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② かつての住処







「本当に久しぶりねぇ。ほら、座って座ってさっき買ったお茶菓子を食べましょ」


 遺児用孤児院ヒガンバナ、十人掛けのテーブル席に腰かけたあおいの前で、珠華院長がワタワタと茶の準備をする。


――あ、コウ(にい)が付けた傷だ。


 あおい達が何度も共にした食卓には昔過ごした痕が残っていた。


 ヒガンバナはシカバネ町でいくつかある遺児用孤児院の一つである。中規模で可能な孤児受け入れ人数は十人程度である。


 外の庭から子供達の声がする。昔の自分達の様に適当に遊んでいる様だ。


「庭のヒガンバナ、今は枯れてるんだっけ?」


「そうねー、秋に咲く花だしー」


 お茶菓子とやらを探す珠華の背にあおいは世間話を投げた。


 この孤児院の名の由来にも成った庭のヒガンバナは枯れている。折角だからあの綺麗な赤を見たかったが、仕方ない。


 あおいはぐるりと回りを見渡した。


 古くなった巨大な冷蔵庫、壁際に立った護衛用のキョンシー、柱にはマジックで孤児達の背の記録が書かれていて、少し離れたテレビの前で幾人かがゲームで対戦していた。


「私が居た頃とあんまり変わってないね」


「変わったわよー。何か4Dだか5Dだかの最新ゲームってのがあってね、もうおばあちゃんには分からないわー。あ、あったあった。はい、お茶とお菓子、あおいちゃん、イチゴ味のどら焼き好きだったわよね」


「やった」


 コトリ。頬の皺を深くして儒家があおいと自分の前にどら焼きと緑茶を置いた。


 かつてのある一時期、自分を育ててくれた大人が、かつての好物を覚えていてくれる。それは何ともむずがゆく、あおいははにかみながらどら焼きを頬張った。


「本当に驚いたわ。まさかあおいちゃんにまた会えるなんて。シカバネ町を出たってことは聞いていたのだけれど。ねえ、今は何しているの?」


「実はね、探偵事務所の助手をやってるんだ。院長も調べたいこととかあったら言ってね。サービス価格で色々調査するから」


 ふふん、と少しドヤ顔してあおいは今の仕事について珠華へ語る。勿論、危険なことをしているとは語らず、この女性が心配しないで済む様なキラキラとした所だけをだ。


「――でね、結構外国とかを渡り歩いてるの。色々喋れるように成ったよ。英語、中国語、フランス語、最近スペイン語もできるようになったし」


「おおー、とうとうこの孤児院出身者からグローバル化がねぇ」


 慈愛に満ちた眼で珠華があおいを見つめる。


 子供の様な振る舞いをできて、今の自分を褒めてくれという態度を、力を抜いてできるというのは、あおいの想像以上に心地良い物だった。


「院長の方は最近どう? ここの経営とかは大丈夫?」


「ボチボチねぇ。お金は問題ないけど、もう私もおばあちゃんだから。体力が少しきつくなってきたわねぇ。ま、後二十年は続けるつもりだけどね」


 珠華は白髪が増え、顔の皺も深くなっている。言う通り、確かに彼女は年を取ったのだろう。それに切ない気持ちをあおいは覚えるが、それを口に出してこの穏やかな時間に水を差したくなかった。


