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② 被造物




***




「ハハハハハハ! やはり女の身支度は時間が掛かるな」


「しょうがないぜ。こればかりは男には分からん話だ」


「あらダーリン? 私はすぐに出たわ。だってダーリンと一緒に居たいんですもの」


 ホテルの入口に止まった空港までの車の前で霊幻とマイケル、そしてメアリーは立ち話をしていた。


 眼前のホテルでは、京香、ヤマダ、ホムラにココミがまだ帰り支度をしている。恭介はホムラとココミに付き合わされ、フレデリカとシラユキはそんな彼らに付いていた。


「メアリー、お前とも久々に会えて良かったぜ。また、会ったらよろしくな」


「すぐに会えるわよダーリン。だってもうハカモリに転職願は出してあるもの。バツの監視員兼技術者としてね。あっと言う間に申請が通ったわ。もう引っ越しの準備は進めているの」


「マジで? 相変わらず行動早いなお前」


「やっとダーリンを見付けたんだもの。今度こそ離さないわ」


 タプタプタプタプ。マイケルに抱き着き、彼の腹を触りながらメアリーがうっとりと笑う。彼女もシカバネ町の町民となるのか。


「素晴らしい! 仲間が増えるのは喜ばしいことだ! シカバネ町に到着したら是非京香へ連絡してくれメアリー! マイケルを使いに寄こそう!」


 手を叩き、霊幻はメアリーの加入を歓迎する。高い技術力を持つキョンシー研究者。先日の戦いで大打撃を受けたハカモリには必要な人材である。


 これで更なる撲滅が可能となるだろう。




「あのキョンシーは何だ?」




 突然の問いを霊幻はマイケルに放った。タイミングに論理性は無く、質問も霊幻にしては曖昧だ。


 笑った唇の形をしたまま、一切の語気を変えずに霊幻はマイケルの眼を見る。


「……そうだよな。やっぱりお前は質問するよな」


 肩を竦めてマイケルは苦笑する。剣吞な雰囲気を感じ取ったのかメアリーが強くマイケルを抱き締めた。


 やはり、だ。やはりあの赤きキョンシーのことをマイケルは知っていたのだ。


 マイケルの改造の癖を霊幻は良く知っている。最も自分の体を弄ったのはこの狸腹のキョンシー技師だ。


 その癖があの紅髪のキョンシーにはあった。


「吾輩は驚いたぞ。あそこまでの衝撃を覚えたのは稼働して初めてだ」


「だから、会わせないようにしていたんだぜ」


 どこかバツが悪そうにマイケルが頬を掻く。このキョンシー技師がこの様な態度を見せるのは異例である。


 それもそのはずだ。霊幻の記憶と記録において紅髪のキョンシーは存在しないはずなのだ。


 故に霊幻が疑問を持つ。何故、どの様にして、どの様な経緯を持って、あの赤きキョンシーは存在しているのか。


 キョンシーとは全て須らく撲滅するべき存在である。霊幻の思考回路はその様にキョンシーを定義付けている。


 だが、あの紅髪のキョンシーに対して初めて霊幻の思考回路は固まった。


「吾輩は判断が付かなかったぞ。初めてだ。吾輩の思考回路の一つは撲滅をするべきと言っている。だが、吾輩が持つ記憶は撲滅を躊躇している」


 それは良い。記憶を無視すれば済む話だ。霊幻はキョンシーであり、生前の記憶は判断材料にこそ成れ、霊幻の在り方を歪める物ではない。


「マイケル、答えろ。あの赤きキョンシーのことを京香は知っているのか?」


 重要な問いである。あのキョンシーの存在を果して霊幻の相棒は知っているのか。


 それによって霊幻のあのキョンシーへの行動が決まる。


「知らん。話していないし、隠していたからな」


 ならば、最初の質問である。


「もう一度聞こう。あのキョンシーは何だ? どうして存在している? 誰が求めた? 誰が祈ったのだ?」


