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⑧ たとえこの体が砕けても




***




「王子たる僕の腕が捕まえたよ!」


「ッ」


 ハピリスに抱き上げられ、リコリスの中で何かがキレた。


 不快である。この世から無くなりたい程の絶望を忘れてしまう程の不快さ。それは怒りへと変換される。


 自分を抱いて良いのはこの世でただ一人。代替品など求めていない。


 キイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!


 いざ爆発せんとハピリスの蘇生符が輝き出す。


 その瞬間、紅髪がグルグルグルグルとリコリスの腕へと巻き付いた。


「! 逃げろハピリス!」


 慌てた様にカーレンがハピリスへ命令する。それは一手遅い。


――戦闘手法を変更。溶殺から撲殺へ。


 ギュウウウウウウウウウウウウウ! 紅髪に締め付けられた右腕をリコリスは力任せにハピリスへと殴り付けた。


 バアアアアアアアアアアアアアアン!


 破砕音。リコリスの右腕は砕け、ハピリスの顔面が半壊する。


 先程では出せなかった圧倒的膂力。ハピリスはゴム人形の様にカーレンの奥へと殴り飛ばされた。


 結果、リコリスの体は宙に浮く。その落下の僅かの間、リコリスは右腕以外の四肢へグルグルグルグルと紅髪を巻き付けた。


――運動回路を仮想筋繊維使用へ変換。動作……問題無し。


 ダァン! 強く、アスファルトの道路を割りながら、リコリスは地面を踏み締めてカーレン達へ加速する。


 先程と違い、髪を使った海洋生物の様な動きではない。四肢を使った四足動物の如き動きだ。


 砕けた右膝は内部で骨がグチャグチャと揺れている。機能には問題が無かった。


「カカ! 狂ったこと考えるね全く!」


「王子たる僕の顔が半分に成ってしまったよ!」


 左側が陥没し、左の宝石の瞳が砕けたハピリスが主を守らんと前に出てリコリスへと手を広げる。


 パアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!


 手の平の金属片が弾け、リコリスの全身を穿つ。だが、先程の様には吹っ飛ばされない。


 ギギギギ! 足元の紅髪を地面へと突き刺してアンカーとし、リコリスは避けもせず最短距離で前進する。


「溶かし殺せないなら、撲殺するだけ」


 そしてすぐにリコリスとハピリスの距離は零に成る。


 ボキバキバキバキボキ!


 髪の力に付いていけない骨が砕けながらハピリスの胴をリコリスの左回蹴りが捉える。


「素晴らしい威力だ!」


 ハピリスの胴は歪み、千切れた層状の肉と金属片が蛇腹に歪む。


 パアアアアアアアアアアアアアアアアアン!


 ハピリスは壊れた同部分の肉を弾けさせ、リコリスの足をズタズタに破壊した。


「!? なんだいそりゃ!」


 しかし、カーレンが眼を見開く。リコリスはあろうことか最早足とは言えない程ぐずぐずに成ったパーツで地面を踏み締め、そのまま返しの右の膝蹴りをハピリスへ放ったのだ。


「ガッ!」


 ハピリスの腹が叩かれた銅板の様に大きく凹み、リコリスはその体を乱打する。


 人間の形を保っているのなら、骨やパーツの破壊で落ちる筈の身体能力。その減退が今のリコリスには無い。


 この体中に紅髪を巻き付けたリコリスの姿は格闘戦用の形態である。


 髪からは毒の噴出を止め、これを仮想の筋繊維とし、通常では出せない膂力を出す。骨が砕けようと肉が削ぎ落ちようと、この髪が動く限り活動を止めない攻撃的な形態だった。


 髪で溶かし殺すのが必殺だとするなら、今の姿は滅殺を目的としている。


 身体を著しく破壊するため、通常ならば選択しない戦闘形態。


 けれど、これで敵を破壊できるならリコリスは躊躇わない。


 パアアアアアアアアアアアアアアアアアン! パアアアアアアアアアアアアアアアアアン! パアアアアアアアアアアアアアアアアアン! パアアアアアアアアアアアアアアアアアン! パアアアアアアアアアアアアアアアアアン! 


