⑨ 鉄のドーム
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「カアサマぁ!」
「ココミ、起きろぉ!」
京香の前後からシロガネと恭介の声が届いた。突如として現れた味方と敵の援軍。
恭介側の意図をすぐに京香は理解する。
――ココミを起こしに来たのね!
なるほど。リスクが高いが、リターンも大きい。所有者による強制覚醒。今すぐにココミを起こせる可能性が一番高い。
「ッ! ココミ!」
ココミが僅かな身じろぎを見せ、ホムラが声を上げる。
これならばココミの覚醒はすぐだ。すぐにこの狂った認知が元に戻るだろう。
ジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリ!
砂鉄をぶつけ合いながら、京香はクロガネの向こう、声が聞こえた方へ視線を向けた。
そして、京香はすぐに彼の表情へ眉を顰めた。
アイアンテディの頭部にしがみ付く恭介。その視線は京香ではなく、空へと向けられている。
ここは戦場で、恭介達はココミを起こしに来たのだ。にもかかわらず、こわばった表情で視線を空に向けているのはあまりにも不自然だ。
――どういうこと? 空に何が?
京香が空に視線を向けるより早く、背後のシロガネが続けて声を張り上げた。
「カアサマ! ミサイルです! 早く伏せて!」
ミサイル。言葉としては知っていて、ゲームでも良く出てくる単語。
だけれど、ニュース以外の日常でそうそう聞くことの無い四文字に京香はギョッと空を見た。
そこには言葉通り、ミサイルがあった。
細長い飛翔体で、フォーシーがそれに向かって跳び、テレキネシスの腕を伸ばしている。
京香の思考が一瞬固まる。今この場で気付いたとして、はたして何をすれば良いのか。
「京香!」
京香の砂鉄の一瞬の緩み。その隙をクロガネは見逃さなかった。
ジャリジャリジャリジャリジャリ!
砂鉄の壁を無理やり突破し、喪服ごと肌を切り裂きながらクロガネが突進してきた。
「くっ!」
しまった、と思い、体に染みついた動きで京香は背後へ倒れ込みながら砂鉄を展開する。
けれど、出力の上がり過ぎたマグネトロキネシスでは繊細な作業は出来ない。
京香の砂鉄は意図せず大きく広がり、クロガネの突進を止めるに至らなかった。
防御は失敗。クロガネの覆いかぶさる様な突進。京香は僅かに近くに残った砂鉄と鉄塊を前に広げ、衝撃に備えた。
「おかaさんg守るkら!」
「は?」
だが、クロガネは京香を攻撃しなかった。
ギュウウウウウウウ! 砂鉄と鉄塊で体が傷付くことも厭わずにその腕が京香を抱き締める。
抱擁の熱と感覚はかつて母から受けた物と全く同じ。郷愁に京香の体は強張り、反応が一瞬遅れる。
ジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリ!
続いてクロガネが砂鉄と鉄塊でドームを形成しようとした。
意図は分かる。言葉通りだ。クロガネは京香を守ろうとしているのだ。
「守rかr! おkあさnが今度コkソ守るkら!」
「離してよ!」
鉄のドームは穴だらけ、その穴を埋める様にいくつもの鉄塊が浮かんでいる。
その穴だらけのドームの向こう京香は空が光るのを見た。
カッ!
バアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!
凄まじい爆発音。フォーシーのテレキネシスがその衝撃を抑え込もうとしている。
だが、ダメだ。京香には分かってしまう。A級キョンシーとはいえ、あの爆発は抑え込めない。
肌感覚に近い直感だ。A級キョンシーに近しい力を出せる様に成ったからこそ分かる絶対的な出力不足。
一秒も経たず、フォーシーのテレキネシスは弾き飛ばされ、ゴルデッドシティは爆炎に包まれるのだ。
ジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリ!
クロガネが作り出す鉄のドーム。何とか弱い物か。キョンシーならば生き残れるかもしれない。だが、人間では来たる爆炎に耐えられないだろう。
もはや自分ではどうしようもない状況。その中で生き残らんと京香の頭は思考する。
――マグネトロキネシスを展開?無理間に合わないし制御できない。ここから逃げる?無理体勢が悪い。ミサイルを撃ち落とす?無理高過ぎる間に合わない。
一瞬で流れ出す全ての手札は意味が無い。
結果、京香が行ったのはクロガネの鉄のドームの補強だった。
ほとんど無意識だ。剥がれたアスファルト、破砕した自動車等の鉄塊、それらをまとめてドームに貼り付けんとする。
けれど、それも無駄だ。穴だらけのドームを塞げるほどの時間は無いし、そこまで細かなPSIの制御もできなかった。
スローモーションな世界。穴だらけのドームの向こう。爆発したミサイルの炎。それを抑え込もうとするフォーシー。今まさに弾かれてしまいそうなテレキネシスの手。
目に映るそれらに京香の思考は追い付かない。
どうにか、どうにかできないか。まだ京香は死ねなかった。幸太郎が繋いでくれた命なのだ。最後の最後まで足掻いて生きる義務がある。
だが、あまりにも時間が短過ぎる。人間の思考速度では行動を選ぶことすらできない。
いくら準A級相当のPSIを使えたとしても、京香の脳は人間の物だ。単純な判断速度という土俵で人間はキョンシーには敵わない。
所詮、自分は紛い物なのだ。いくら蘇生符を額に貼ったからといってキョンシーには成れない。キョンシーの様な恰好をしたからといってキョンシーの様には生きられないのだ。
かつての自嘲が京香の胸中に過った。
そう、人間の思考時間ではこの場でできることはない。
だが、キョンシーの、それもA級キョンシーの思考回路ならばどうだろうか。
はたして、その答えは京香の脇。砂鉄て守る様に抱いた姉妹のキョンシーが持っていた。
「よくも、おねえちゃんを傷付けたな」
底冷えする様な、世界唯一のテレパシストの声が京香の耳に届いた。