 全てのキョンシーは望まれてこの世界に生産される。被造物は祈りから生まれてしまうのだ。


「少し待ってくれ。どう答えるのかを考える」


「ああ、待とう。だが、京香達が来る前に返答を頼むぞ」


 顎下に手を当て、マイケルの顔から表情が消えた。彼が本気で物を考える時の所作だ。


 沈黙は数十秒。一度深く瞳を閉じて、マイケルがこう答えた。


「あのキョンシーの名前はリコリス。あいつからの依頼で俺とアリシアが作った。誰にも内緒で、作ってくれってそう依頼された」


「理由は? 彼女はキョンシーを嫌悪していた。吾輩は知っている。彼女はキョンシーという物から離れたかったはずだ。なのに何故だ?」


「理由は話さなかったぜ。それこそ、本人以外が想像で語るのも駄目な話さ」


 困った様にマイケルが笑う。当時のことを思い出しているのだろうか。


「本当ならリコリスは幸太郎が持つはずだったんだがなぁ。俺が作り終わる前に死んじまったからなぁ」


 懐かしむ様にマイケルが空を見た。キョンシー技師として彼が何を思っているのか霊幻には分からない。


 生者がどの様な感情をロジックとして持つのかを想定できるが、死者では決して生者を理解できないのだ。


「霊幻、リコリスのことを京香に話すか? お前からなら俺は話しても良いって思うぜ」


「……平常時ならば吾輩はタイミングを図って話すだろう。京香は吾輩の相棒で主だ。京香にはリコリスの存在を知る権利がある」


 だが、今は、果たして話して良いのだろうか。


 霊幻の脳内回路が高速で可能性の未来を想定する。リコリスの存在を京香へ告げた未来、告げなかった未来、計算される最高と最低の予想値。


 リスクはあまりにも多く大きい。


「マイケル、これは吾輩についての質問だ。吾輩は後どれくらいだ?」


「騙しだまし使って一年弱。全力で動き続けて数か月。下手な損傷を受ける度にこの数字はどんどん下がっていくぜ」


「そうか」


 霊幻に分かっていた。霊幻というキョンシーへの京香の使い方が悪い意味で丁寧に成っている。臆病と言い換えても良い。


 覚悟はしていただろう。自分を律しても居ただろう。だが、無意識レベルで京香は霊幻の破壊を先延ばしにしようとしている。今までの様に撲滅を命令しない。


 理由は明白だ。困ったことに。


「京香は吾輩に壊れて欲しくないのだろうな」


「そりゃそうだろ」


「愛着を持つのは良いのだ。だが、壊れて欲しくないから道具を使わなくなるというのはあまりにもあまりな話だ。論理が通っていない」


 理由も理屈も説明できる。自惚れでもなく、今霊幻というこの身は京香にとって拠り所だ。それが近い内に無くなることが確定している。


 その状況に置かれた清金京香へ果たしてリコリスの存在を告げることは、撲滅に成るのだろうか。


 判断は付かない。告げることも告げないこともほとんど同程度に筋が通っている。


「解が無いな」


「ならどうする? キョンシーとしてのお前は?」


 表情が消えた顔でマイケルの瞳だけが研究者としての興味を霊幻へ向けていた。


 生者がキョンシーへ回答を求めている。保留はダメだ。それはキョンシーの回答では無い。


 ならば、と霊幻はキョンシーとしてどうするのかを思考する。


「……吾輩は話すぞ」


「そうかい」


 答えは決まっている。そうなのだ。決まっているのだ。


『祈りを壊す全てを、祈りを穢す全部を、アタシを邪魔する何もかもを撲滅するの』


 かつて自分が起動した時の京香の誓い。これは清金京香という生者が込めた祈りである。


 それを決して邪魔してはならない。


「すぐにでは無い。だが、遠からず伝えよう」


 マイケルは首を深く振るだけで返事をし、霊幻は「ハハハハハハ!」と笑った。

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