⑪ ゴールドの終わり
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核爆発を押さえる僅かな時間。フォーシーは自身の機能が改造されていると理解した。
――これがココミの力か!
ゴールドである。とてもゴールドだ。なるほど確かにテレパシーならば世界を滅ぼせるだろう。
電子が動く刹那の時間。フォーシーは地上のココミと思考を共有する。
――個体名フォーシー・ゴールドラッシュ。自己保存プロテクト解除。警告プログラム破棄。PSI原理解明。シナプス拡張。不要脳機能破棄。最適化開始終了。PSI出力増大。PSI出力増大。PSI出力増大。
ココミの思考が頭蓋に鳴り響く。一方的な通告だ。フォーシーという存在を破壊するというのにそこには対話の意思が無い。ただただ、恋しい姉を守るため、この場でフォーシーというキョンシーを破壊するという意思だけがあった。
――抵抗はしないぜ!
時間があったのなら、フォーシーは表情筋を動かして笑みを作っていただろう。
ココミの暴挙は大歓迎だ。でなければゴルデッドシティを守れない。
そのために自分を壊すと言うのはとても論理的で、キョンシーとして存在の価値を証明することだ。
キイイイイイイイイイイイイィィィィィィィィィィィィィィィイイイイイイィィィィィィィィィイイイイイイィィィィィィイイイイイイィィィィィィィィィイイイイイイィィィィィィイイイイイイィィィィィィィィィィィィィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイン!
いくつもの脳機能が破壊され、フォーシーの自我が砕けていく。その中でテレキネシスは過去一番のゴールドさを出していた。
テレキネシスとは言ってしまえば仮想的な質量を生み出すPSIと呼んでも良い。
発生した圧倒的な力場は空間を軋ませ、爆発を抑え込む。
だが、まだだ。まだ力が足りない。
ブレーキを壊され、アクセルが回され、破滅へ向かってもまだ力が足りない。
フォーシーは持てる全てのテレキネシスの腕を出し、ミサイルへと広げた。
一つ一つが空間を軋ませる程の力。壊れていく自我の中でフォーシーはゴルデッドシティを守るためだけに残るリソースの全てを使う。
――俺様を使え!
フォーシーはココミへと命令し、それに眼下から命令が帰ってきた。
「潰して」
自身を完全に支配したテレパシストからの意思を含んだ音声命令。
絶対的な強制力が全身を駆け巡り、フォーシーは刹那の間に再び限界を超えた。
「ゴールドだなあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
生み出された絶対的な力の腕。そこに仮想質量で生み出された重力球が生まれる。
フォーシーは見る。自身が生み出したゴールドな力により、目の前の爆発ごと空間が縮んて行く。
きっと、これが自分の最後に見る光景なのだ。
素晴らしい。とてもゴールドだ。
「HAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!」
フォーシーは笑い出す。もはや自我は機能としてしか残っていない。
それでもフォーシーは求められた機能を果たす。
キイイイイイイイイイイイイィィィィィィィィィィィィィィィイイイイイイィィィィィィィィィイイイイイイィィィィィィイイイイイイィィィィィィィィィイン!
キイイイイイイイイイイイイィィィィィィィィィィィィィィィイイイイイイィィィィィィィィィイイイイイイィィィィィィイイイイイイィィィィィィィィィイン!
キイイイイイイイイイイイイィィィィィィィィィィィィィィィイイイイイイィィィィィィィィィイイイイイイィィィィィィイイイイイイィィィィィィィィィイン!
キイイイイイイイイイイイイィィィィィィィィィィィィィィィイイイイイイィィィィィィィィィイイイイイイィィィィィィイイイイイイィィィィィィィィィイン!
キイイイイイイイイイイイイィィィィィィィィィィィィィィィイイイイイイィィィィィィィィィイイイイイイィィィィィィイイイイイイィィィィィィィィィイン!
そして、フォーシー・ゴールドラッシュは核の爆発を空間ごと潰し切った。
その脳にはもう何の機能も残っていなかった。
***
「やった!」
恭介は空を見上げて叫ぶ。起きるはずだった爆発をフォーシーが抑え込んだ。
何をしたのかは分かる。テレキネシスで爆発を潰したのだ。
けれど、どうやったのかは分からない。一体のキョンシーでミサイルの爆発一つを抑え込むことなどできるはずが無かった。
「お兄様!」
フレデリカの声が聞こえる。言葉が分かる様に成っていた。先程恭介の体を貫いたテレパシーの糸。それが認識を治した様だ。
返事の前に、恭介はフレデリカへ命令する。
「フォーシーを受け止めろ!」
「了解!」
フォーシーの体が落下する。その体はピクリとも動かず、テレキネシスの残滓すら見えない。
受け止めねばあの金色のキョンシーは壊れてしまうだろう。
眼前の清金も心配ではある。けれど、その前にフォーシーを助けなければならない。
キイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!
フレデリカがPSIに呼応してアイアンテディがフォーシーの落下予測地点へと走り出そうとする。
が、それは結局の所、意味を為さなかった。
落ち行くフォーシー、それを追う様に空から一体のキョンシーが急速に落下する。
褐色の肌、透明なレインコート、アネモイである。
体中の骨が折れていて、脚は一本無くなり、量の腕も捩じれているけれど、その動きは未だ健在だった。
「ッ! 止まれ!」
恭介はフレデリカを止める。あれを相手に自分達では無力だ。
すぐにアネモイはフォーシーへと追い付き、その体を受け止める。
敵に掴まったと言うのに金色のキョンシーはピクリとも動かない。
キョンシーは眼を見開いて固まった。この距離でこの状況で自分達にできることは何も無い。
ヒュウウウウウウウウウウウウウ。
僅かな風の音が眼下の恭介にも届き、アネモイは黙って目の前で浮かんだフォーシーへ手を向けた。
その手の平の前には薄青色の風の球体が浮かんでいる。
――待て。
心だけ思って恭介は口には出さなかった。最早どうしようもない。
「――」
そして、風の球体がフォーシーへと放たれる。
パアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!
瞬間、耳を塞ぎたくなる様な音と共に風の球体は爆発し、フォーシーの体が弾け飛んだ。
その様を恭介は眼を見開いたまま、睨み付ける様に見つめる。
爆発音の後の僅かな静寂の中で、アネモイが眼下の恭介へ眼を合わせた。
恭介の体は強張る。捕食者に見つめられた獲物の様な物だ。どれ程ボロボロだとしてもアネモイには敵わない。
けれど、アネモイはこちらへは向かってこなかった。
ヒュウウウウウウウウウウウウウ。風の音と共にアネモイの声が恭介へと届く。
「あtち」
アネモイが指をさす。先のミサイルが飛んで来た空、そこには空を覆う様なミサイルの軍が現れていた。
「ッ」
果たして今の行動の意図は何か。恭介には分からない。それを問う前にアネモイはミサイルの空へと飛び去って行く。
「逃げなきゃお兄様!」
フレデリカの言葉に恭介は弾かれた様に清金へと振り返った。
清金達を包んでいたはずの鉄のドーム。それがジャリジャリと崩れ始めている。
「フレデリカ! 清金先輩達を助けろ!」
選択肢は多くない。その中で恭介が選んだのは仲間を助けることだった。