④ 鋼鉄熊の選択
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ドスドスドスドスドスドス!
「あっちだフレデリカ!」
「分かっているわ。お兄様!」
フレデリカはゴルデッドシティを駆ける。アイアンテディの頭にはしがみ付いた兄。彼が指示する進路へただただアイアンテディを驀進させる。
フレデリカ達が目指しているのは京香、正確にはホムラとココミの所だ。
ホテルにてフレデリカはマイケルからチャット越しに指示を受け取った。
『恭介をホムラとココミの所へ連れてけ。で、ココミへ起床命令を出させろ』
フレデリカは反対した。自分一人で行くのならば良い。だが、音声言語が通じない今の兄をこれ以上戦場に出す訳にはいかない。
だが、マイケル曰く、既にココミはいつ目覚めてもおかしくなく、恭介の命令一つで覚醒する状態にあると言う。つまり、恭介が起床命令さえ出せれば、敵がしかけたこの狂った認識の全てが治るらしい。
フレデリカの蘇生符は合理的に判断する。リスクを取ってでも恭介をココミの前に連れて行くべきだ。そして、それは文章で指示を受けた恭介も一緒だった。
そうなると、いくら感情で命令を拒否したくともフレデリカは従うしかない。従うしかないのなら一刻も早く命令をこなし、この戦いを終わらせるのが兄を守ることに繋がった。
「ああ、もう! お兄様と喋れないのが本当に嫌!」
「どうした!? 何か起きたのかフレデリカ!?」
「何でもないわ!」
フレデリカの悪態に頭上で兄が反応する。彼には未だ言葉が通じていない。フレデリカの心に多大なストレスが生まれている。生者である彼女の動きには精彩さが欠けつつあった。
いけない。これはキョンシーっぽく無い。フレデリカは論理的に自制を促す。キョンシーは言葉が荒れていたとしても、その動作には論理性があると言われている。自分もそれに従わなければならない。
――少し頭が疲れてきたわね。
もう四十分近く連続でサイコキネシスを発動している。アイアンテディの様な重い物体を動かし続けるのは単純に出力が必要である。
まだ余裕がある。まだ動かせる。だが、もう休憩したいのも確かだった。
「フレデリカそこを左だ!」
スマートフォン、そこに表示されるマイケルからのチャットを見て恭介は指示を出す。ゴルデッドシティ中の監視カメラを見たマイケルがどうにか京香を見付け、そこまでのルートを恭介へ送っているのだ。
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
夜空を炎が焼く。バツの物だろう。空は化物達の戦場だ。その矛先は少しでも地上に向けられただけで兄は、そして自分は息絶えてしまうだろう。
フレデリカは恐ろしくてたまらなかった。自分が死ぬことではない。兄が、木下恭介が居なくなってしまうことにだ。
兄への誓いでフレデリカは自身の生存を第一に動く。これは半強制的な命令でもある。だが、それ以上に兄と共に居たいというのがフレデリカの執着だった。
炎の夜空は恐ろしい。一刻も早く戦いを終わらせて安全な場所に逃げなければ。それだけを支えにフレデリカは走り続ける。
「フレデリカ後少しだ! 五百メートル先にホムラとココミは居る!」
兄の指示に従って数度左右に曲がって約二キロ。兄がそんなことを言った時、フレデリカは右方百メートル先でのとある戦闘を目撃する。
キョンシーとキョンシー使い達が戦っていた。どちらも知識では知っている。
――モーバのトレミーと穿頭教のケンジとエンジュだ。
前者は分かる。今回のテロ行為の主犯格だ。この町に居てもおかしくない。
だが、後者、穿頭教が何故ここに居る? そして、何故、今、モーバと穿頭教が争っている。
凄まじい戦いだった。トレミーは眼から血を流し、一帯へ螺旋状のテレキネシスを発動している。対して、ケンジとエンジュは血走った眼でキョンシー達と共にトレミーへ突貫していた。
どちらも身を投げ打つような戦い方をしている。すぐに共倒れするのは眼に見えていた。
フレデリカには理解できなかった。何故、ここで、モーバと穿頭教が戦っているのか。自分達が巻き込まれた戦いにどの様な関係を持っているのか。
選択肢が生まれる。これを兄に伝えるかどうかだ。認識が壊れていないのは自分だけ。声を張り上げれば兄はマイケルへのスピーカーを繋げてくれるだろう。
フレデリカは即断した。右方の戦闘は無視する。誰も気付いていないのならばわざわざ自分達が関わる必要は無い。何より兄を危険にさらす可能性を一パーセントでも下げるべきだ。
――ごめんなさいお兄様。
胸中で兄へ謝る。きっと兄ならば、右方の戦いに介入しただろう。ハカモリの捜査官としてきっとそれが正しい。その正しさがフレデリカは少し怖かった。
ドスドスドスドスドスドス!
