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⑥ 狸と蛸







「おーほっほっほ! どきなさい!」


 強がりの笑い声を出しながらフレデリカはアイアンテディの爪を振るう。


 前方にはフレデリカと恭介を狙わんと突撃してきたチルドレン達。


 一体どこにの数が隠れていたのか。数体、また数体と何処からともなく現れた、五体不満足であったり、眼が無かったり、何処かが足りないキョンシー達がアイアンテディへと群がってくる。


「左だフレデリカ!」


「!」


 左側。すなわち、アイアンテディが抱えている恭介から指示が出る。この場において恭介の指示とフレデリカの行動は重なっていた。


 キイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!


 サイコキネシスを躍動させ、無理やり動かしたアイアンテディの右爪が片腕のキョンシーを切り裂いた。


 敵は多い。けれど、マイケルの場所まで後少しだ。


 ズキズキと脳が痛み始めていた。既に三十分サイコキネシスを全力稼働している。まだ余裕はあるが、いつまで続くとも分からない戦いの中で、この疲れは実態以上にフレデリカの製品を疲弊させた。


「ごふっ」


「お兄様!?」


 その時、アイアンテディで抱えていた恭介が吐いた。先程から何度も無理のある動きで振り回している。とうとう体が限界を迎えたのだ。


 アイアンテディの中は木下優花の体が守られる様にカスタマイズされている。故にフレデリカは平気である。けれど、兄はそうではない。


「ああ、はいたはいた」


「にんげんのからだはこれだから」


「きょんしーになればだいじょうぶなのに」


「したいにしよう」


「そうしよう」


「黙れ!」


 チルドレン達がキャッキャッと笑い出す。フレデリカには楽しくとも何ともない。


 これは善意なのだ、とでも言う様にチルドレン達の手や足が恭介へと伸ばされる。


 ズガアアアアアアアアアアアアア!


 力任せに爪を振るう。加速度を受けた恭介がまた吐いた。


――どうしよう!?


 爪を振るわければ兄を守れない。爪を振るえば兄が傷付いてしまう。


 迷いは動きを鈍らせ、それは敵のキョンシーへ直ぐに見抜かれた。


「あれ? おかしい?」


「うん、そうだね」


「なんでうごきがにぶるんだろう?」


「このばなら、あるじのせいめいがさいゆうせん」


「それなのにまるでにんげんみたいだ」


――マズい!?


 フレデリカの肌が粟立った。フレデリカがキョンシーでは無いこと、つまり、PSIが使える人間であることはトップシークレットだ。バレてしまえば終わりである。これから先、一切の人権がフレデリカとそれを守ろうとする兄からは失われてしまうだろう。


「木下、恭介が、命令する! フレデリカ! あいつらを、壊せ!」


 恭介が明確な音声命令を発する。これは彼のサポートだ。


 従うしかない。兄の体を傷付けてでも。


「おーほっほっほ! お兄様と話せなくて寂しいだけよ! ぶっ壊してやる!」


 ダ! ダ! ダ! 質量を武器にアイアンテディが突進する。兄が口を押え、手を胃液で汚していた。


――ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!


 謝りながらもアイアンテディの爪は正確だ。


 質量でチルドレン達を圧し潰し、爪でその体を切り裂いて行く。


 スペック差自体は顕著だ。この場の敵を破壊するのに五分もかからなかった。




***




「おいおいおい、マイケル、お前の仲間がこっちに来てるぜ? 鋼鉄の熊だ」


「マジか」


 ゲンナイがんん? と首を傾げ、マイケルへ言った。


 鋼鉄の熊。こちらに来ているのはフレデリカだ。意図をすぐに推測する。きっと、マイケルに指示を仰ぎに来たのだ。


――ヤマダが何を言った?