 茶菓子を半分食べ終えた頃、茶を飲み、あおい達は一息を入れ、話題が変わる。


「懐かしいわねぇ、あおいちゃん達がここを旅立ってからもう何年かしら」


「大体十年くらいだね。お姉ちゃんとコウ兄と一緒に出たから」


 話題は現在から過去へ。久しぶりにあった相手だから当然思い出話に花を咲かせるという物だった。


「あかねちゃん、そして幸太郎君も……残念だったわねぇ」


「……そうだね」


 あおいと珠華の思い出の中には必ず、あかねと幸太郎の姿があり、彼女達の死について語ることは避けられなかった。


「ああ、でも、幸太郎君の体は霊幻に成って良く見るわ。あおいちゃんも見たかしら」


「うん。見たことあるよ。大分コウ兄とはキャラが違うよね」


「そうかしら? 幸太郎君っぽいって私は思うけど」


 霊幻はシカバネ町での有名人だ。そもそも素体と成った上森幸太郎は人類最強と呼ばれた程のキョンシー使いであり、彼自体の名前も知られていた。


 人類最強を素体としたキョンシーがどの様な物か、住民達は大なり小なり興味を持っていて、現れたキョンシーがアレである。


 あおいはシカバネ町から出て行く前に数度霊幻を遠目から見たことがある。体を改造したのだろう。幸太郎とは体格は随分違っていたが、その顔は幸太郎の物だった。


「霊幻はコウ兄とは違うよ。まあ、撲滅とか似ているところはあるけどさ」


「キョンシーと素体は似てるところも違うところも出て来るからねぇ」


 珠華が頬に手を当ててあおいの言葉を飲み込む。やはり彼女はあおいよりも遥かに大人なのだろう。


 キョンシーや素体との向き合い方があおいよりも安定して、彼女なりの結論が出ている様だ。


――私もまだまだだね。


 自分は未熟なのだと、こういう時にあおいは自覚してしまう。


 そんなあおいのことを知ってか知らずか、斜め上を見て何かを思い出していた珠華が「……そう言えば」と口を開いた


「あかねちゃんのキョンシーは結局見なかったわねぇ」


「お姉ちゃんのキョンシー? フレデリカのこと? 院長見たことなかったっけ? 髪を私よりもちょっと明るい青色に染めた女の子のキョンシーだよ」


「いえ、違う違う。()()()()()()()()()()()()()()()()()のこと」


――は?


 訳の分からない言葉にあおいは言葉を失った。


 今、珠華は何と言った?


 あかねを素体にしたキョンシーと言ったのだ。


 あおいの姉は死後、体中をバラバラにしてパーツ毎に世界へ出荷されたはずだ。


「……院長が言っているのは、お姉ちゃんの脳を使ったキョンシーのこと?」


 それならば分からなくはない。あおいの脳は幸いにして無事だった。何処かのキョンシーに組み込まれただろうし、耐用年数を考えるならば今も稼働しているはずである。


「いえ、霊幻と同じ様にあかねちゃんの全身を使って作ったキョンシーのことだけど。まあ、今の霊幻にどれくらい元の体が残っているかは分からないけれどね」


 更にあおいは混乱した。


 つまり、つまりだ、珠華はこう言っているのだ、不知火あかねの全身を使ったキョンシーが見れなかったと。


 その様な話、聞いたことも無い。


 絶句するあおいの様子に珠華が持っていた茶菓子を置いて眉を顰めた。


「……もしかしてあおいちゃんは知らない? 死ぬ少し前にあかねちゃんがヒガンバナへ来たのよ」


「知らない。そんなの知らない。院長どういうこと?」


 あおいの様子に珠華が「ちょっと待っててね」と席を外し、数分後に帰って来た。


「遺言書をね、二つ預けに来たの。もしも自分が死んだら第六課の……ああ、そうだ、マイケルさんに渡す様にって。これはマイケルさんが一通だけ返してくれたの。もう片方は自分宛じゃ無いからって」


「遺言書、え、何で?」


 あおいはそんな物貰っていない。そんな物をマイケルが受け取っていたという話も聞いていない。


 だが、珠華がテーブルに置いた包み紙に書かれた文字は確かに記憶にある姉の物だ。


 少し震える手を伸ばし、あおいは不知火あかねの遺言書という物を開き、そして読んだ。


 酩酊した時の様に頭が上手く働かない。眼が滑っていく。


 けれど、姉の文字で書かれたその言葉の意味はとてもシンプルだった。


 そこにはマイケルへの依頼が書かれていた。


 曰く、死ぬ前に不知火あかねの素体の代金は払ってある。


 曰く、その素体を使ってキョンシーを作って欲しい。


 曰く、そのキョンシーは上森幸太郎が所有者と成る様にしてくれ。


 細かく読むのなら、既に生前の間にマイケルへの話は通してあるらしく、この遺言書は只の念押しの様だ。


「……お姉ちゃんが、キョンシーに成ってる?」


 パサリと、あおいは遺言書を机に置き直し、どういうことだと、首を触った。

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