⑤ やるべきことを考えろ
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――あれ、は?
零と一のヤマダの視界。その奥に映ったキョンシーの姿にヤマダは少しだけ眉を歪めた。
赤い髪のキョンシーだ。真紅の長い髪。それを揺らして全速力で狙撃手の方へ駆け出していく姿。
後ろ姿だから判断は付かない。だけれど、ヤマダの直感が、アレは不吉な物だと告げていた。
先程、〝援軍を送る〟とマイケルから暗号文があった。アレがその援軍なのだろうか。
「なポhxンさ@zbs!」
「考える時間もくれませんカ」
ベンケイの攻撃が続く。突き出された刃物らしき物、それをセバスチャンの血の食が絡めとった。
――駄目ですね。重さが足りない。
が、直後、ヤマダの命令で血の触手が解ける。投げ飛ばそうにもウェイトが違う。
相性が悪い。生半可な血の量では重心をズラすこともできない。
加えて、兄を守ろうと背後で蹲るフレデリカ。彼らを守りながらの戦いは負担が大きかった。
クラッ。
――目眩もしてきましたか。
ドクドクジンジンと左肩からは血が流れ続けている。触手で抑えているが、本格的な止血はしていない。
痛みと貧血は思考の精度を奪う。
「あぞxmがsじゃ!」
「うるさくて困りマスネ」
ベンケイの腹部から槍の様な物が突き出され、セバスの脇腹を抉る。致命的なダメージでは無い。運動性にも問題は無い。けれど、徐々に攻撃を避けられなくなってきた。
ラプラスの瞳。ダイヤルを弄りながらヤマダは狙撃手が居たビルの方角を見て、左眼の視界だけを拡大する。
――狙撃手は居なくなったようですね。
どうやら、あの赤髪のキョンシーが敵を振り払ったらしい。
ならば、次の動作は決まった。
「フレデリカ、起きなサイ。狙撃手は消えましタ。ここであなたが蹲っていたら、守れるものも守れませン」
果たして言葉が伝わったのか、アイアンテディは散漫にこちらへ顔を向ける。
「xbsな!?」
何かを言っている。だが、マイケルによる暗号の変換がされない。意図は分からず、まともな連携は不可能だ。
ヤマダは判断した。今この場でフレデリカにベンケイと戦わせるのは無理だ。
――ならば、
「フレデリカ、ここから逃げなさイ。ワタシが敵を食い止めマス」
「!」
「逃げながらで良いデス。冷静に成りなサイ。今、あなたがどの様な行動を取れバ、あなたとあなたの兄が本当の意味で生き残れるのかをよく考えて行動するのデス。良いですネ?」
ベンケイの攻撃を避けて、無機質な声を出し、ヤマダは指示を出す。
果たして鋼鉄のクマはその指示に従った。
ダ、ダ、ダ、ダ! アスファルトの地面を砕きながら、アイアンテディが走り去っていく。
方向はリバイバーズホテルから離れる様に、大事に恭介を抱えて走り去る姿は、きっと京香ならば尊い光景だと感じるのだろう。
「―92宇h5tンs!」
「行かせませんヨ」
フレデリカを追おうとするベンケイへヤマダとセバスが回り込む。勝ち目は薄い。
それでも、ヤマダは淡々と声を出す。
「来なサイ、ベンケイ。負けない戦いは得意なんデス」
「qまhsぽはM,!」
***
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
獄炎が焼く夜空の下。フレデリカは兄を抱えて走る。
逃げる場所は決まっていない。安全な場所。兄と自分を守れる場所。とにかく危険から離れられればそれで良かった。
「戻れフレデリカ! さっきの味方だろ! 手伝って敵を倒すんだ!」
左腕に抱えた兄が叫ぶ。先程からずっとだ。
「分かってるわ、お兄様! でもしょうがないの! お兄様が死んじゃったらフレデリカは壊れちゃうんだから!」
キイイイイイイイイィィィィィィィィィン!
先程からテレキネシスがフル稼働だ。脳に負担が掛かるが故に思考が極端に振れている。
フレデリカの頭には兄を守ることしかなかった。完全にキョンシーとしての思考だったのなら恭介の言う通りヤマダと協力してベンケイと戦っただろう。
――考えて、考えなさいフレデリカ! 今やるべきことは何!? どうすればお兄様を守れるの!?
ヤマダの言う通り、フレデリカは考える。どの様な行動を取るべきか。どうすれば兄を真の意味で守れるのか。
バアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!
空からはすごい音がする。A級キョンシー同士の戦いだ。あのPSIに少しでも巻き込まれたら肉片の一つだって残らない。
そして、そのPSIが地上に降って来ない保証は何処にも無かった。
――誰かに合流しなきゃ。誰か守ってくれる人に合流するの。言葉が通じる人、そしてフレデリカ達の仲間の人。それは誰!?
住民達が避難したゴルデッドシティの地上は静かだ。炎の明かりで照らされた家屋がキンキラと金色に輝き、それがアイアンテディの鈍色の肌に反射している。
考える時間は少ない。今こうして単独で行動しているのも危険だ。
――京香と霊幻、それかマイケルなら言葉が通じるはず。
キョンシーの論理回路を回す。自分があのカオナシのPSIを免れたのはアイアンテディに入っていたからだ。ということはあのPSIはエレクトロキネシスの一種であろう。ならば、京香と霊幻には通じない。
また、先程ヤマダが無線越しにマイケルへ言葉で指示を出していた。彼は会場に居なかったため、影響を受けなかったのだろう。
京香の場所は分からない。ホムラとココミと共に敵を引き連れて何処かに行ってしまった。
けれど、マイケルの場所なら知っている。メアリーのホテルだ。
「お兄様! マイケルの所に行くわ!」
「……分かった。着いたらマイケルさんからの指示をちゃんと聞くんだぞ」
恭介が苛立ちを露わにフレデリカの案を許可する。声は強く、木下優花の体がトラウマで小さく強張った。
記憶は無い。だが、体が覚えている。大人が出す強い声は怖いのだ。
できるならば、兄にはいつもの様な優しい声だけを出していて欲しい。
「ごめん、ごめんなさいお兄様! でも、でもでもフレデリカはお兄様を守りたいの!」
フレデリカは謝った。過去のフレデリカならばあり得なかった。仮想人格たる自分はやはり昔の人格とは別物らしい。
謝りながらマイケルが居るホテルへとアイアンテディを操る。
目的地ははここから約五キロ。五分もあれば到着できる距離だ。




