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⑦ その程度で壊れるなら




***




「溶けろ溶けろ溶けろ」


 真紅の髪を振り乱しリコリスは躍動する。四足生物の様に地面を蹴る手足、海洋生物の様に周囲の瓦礫へ伸びる髪。三次元的に強烈な速度で迫り来る毒の髪を、敵、カーレンとハピリスは的確に対処してきた。


 ゴルデッドシティの大通り。いくつもの車が止まっているが、見晴らしが良い。リコリスが得意とするフィールドでは無かった。


「左からだ!」


「王子たる僕に任せたまえ!」


 カーレン、ラプラスの瞳の様なガジェットを目に着けた老婆の指示は的確だ。無数のフェイントを入れたリコリスの動きの中でピンポイントに彼女達の死に直結する行動だけを潰してくる。


 バアアアアアアアアアアアアアアン!


 そして、ハピリス、全身が層状の金属で構成されたキョンシーがリコリスへと亜音速で自身の肉片が混ざった金属片を撃ち出してくる。


――毒だと表層しか溶かせない。


 相性は悪い。リコリスは自覚する。敵は自分用にチューンナップされた特別製だ。


 苛立たしい。壊せないのは、殺せないのは苦痛で仕方ない。


 リコリスは一秒としてこんな世界に存在したくない。けれど、自己防衛機能が自壊を許さない。ならば、目に映る全てを破壊する以外にできることは無かった。


「捕まえた」


「繰り返しは芸が無いぞ赤髪の君よ!」


 ジュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!


 リコリスの紅髪がハピリスを包み込む。通常ならばこれで詰み。どの様なキョンシー相手でも髪に存在するナノカプセルの毒は対象を溶かし切る。


 バアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァン!


 が、ダメだ。宝石の瞳を持ったハピリスがまたその全身を爆発させ、無数の金属片に突き破られながらリコリスが背後へと吹っ飛ばされる。


 生者であったなら内臓がまろびでていただろう。リコリスの全身は人体の形を保っているのが不思議な程改造され尽くした人口筋繊維の塊だ。


 ギュッ。あふれ出ようとする薄紅色の血液を筋繊維を絞めて押し留める。


――四肢の運動能力は四割減。これ以上の損傷は避けるべき。関係ない。溶かし殺す。


 冷静な判断と狂った決断。グネグネグネグネと真紅の髪を使ってリコリスは動きを加速させた。


「カッカッカ! まだ速くなるのかい! 気持ち悪いねぇ!」


 カーレンの声が煩わしい。まずはあの老婆を殺せれば何とでもなるが、位置取りが悪い。常にハピリスが間に入り込み、体を弾けさせてリコリスを破壊して距離を取らせる。


「赤髪の君よ。自分を崩す様な戦い方は止めたまえ。哀れで哀れで、そんなことでは幸福には成れないよ。さあ、王子たる僕を見習うと良い」


――幸せなんてもう求めてない。


 リコリスが幸せに成れる可能性はもう潰えている。だから全てを壊したく、全てを溶かしたく、全てを終わらせたいのだ。


 進め、進め、進め。


 リコリスは突撃を止めない。ハピリスは慣れた様に肉と金属片を放ち、リコリスの体を撃ち抜いていく。


「カッカッカ。やっぱりお前らキョンシーの戦い方は好きじゃないねぇ!」


 バァン! カーレンの義足から一つの銃弾が放たれ、リコリスの髪での防御が一瞬遅れた。


 銃弾が撃ち抜いたのはリコリスの右膝。関節部が致命的に破壊され、その場でリコリスは地面へと倒れ伏す。


「跪いたね。良い恰好じゃないか。ハピリス!」


「任せたまえ。王子たる僕が君を抱き殺してあげよう!」


 ハピリスが両手を広げリコリスへと突進する。言葉通り抱き締めて零距離で体を弾けさせる気だ。




***




「良いね良いね良いね! オレ様のハピリスががっつりとリコリスを捕まえるぜ! これでお前のキョンシーは終わりだぜ!」


 パパパパパン! 複数の手を同時に叩き、ゲンナイが楽しそうに口笛を吹く。


「ダーリンのキョンシーが!」


 メアリーが悲鳴の様な声を上げる。


 モニターではハピリスが腕を広げてリコリスへと突撃している。


 リコリスは右膝を撃ち抜かれてバランスを崩し、ハピリスの抱擁から逃れる手段は無さそうだった。


――リコリス……。


 マイケルはジッと画面を見つめる。キョンシー同士の戦闘は高速で、素人のマイケルではモニター越しでも目に追えない。


 先程から何度もリコリスは敵から攻撃を喰らい、逆に自身の攻撃は失敗させられていた。


 強いキョンシーだ。体を弾けさせるようなテレキネシス。これで自身の肉片とそれに貼り付いていた金属片を射出している。


 層状構造の体。おそらくだが、体を一度膨張させている。膨張させ、穴を開け、そこに金属片を一枚一枚捩じり込んだのだ。


 完全にリコリス対策として作られたキョンシー。目的が先行した専用機だ。


――相変わらず、人間らしくない。


 マイケルは知っている。ゲンナイが創り出すキョンシーは人間らしくない物が多い。彼にとっての人間の形は枷でしか無く、制限を取っ払えるのならすぐにでも無くしたいのだ。


 自分の理念とは違う。だが、ゲンナイの理想が美しいとかつてマイケルは思っていた。


『人間はキョンシーを使えば次の進化ができる。オレ様はそれを見てえんだ』


 ゲンナイがかつて口にした言葉。研究所近くのでの一幕。確か、数十度目のキョンシー比べの後の打ち上げだ。


 いつもの日常。感想戦。互いのキョンシーのあれが良かった、これが駄目だった。


 リンガーベル研究所で廃棄予定に成ったキョンシー達を使った自由な実験や改造。それについて他者――それも自分以上に頭が良いかもしれない相手――との論議は楽しく、研究者として幸せな時間だ。


 マイケルには分かっていた。ゲンナイは人間が嫌いなのだ。それが種としてなのか、精神による物なのかまでは分からなかったけれど、人間以外の物に成りたいのだろうと気付いていた。


 自分は逆だった。マイケルは人間が好きだった。それは種としてでもあり、精神としてもだ。


 故に、マイケルとゲンナイのキョンシーへの味方は違う。


 マイケルはキョンシーを人間の延長線と見た。


 ゲンナイはキョンシーを人間の別次元と見た。


 自分の幸運さをマイケルは自覚している。人としてマイケル・クロムウェルは狂っているかもしれない。けれど、その価値観は人類社会に適した物だ。


 ああ、だから、ゲンナイは大変だろうなと、マイケルは思っていた。彼の価値観は人類社会が許容する物ではない。きっと、研究者として生き続ける限り、その軋轢に苦しむのだろう。


「しゃあしゃあしゃあ! 捕まえたぜ! 今回の勝負はオレ様の勝ちだな!」


 変わらず、あの時の様な純粋な声で、あの時とは違う姿のゲンナイが声を上げる。


 ハピリスの両腕がリコリスを抱き、その蘇生符が輝いてPSIを発動しようとしている。


 ポン、とマイケルはあの時よりも大きく膨らんだ腹を叩いた。


「その程度で壊れるなら、あいつは絶望してないんだよ」

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