③ キョンシーの在り方
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「これでこの町ともお別れか」
「ハハハハハハ! 帰ったら報告書を書かなければならんな!」
「あー、そうね。何て書こう?」
京香達第六課を乗せたリムジンバスがゴルデッドシティを走る。このまま数時間も走れば空港で、それから十数時間かければシカバネ町だ。
――……うん、まだ戦える。
京香は自身の体調を把握する。今回の戦いで今まででは出せなかった出力でPSIを乱発した。けれど、それほど頭は疲れていない。戦場を駆け抜けた身体には疲労が貯まり、幾つも痣ができたが、戦闘には何の問題も無い。
――随分と、強くなっちゃったものね。
窓際の席に座る霊幻を京香は見る。今の自分はこのキョンシーよりも強くなってしまった。
勿論、隙はある。体力は霊幻に敵わないし、生者の身だから簡単に死んでしまう。
決して、霊幻が不必要になったわけでは無い。それだけは絶対にありえない。
――これなら、霊幻をあまり戦わせないで済む。
良くない考えだ。京香自身も分かっていた。けれども、今までの様に霊幻を前に出す様な撲滅の在り方ではなく、自分が前に出て、霊幻にはサポートをしてもらう形に成れば、きっと霊幻の寿命は延びるだろう。
「どうした?」
「……何でも無い。ただ、色々今回もあったなって思って」
霊幻に見られ、京香は考えていたことを誤魔化して霊幻の膝を叩く。
「確かに、モーバの本格的なテロ行為だったな。吾輩達はまんまとやられたわけだ。ゴルデッドシティが素直にサミット開催を見送れば良かったのだがな」
「本当にね。そうすればフォーシーが壊されることも無かったのに」
フォーシー・ゴールドラッシュ、アメリカが創り上げた至高のテレキネシスト。かのキョンシーは核爆弾からゴルデッドシティを救い、その果てでアネモイに破壊された。そう恭介から報告を受けている。
何処までが敵の作戦だったのかは定かでない。けれど、モーバは宣言の通り、A級キョンシーを破壊したのだ。
「モーバはエンバルディアとやらを本気で実現するつもりみたいね」
「であろうな」
敵の本拠地をすぐにでも見付けなければならない。何処に居て、どんな戦力が居るのか。そして、見つけ次第早急な撲滅が必要である。
「恭介、ココミの記録の解析の手配は済んでる?」
「……え? あ、はい、何ですか?」
「寝てた?」
「まあ、めちゃくちゃ疲れたので」
京香はリムジンバス最後尾の席に並んで座る恭介達を見た。彼とフレデリカは全身の力を抜いて眠りこけ、ホムラ、ココミ、シラユキ達は各々が好き勝手に過ごしていた。
「ごめんね。ココミの記録解析の手配は済んでるかって話。クロガネとテレパシーで繋がったんでしょう? モーバの居場所が分かるんじゃないかってやつ」
「ああ、はい。それならやってます。シカバネ町でアリシアさんが準備して待ってますよ」
「ん、ありがと。起こしてごめんね。寝てて良いよ」
京香の言葉ですぐに恭介は眼を閉じ、眠りに入る。相当の疲れが彼にも溜まっている様だ。
「今回、恭介には助けられたわ。恭介が守ってくれなきゃ、シロガネにアタシは攫われてたかもしれないからね」
「ハハハハ。聞いたぞ。ギリギリだったと言うな」
守られた、そう守られたのだ。これだけ強くなったのに、京香は守られたのだ。
――クロガネも、アタシを守ろうとしてたわね。
核爆弾が落ちて来た時、クロガネは鉄のドームを作って京香を守ろうとした。
実際、あの距離で本当に爆発が起きてしまったのなら、京香達は皆死んでいたのは間違いない。しかし、母の顔をしたキョンシーが母親として娘である自分を守ろうとした事実は変わらないのだ。
クロガネ、そして、恭介、二人に京香は守られてしまった。
――霊幻じゃないのに、
「アタシももっとちゃんとしなきゃね。第六課の主任なんだから」
「ハハハハハ。お前ならば大丈夫だ」
霊幻の言葉は京香にとって心地良い。それが近い未来聞けなくなるのだ。
――ちょっと気分変えよ。
嫌な思考に入り込みそうで、京香は霊幻越しに窓の外を見た。
キンキラと光る金色の町。リバイバーズホテルを中心に半径二キロメートル圏内の多くの所が破壊されてなお、町は光り輝くままだった。
「……きれい」
金。富の象徴。人類が追い求めた美しさ。
その名前を冠するゴルデッドシティ。同じように金の名前を冠したキョンシーは最期まで自身の民へ尽くし続けた。
その有様はきっと美しいのだろう。
右に左に壊れた設備や道路の補修へ向かう車両が見える。
ゴルデッドシティ、フォーシーのために作られた金の町。そのフォーシーを失ってこの町は一体どうなっていくのだろうか。
京香が考えることではない。だが、一人のキョンシーが最後の最期まで尽くし続けた町が無情に消えていくのは悲しかった。
昨日、ゴルデッドシティに重さ一トンを超える巨大な金塊が発見された。
場所は京香達が戦っていた地点から数百メートル離れた場所。
ゴルデッドシティに元々あった物ではない。監視カメラとの照らし合わせでも、モーバとの戦いの直前まで存在しなかった金塊だ。
金塊の周囲の地面は大きく凹んでいた。まるで何処か高い位置から落ちて来たかのように。
一つの可能性が生まれ、その検証を科学者達がしている。その可能性とは、この一トンを超える金塊がフォーシーのテレキネシスによって生まれたのではないかという仮説だ。
フォーシー・ゴールドラッシュは核ミサイルの爆発を真正面から抑え切った。
だが、それならば、その爆発のエネルギーは何処に行ってしまったのか。
京香には分からない。しかし、マイケルは絶句していても否定はしなかった。
地球に存在している金の量は増減しないらしい。それ程までに金は安定した金属であり、だからこそ価値の絶対基準として扱われているのだ。
その価値の絶対基準が揺らいでいる。フォーシーというただ一体のキョンシーが為した偉業によって。
「すごいなぁ」
ただ純粋に京香はそう思う。町を守り、人を守り、自分をそういう存在であると定めて、最期まで貫いた。
そして残された美しき金色。
フォーシーと話したのは本当に僅かな時間だったけれど、あの金色のキョンシーの在り方は京香にとってとても憧れる物だった。
「ああ、最期まで生者のために自己を使い果たした。本当に素晴らしきキョンシーだ。吾輩もそうありたい」
いつもの様な霊幻の言葉。まるで責められている様で、京香の舌が少しだけ固まった。
分かっていた。霊幻は自分の躊躇いを見抜いている。
無意識的な所も、意識的な所もある。京香は霊幻を戦わせたくない。
――一秒でも長く、アンタと一緒に居たいよ。
そう言ってしまいたい時がある。だけれど、それはきっと霊幻の在り方を歪めてしまう物だ。
それも嫌だった。
「アンタなら、大丈夫よ」
返せるのは短い言葉だけだった。
リムジンバスに揺られて金色の町が流れていく。
霊幻越しの窓、そこから指す金色の輝き。
眩しさに京香は眼を細めた。