介も大変なのよマジで」
「今先輩達用に部屋を大掃除真っ最中ですよ」
ピザを半分くらい食べ終え、軽く頭へ酔いが回ってきた頃、京香達はやんややんやと近況を話していた。
話題は当然五日後に差し迫ったモーバ対策会議についてであり、飲み会という物は愚痴が出てくる物である。
京香と霊幻は恭介の家に行く準備の真っ最中である。日に日にシカバネ町には外部の人間が増えていて、ココミを狙った襲撃の数も僅かだが増加している。対策会議が始まった日から恭介宅にて護衛に行く手筈に成っていた。
「へー、恭介君、大変だと思うよ。京香は結構徹夜とかに付き合わせて来るから」
「いつの話よ。それあれでしょ、金太郎鉄道九十九年やった時のことでしょ」
「懐かしいゲーム出てきましたね。それ僕が中学校の時のやつですよ」
思ったよりもあおいと自然に話せる物だと京香は思った。
かつての親友で、今はどうなのかは分からない相手である。飲み会の前にあった僅かな気まずさはかなり薄れ、久しぶりに京香は軽い気持ちで過ごせていた。
――恭介もサポートしてくれてるわね。
後輩たる恭介もこの飲み会に良く付き合ってくれた。恭介にとってあおいは先輩の旧友というとても離れた位置に居る人間である。今回の集まりは京香とあおいの都合であり、恭介はそれに付き合ってくれた形だった。
今度何か礼の品でも渡そうかと頭に留め、京香はピザをもう一枚取っていく。
「しかし旨いわねこのピザ」
「本当にね。何処で買ったの?」
ピザを買ってきたの恭介である。彼は「え~と、あ、ここですここです」とレシートを出し、机に置いた。
「ロシナンテ……聞いたことある名前ね」
「あ! あそこだよあそこ。昔、私と京香、それにマイケルさんに土屋さんと一緒に行ったピザ屋さん。パンケーキを食べに行こうって話してた時の」
「あー、あそこね」
あおいの言葉に京香は思い出す。数年前に北区にできたピザ屋のことだ。あの店はまだ名前を残していたらしい。
「最近、僕としてマイブームのピザ屋なんです。二号店ができるみたいですよ」
「へー、そんなに儲かってるんだあそこ。まだ樽とか置いてあるの?」
「樽? 僕が行った時は普通にウッドデスクでしたよ」
海賊船にありそうな樽を置いてたあの店が大きく成った様だ。
懐かしい思い出が蘇る。あの時、素体狩りの襲撃を受けて京香は入院し、その間に幸太郎がドリーミングビューティーを流布している組織を潰しに行ったのだ。
「……懐かしいね、マイケルさんは何してるんだろ?」
「? さっきも言ったでしょ。マイケルなら研究棟に籠ってるわ。最近、フィアンセを名乗るメアリーが来たからずっと一緒に何かやってる」
「あ、そっかそっか。忘れてたよ」
メアリーという新顔が加わったが、マイケルが研究棟に籠るのはいつものことだ。あおいもそれを知っている。
そんな彼女がこの短い間にマイケルへの言及を二回もした。
僅かだが、旧友の異変だった。あおいは特別マイケルと親しかったわけでは無い。
違和感に京香はあおいへ何かを言おうとしたが、その前にあおいの様子は元に戻っていた。
「あ、ワインも飲もうよ。安くて美味しい奴がスーパーにあったんだ」
「良いですね。ローストビーフも買ったんで、それも食べましょう」
あおいが出したワインに恭介がローストビーフを取りに奥へ向かって行く。
喉を通ろうとした京香の言葉は胃に落ち、二人が戻って来た時には忘れてしまった。