⑤ 地動説
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「一番!」
ケンジの命令でキョンシー達が行動する。今命じたのは遠距離放出型PSIの一斉発射だ。
ボオオオオオオオオ! ヒュウウウウウウウウウ! バチバチバチバチ! キイイイイイイイイイイン!
炎球、旋風、雷撃、力場。寸分の狂いなく放たれるそれらは互いに混ざり合い、トレミーを飲み込まんと言うサイズまで膨らんだ。
「回れ!」
トレミーもPSIを発動する。起点場所はケンジ達とトレミーの中間地点。
発動タイミングは丁度ケンジ達が放ったPSIを食い止められるように。
キイイイイイイイィィィィィィィィイイイイイイイイイイィィィィィィィィン!
激烈な回転力場。それがケンジ達渾身の連携PSIを巻き込み、周囲へと散らす。
――力比べじゃ分が悪いか。
「そうやって俺達の家族を肉団子に変えやがったのか!」
「だと言ったらどうだと言うのかね? 君達も無辜の民の頭へ穴を開け続けたでは無いか」
「関係ねえ! 俺達は復讐するだけだ!」
「なるほど。感情的でかつ論理的ではあるな」
トレミーの言葉はケンジ達の神経をいらだたせる。
確かに、確かにこのキョンシーの言う通りだ。自分達穿頭教は罪を犯していない素体達を非合法な手段で拉致、加工し、神の力を宿すための研究に役立てて来た。
ケンジも、エンジュも、チサトも、皆何度も素体生産地域へ潜入任務をして来た。故に、自分達の価値観がどうしようもなく歪んだ物だと知っている。
だが、それが何だと言うのか。そんなことが穿頭教の恨みに関係があると言うのか。
否。答えは否である。
「五番! 行って!」
エンジュが遠距離設置型の二体のキョンシーへ神の力を行使させる。二体のPSIは設置型のエレクトロキネシスとテレキネシス。
「むっ」
トレミーの頭上五メートルに直径四メートル程の力柱が、そして足元に直径五メートルの電膜が生み出されようとする!
上下からの挟撃。トレミーには二次元的逃げ道しかない。
「二番!」
その隙をケンジは突いた。短距離放出型のテレキネシストを直進させ、残る遠距離放出型でトレミーの数少ない逃げ道を更に塞ぐ。
ボオオオオオオオオ! ヒュウウウウウウウウウ! バチバチバチバチ! キイイイイイイイイイイン!
「モーバを侮るなよ」
トレミーが左に一気に跳ぶ。ほぼ予備動作の無い無理矢理な跳躍。直後、設置された力場と電膜が発動した。
キイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!
バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチ!
続いて到着する四つの放出型PSIへトレミーはグチャグチャに捩じれた左手を向けた。
「さっきの繰り返しだな!」
「言うな。これが最適解なのだよ」
キイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!
左手を更に巻き込み、肘から先をグチャグチャな肉塊にしながら、螺旋状の力場がケンジ達のキョンシーのPSIを撃ち抜いた。
力場の強さでは叶わない。先程の様に全てが散らされる。
だが、近接用キョンシーはトレミーと一メートルの距離まで近付いた。
「ぶっ飛ばせ!」
キイイイイイイイイイイイン!
テレキネシスを集中させた拳がトレミーの腹を打ち抜いた。
「ぐっ!」
車両衝突を圧縮したような激烈な衝撃。一瞬にしてトレミーの腹は弾け、後方へとその巨体が弾き飛ばされる。
――やった!
テレキネシスを込めた全力の一撃。ケンジには手応えがあった。
ケンジとエンジュは数々のキョンシー戦を潜り抜けて来た。キョンシーや人間がどれくらいで壊れるか肌感覚で分かっている。
事実、攻撃を直に受けたトレミーの腹は破れ、向こう側が見えていた。
ボタボタ。支えを失ったキョンシーのパーツが地面に落ちる。
「……強いな」
トレミーがぼやいた。腹を失っても立ったまま、博士帽を整え、ケンジ達へ目を向ける。
「シャッシャッシャ! これでお前は終わりだ! ああやったぜ痛快だ! これで一個目の復讐はできたんだからな!」
「キャキャキャキャ! お前達が悪いんだ! 私達の家族を奪ったお前達が悪いんだぁ!」
ケンジとエンジュは勝ち誇った様に笑い出す。動物の様な狂った笑い声だ。
それを浴びながら、トレミーがふぅっと息を吐いた。
おかしい。ピタリとケンジとエンジュは笑い声を止めた。
トレミーの損傷は致命的だ。すぐにあのキョンシーは壊れ、神の力を失い。物言わぬ死体へと戻るのだ。
だけれど、トレミーの仕草に絶望は無い。それはある意味キョンシーとしては当たり前だが、それでも、ケンジ達が期待した様な反応では無かった。
何かを隠している。確信がケンジを襲う。
「一番!」
ケンジの命令で遠距離用キョンシー達全員がトレミーへ神の力を放った。
ボオオオオオオオオ! ヒュウウウウウウウウウ! バチバチバチバチ! キイイイイイイイイイイン!
「勝ち誇るのは一手遅かったな」
直後、トレミーが何処からか取り出した注射器を首へと打ち込んだ。
――!
「逃がせ!」
ケンジは直感に従って近くのキョンシーへ命じ、キョンシーはケンジとエンジュを手加減無く一気に押し出した。
キョンシーの膂力。ケンジ達の体が宙を跳ぶ。
瞬間、ケンジ達が居た正にその地点に、テレキネシスが発生する!
キイイイイイイイイイイイイイィィィィィィィィィィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイィィィィィィィィィィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!
