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札憑き・サイコ・エンバーミング~撲滅のメメントモリ~  作者: 満月小僧
屍の為の町――死んでいる>生きている
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③ 素体贈与契約書




 数時間後、夕方、午後六時。京香の予想通り、犯人は既に逃げ仰せていた。


「……チッ」


『キョウカ、あなたが発見した時には既に逃げていまシタ。どうしようも無いデス』


「そうね。ありがとうヤマダ。お疲れ様」


 ヤマダからの報せに京香は乱暴に通話を切った。


 分かってはいた。あの場に死体を打ち捨てたのは中身のパーツに用があったからだ。


 パーツだけならコンパクトに持ち運べる。関所があるとはいえ、隠すことは容易だ。


 素知らぬ顔で、人畜無害な顔で、正規のルートで出ていけば良い。


 腹の内は誰にも分からない。皮一枚を隔てただけで善人と悪人の区別が付かなくなる。


「残念だ。撲滅をし損ねた」


 徒労に終わった捜索に京香は憤っていたが、霊幻は何も変わらなかった。まるで、スクラッチくじが外れたくらいの残念そうな感じで腕を組み、眉を潜めているだけだ。


「……遺族の所に行くわよ」


 京香は思考を切り替えた。被害者の身元は判明している。


「了解だ。何処だ?」


「西側の住宅街」


 シカバネ町の西側は居住区が固まっており、通称、生体置き場と呼ばれていた。




 一時間後、京香はとある五階建てマンションの三階の部屋を訪れた。


 そこには被害者の親二人と、姉と弟が待っていた。訃報は既に彼らに届いている。


「申し訳ありません。犯人を捕まえられませんでした」


 霊幻を一階の公園で待たせ、京香は独り、遺族の前で頭を下げた。


 どんな罵詈雑言が来たとしても京香は聞き入れる用意があった。


 犯人一人を捕まえらず、みすみす被害者の中身を外へ持ち出された不手際を糾弾する権利が彼らにはあった。


「そうですか。それは仕方がないですね」


 だが、おうおうにして期待とは裏切られる物である。


 被害者の父親はその柔和な眼光を悲しげに細め、やれやれと言った風に頭を振った。


「犯人達の追跡は続けます。いつか必ず、報いは受けさせます」


「いえいえ、無理をなさらないで捜査官さん。あ、ほら、クッキーはいかが?」


 頭を下げ続ける京香へ母親が慌てて菓子を差し出した。


 周囲には見えないように京香は奥歯を噛んだ。


 お前の娘が無残な体にされたのだと、そう言ってやりたかった。しかし、仮に言ったとしても、彼らには京香の言葉は伝わらないだろう。


 頭を上げて、京香は懐からタブレットを取り出し、彼らへと差し出した。


「それでは、娘さんの素体回収の同意書にサインをお願いします」


 『素体贈与契約書』と書かれた契約書が表示され、下の方のサイン箇所を京香は指した。


「……良し、これでよろしいでしょうか?」


「はい。問題ありません」


 シカバネ町は生者にとって楽園とも言える町だ。あらゆるサービスがほぼ無償で得られ、病院は原則無料であり、教育設備も充実している。健康を害するレベルの仕事は一律に禁止され、賃金も必ず一つの家庭が充足に暮らせるだけ払われる。アミューズメント施設も充実しており、それら全てを格安で享受できた。


 このサービスを受けるのは簡単だ。『素体贈与契約書』にサインし、年二度行われる健康診断で異常なしの結果を出し続ければ良い。


 安定した生活、充実した娯楽、適切な仕事。


 全ては心身共に健康な素体を作る為。より良いクオリティの死体を作る為。


 この町はキョンシーの素材となる死体を産む為に作られた町だ。


 住民の誰もが死後、世界へ出荷される未来を対価に生前の楽園を享受する。


 故にシカバネ町、屍の為の町。


 住民達は身体を管理され、健康なまま死亡することが望まれる。その際、何よりも重視されるのは脳だ。他の肉体パーツは機械化で補えるが、脳だけは一から作れないからだ。


 脳の質を基本として、死体がキョンシーの素体としてどれだけ有望かどうかで住民達は格付けされる。


 今回の被害者の素体ランクはC+。この町においては平均より上程度、世界で見ればトップクラスの素体という意味だ。

被害者が狙われたのも当然と言えよう。内蔵だけでも二千万。脳には億の値段が付く。


「それでは、失礼いたします。この度は力が至らず、申し訳ございませんでした」


「そんなに謝らないで捜査官さん」


 彼らの態度は最期まで変わらなかった。


「素体が死ぬなんてこの町では日常茶飯事じゃないですか」


 最後に言われた言葉に京香は曖昧に笑うことすらできなかった。


 バタン。優しく閉められたドアを確認して、階段を降り、公園まで着いたところで京香は「あー!」と声を上げた。


 公園の滑り台の一番上で空を見上げていた霊幻が緩慢にこちらへと顔を向ける。


「どうした?」


「るっさい。霊幻、ハンバーガーのやけ食いに付き合って」


「吾輩も食うのか? カロリーの無駄に成るが」


「食べて、腹に入る限り」

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