右方の戦いを兄に気付かせないため、アイアンテディが加速する。
後少しで京香の所へ到着である。テディの速度なら一分と掛からない。
ジジ! 恭介のスマートフォンからマイケルの声が響いた。
『フレデリカ、さっきも言ったがアイアンテディには耐磁性加工がされてる。そのまま突撃して問題ない。だが、京香とクロガネのマグネトロキネシスは今規格外だ。十分に注意しろよ』
「分かってるわ! お兄様、声を張り上げる準備をしてね!」
『伝えといてやるさ!』
スマートフォンにフレデリカの言葉を表示したのだろう。兄が「分かった!」と返事をした。
十秒、二十秒。京香の姿が見えた。
――後少し!
フレデリカはサイコキネシスの出力を高める。もう少しで兄と自分の今回の仕事を終わりにできる。危険から離れられる。そう思うと僅かな胸の高鳴りがあった。
「……ん? ……はぁ!?」
アイアンテディの頭上に居たからか、自身は足を動かしていないからか、兄が一番初めに異常に気付いた。
「フレデリカ! マイケルさん! 空から〝何か〟が来てる!」
『監視カメラじゃ見えねえ! 何が来ている!?』
兄が指差したのは左方、上空の空。
アイアンテディの首を曲げ、フレデリカも空を見上げた。
細長く、飛行機よりも遥かに速い速度で動く飛翔体だった。
遠くて、アイアンテディの中からの細い視界では最初良く分からなかった。
が、それでもレプリカブレインに蓄積された兵器データからフレデリカは答えに行き付いた。
「ッ! ミサイルよ!」
『はぁ!?』
空を飛ぶのはミサイル。人類が生み出した殺戮兵器の到達点の一つ。
爆発の規模は不明、否、ミサイルの大きさ、類似する型式、連想される爆発力をフレデリカの蘇生符は瞬時に導き出した。
「アレはAF99よ!」
空を飛ぶアレは、中国が保有する核兵器の一つ、AF99。その名の意味をフレデリカ、そしてマイケルは直ぐに理解した。
『核ミサイルじゃねぇか!』
フレデリカは選択を迫られる。頭上には最悪の殺戮兵器。この位置では逃げ場は無い。それでもここから逃げて何処かの遮蔽物に隠れればもしかしたら死なずに済むかもしれない。
「進めフレデリカ! ミサイルにはフォーシーが行った!」
兄の命令。その言葉通り、左方の空、落ちて来るミサイルへ突撃するフォーシーの姿があった。
「ココミを起こすんだ! それしかない!」
バンバンバン! アイアンテディの頭を叩く音、それに弾かれた様にフレデリカはサイコキネシスの出力を最大限に上げた。
――行かなきゃ!
何ができるか分からない。だが、兄の言葉には確信の響きがあった。
ドスドスドスドスドスドスドスドスドスドスドスドス!
爪を振り、地面を割り、アイアンテディが急速に京香へと近づいて行く。
「ココミ、起きろぉ!」
喉が切れんばかりの大声を兄が出した。