生まれたのは先程までとは一線を画す巨大な螺旋の力場! 縦横数倍に膨れ上がったそれはケンジ達キョンシーを三体一気に飲み込み、一瞬にして肉団子へと変貌させた!
「集まれ!」
ズザザザ! 地面に転がりながらエンジュが残るキョンシーへ命じる。残ったのはたった四体だった。その内の二体は今の力場を避け切れなかったのかそれぞれ左腕と右腕が捩じ切られている。
「……よケたか」
感心した様なトレミーの声が聞こえる。今、このキョンシーが何をしたのかケンジとエンジュには分からない。
しかし、首元に刺したあの注射器。そこに含まれていた何かが今のPSIの増強の理由であることは間違い無かった。
「感心するゾ。人間、お前たチはトてモ強い」
「良いぜ上等だ! お前はもう動けないんだ! このまま嬲り殺してやる!」
「そうよ! もうすぐに壊れちゃうんだから! さっさと私達が肉も残さずに壊してやる!」
すぐにケンジとエンジュは体勢を立て直し、キョンシー達へ命じた。
ボオオオオオオオオ! バチバチバチバチ! キイイイイイイイイイイン!
炎と電気と力場。それらが混ざった攻撃が壊れ行くトレミーへと放たれる。
その様にトレミーが穏やかに声を出した。
「確カに私ハもう動ケない」
「「殺せぇ!」」
ケンジとエンジュはトレミーの声を聞いていない。
けれど、そんなことは些末な問題だと言う様にトレミーが言葉を続けた。
「けれど、私の世界は回っている」
キイイイイイイイイイイイイイィィィィィィィィィィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイィィィィィィィィィィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイィィィィィィィィィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!
再び生まれる激烈な回転力場。先程以上の大きさと強さを持ったそれは、ケンジ達が放ったPSIを全て掻き消した。
――出力と発生速度が段違いだ。
ケンジは眼を見開いて歯噛みする。螺旋力場の効果範囲、出力、そして何より発生速度が今までの比ではない。
先程避けられたのだって運が良かっただけ。次もそうだとは限らない。
「ケンジ」
「ああ、分かってるぜエンジュ。ここが重要だ」
戦略を頭に、ケンジとエンジュは短い作戦を立てた。
どちらにせよ短期決戦。できうる限り早く前方のキョンシーを破壊するのだ。
「来なイのカ?」
蘇生符を輝かせ、トレミーがこちらを見る。その眼に感情は無く、体中から血を流しながら、淡々と手をこちらへ向けていた。
トレミーのPSIは設置型のテレキネシス。発動の予兆はもうほとんど分からない。ならば、少しでも距離を詰め、とどめを刺すことこそが勝利への道だ。
ケンジは近接型キョンシー一体と長距離型キョンシー一体を持ち、残る長距離型二体をエンジュが持った。
「「八番!」」
ケンジとエンジュの声が重なり、遠距離型のキョンシー達がPSIをもう一度発動する。
ボオオオオオオオオ! バチバチバチバチ! キイイイイイイイイイイン!
放たれる三種のPSI。エアロキネシスが壊されたのが痛かった。これが残っていればパイロキネシスとエレクトロキネシス、双方を相乗させられた。
ないものねだりをしても仕方が無い。穿頭教での日々は常に足りない物との戦いだった。
「回レ」
キイイイイイイイイイイイイイィィィィィィィィィィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイィィィィィィィィィィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイィィィィィィィィィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!
再び、ほぼノータイムで螺旋力場が生まれた。また少し、その威力は増し、ケンジ達のPSIを埃の様に散らす。
「「行け!」」
それと同時にケンジとエンジュはキョンシーに抱えられ、トレミーへと突撃した。
たとえ、ほぼノータイムの発動だとしても、設置型は設置型。地点選択、設置、発動というプロセスは変えられない。
「右!」
「左!」
故に、ケンジは右に、エンジュは左に分かれ、二方向からトレミーを狙った。
先程までの戦いから分かる。トレミーのPSIは一ヶ所ずつにしか発動できないはずだ。
「良イ手だ」
「うるせぇ!」
自分を抱える放出型キョンシーの肩を叩き、ケンジはトレミーへ炎を放つ。左方のエンジュも同様に力球と雷撃を放っていた。
二方向からの攻撃。トレミーでは避けるしかなく、今のあのキョンシーの体では避けられない。
――なら!
「マわれ」
キイイイイイイイイイイイイイィィィィィィィィィィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイィィィィィィィィィィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイィィィィィィイイイイイイイイイイイィィィィィィィィィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!
トレミーが対応したのはエンジュ側のPSIだった。当たり前である。エレクトロキネシスは当たり方によってはキョンシーにとって詰みだ。
更に大きさを増した力場の渦はエンジュのテレキネシストを巻き込み、肉団子へと変貌させる。
だが、ケンジ側から放った炎がトレミーの左肩へと着弾する!
ボオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
すぐにトレミーの体は燃え上がり、キョンシー用の液体がジュウジュウと蒸発した。
「行ってケンジ!」
バランスを崩し、地面に倒れたエンジュの声がケンジの背中を押す。
「ああ!」
ケンジは、キョンシーの背に乗り、一気にトレミーの目の前へと迫った。
これで決まる。今度こそ終わりだ。今度こそ復讐の第一歩を果せる。
確信にケンジは牙を鳴らし、近接型テレキネシストへ最後の攻撃を命じようとした。
「空を見ルことヲ忘れタな」
火達磨のトレミーが笑った。言葉は不吉で、意味を理解する間は無い。
その直後、強烈な爆音と爆風がケンジ達を包み込んだ。