 どの様なやり取りがヤマダとフレデリカの間であったのかは分からない。だが、今の状況に置かれたフレデリカがマイケルへ指示を仰ぐという選択肢を思いつくはずがない。


 ゲンナイが部屋に来てからマイケルは無線を切っていた。ゲンナイがそれを望んでいたし、第六課のメンバーが何か失言をしないか不安だったからだ。


「困った困った困ったぜ。オレ様達は互いのキョンシーを戦わせてる。今はこの観戦に集中してえんだが」


「しゃあねえよ。キョンシーの動きを完全に制御するなんてできないんだから」


「そこがオレ様とお前で価値観が違う所だわな。ああ、でも仕方ない。足止めでもするかぁ」


 グネグネグネグネ。ゲンナイの多腕が歪み、体に取り付けられた電子デバイスをカタカタとタッチする。何処かに指示を出したようだ。


「これでお前らの鋼鉄の熊がこっちに来るのにもう少し時間がかかるぜ。さ、観戦に戻ろうじゃないか」


 ハリー(急げ)ハリー(急げ)。ゲンナイの数十の指が卓上に置かれたモニターへと向けられる。わざわざこの男がリコリスとハピリスとの戦い用に用意したのだ。


 キョンシー同士の力比べ。リンガーベル研究所時代、マイケルが何度もゲンナイとした遊び。ルールを決めて、全力で、互いの持てる知識と技術を賭したゲームの楽しさは今でも網膜に残っている。


「ねえ、ゲンナイ、あなたはダーリンに謝らなきゃいけないんじゃないの?」


「んん?」


 苛立ちを露わなメアリーの声がして、ゲンナイの多腕多脚がグネッと動いた。


「メアリー黙ってろ」


「いいえ、言わせて。ゲンナイ、あなたの所為でダーリンは真っ当な研究者としての未来を奪われてしまったのよ? リンガーベル研究所をあなたが潰してしまったせいで」


 背後から出ようとするメアリーをマイケルは押し留める。異形の姿のゲンナイ。それに恐れはないのか、いや、怒りが恐れを上回っているのかもしれない。


「私も知っているわ。リンガーベル研究所で起きた、生体加工事件。素体狩りの被験者を生きたまま改造してキョンシー化した、あってはならない大規模な研究。その実行犯があなただってこともね」


「おお、おお、おお、懐かしい思い出じゃねえか。で、オレ様の研究を密告したのがマイケルだったんだよな。その話は今は良いだろ? お前のことなんぞ知らんが、キョンシー研究者ならお仲間だ。一緒にオレ様とマイケルの勝負を見届けようぜ」


 ハッハッハ。メアリーの言葉を意に介さず、ゲンナイの異形の眼はモニターに向けられたままだ。


 なおも話を続けようとするメアリーをマイケルは止めた。ゲンナイはこういう男だ。自分の好きなこと、すなわちキョンシーのことにしか興味が無く、そのために思考や人生を捧げる。かつて、マイケルが憧れたこともある生き方である。


 リンガーベル研究所。当時世界最高峰の研究機関。そこでマイケルは誰にも期待される若手研究者のホープだった。


 懐かしい記憶だ。そこで過ごした数年間は研究者のマイケルとして最も幸福な日々であったと言って良い。


 その中でもゲンナイとの記憶が最も色濃く残っている。研究者として素晴らしい人だった。深い見識と論理体系、非凡な発想、仮説実行のサイクルの早さ。マイケルが人生で初めて研究者として尊敬した相手だ。


 そんなゲンナイが生体をキョンシーの実験に使っていると知った時の絶望をマイケルは忘れなかった。


 ゲンナイが少しずつ少しずつリンガーベル研究所の中で集めた信派。大部分と言う訳ではない。


 だけれど、研究機関を破滅させるのには、そしてそこに所属していたという過去を持つ誰もの研究者人生を終わらせるのに、充分な量の研究者が罪に手を染め、あってはならない研究倫理を犯した。


 マイケルは数分悩んだ。あれほど悩んだ時間は人生に無い。そして、密告を決めたのだ。


『俺達の研究所を潰してくれ』


 キョンシー犯罪対策局、ハカモリ。そこから派遣されてきた捜査官、上森幸太郎への第一声。これもマイケルは覚えている。


「おいおいおい! マイケル、戦いは盛り上がってるぜ! 見てみろ見てみろ見てみろ!」


「ああ、見てるさ」


 マイケルもゲンナイもあの頃からは随分見た目が変わった。マイケルは太って狸の様に、ゲンナイは改造で蛸のように。


 未来永劫、あの素晴らしき研究の日々は帰って来ないだろう。


 だが、マイケルとゲンナイは再び交わってしまった。


 キョンシー技師同士が出会ったのだ。


 ならば、あの時とは同じように、あの時とは違うキョンシー比べが起きる。


 その結果は見届けなければならなかった。

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