 ハピリスが何度もテレキネシスを発動し、肉片と金属片でリコリスの体を崩していく。


「死ね死ね死ね壊れろ壊れろ壊れろ」


 それでもリコリスの乱打は止まらない。ハピリスの体は見る見ると凹んでいき、黒い地肌が見え始めていた。


「ちっ!」


 カーレンが強く舌打ちし、バンバンバン! 義足からライフル弾を放つ。三発の銃弾はリコリスの関節を捉えた。


 が、リコリスの体に巻き付いた髪が衝撃を吸収し、体勢が崩れない。


「カーレン! 王子たる、僕が、この怪物、たる女性を、食い止め、よう! 逃げたまえ!」


 乱打を喰らいながら、ハピリスが行動を変える。後退から全身へ、防御から攻撃へ。


 カーレンの行動は早かった。確かに戦況が自分達に不利だと悟り、すぐさま撤退を開始する。


「じゃあねハピリス! 精々上手く時間を稼ぎな!」


 カンカンカン! コンパスの様に鋭い義足を地面に突き刺し、カーレンが急速に戦場を離脱していく。


「待てお前も殺すんだから」


 このままでは逃げられる。リコリスはカーレンへと手を伸ばすが、バアアアアアアアアアアアアアアンとこれまでよりも強烈なテレキネシスがその体を打った。


 格闘用の形態に成って初めてリコリスの後方へ飛ぶ。髪の束でも衝撃を吸収できない。


――何だ? 殺す。溶かす。どの様な攻撃?


 殺意に飲まれながらリコリスの脳と蘇生符は状況を把握する。


「王子たる僕を無視しないで欲しいな」


 右手の指を全て無くしながら、ハピリスが宝石の瞳をニイィッと笑わせた。


 リコリスは理解する。敵は体を致命的に切り崩しながら自分を食い止める気だ。


 続いて計算する。ハピリスの残存体積、そこから導かれる残存重量。このキョンシーが放てるテレキネシスの出力は最大でどれ程か。


――私が壊される確率は七パーセント。


 低いが無視できないリスク。ならば、自己保存の法則に従い、リコリスは眼前のキョンシーの破壊を優先する。


「挽き潰してやる」


 ギュウウウウウウウウウウ! ボキバキバキバキボキブチブチブチ! 髪を更に強く巻き付け、リコリスは体を操る。無理のある動き、関節は外れ、骨は砕け、筋繊維が断絶する。


 体の破壊は厭わない。本当なら機能させ停止しても良いのだ。


「死ね死ね死ね死ね」


「そんなに自分を痛めつける物ではないよ、いくらキョンシーだとしてもね」


 バアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!


 ハピリスが体のパーツを切り外しながら、リコリスへ自身の肉片と金属片を発射する。音速を超えた攻撃は両者の体を破壊し、辺りに待った肉片がどちらの物とも分からない。


「たとえこの体が砕けても全部壊す。全部殺す」


「その果てに何がある? 赤髪の君よ」


 体中が砕け、弾け、見る見ると体積を減らしながハピリスが問い掛けた。


「引き潰して、溶かし流して」


 グチュ! ズタズタの右脚を起点に左の踵落としがハピリスの右肩を破壊する。


 そのままリコリスは質問に答えた。


「それで最後に私は壊れるの」


 純粋な願い。望みはもう叶わないのだから、ならば、早くこの意識ある時間を終わらせたい。それが残ったリコリスの思考概念だった。


「嫌な願いだ。王子たる僕は否定しよう。そんな物が僕達(キョンシー)の執着かい?」


 バリン! 残る宝石の右眼に罅が入る。凹んで逆立ったハピリスの肌は内部から弾けた鉄器の様だ。


「壊れるお前には関係ない」


「それは確かに、でもまだまだダンスに付き合ってもらおうか!」


 バアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン! バアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン! バアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン! バアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!


 左手、腹、右脚、左足。ハピリスの黄金の肉が発射される。


 それらをリコリスは弾き、ただ撲殺を続行した。

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