② 王子の肉をお食べ
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「ここで迎え撃つよハピリス!」
「了解。王子たる僕が華麗に戦って見せよう」
地上に着地し、カーレン達が立ち止まったのは大通りの道路の中央。遮蔽物も少なく、三次的なリコリスの動きを多少なりとも抑制できる地点。
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」
既にカーレン達は細くされている。怨嗟の声を出しながらリコリスが海洋生物を思わせる動きで向かって来た。
「はっ! 同じことしか言えないのかい! 悲しいキョンシーだねぇ! お前なんぞに殺されるなってまっぴらごめんさ!」
ジャキン。カーレンは赤い義足を変形させ、膝口からババババババと銃弾を放つ。
当たるとは思っていない。プロトラプラスも着弾確率を一パーセント以下と解析している。
ジュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!
リコリスは避けることすらしなかった。一部の髪を前方に展開し、銃弾を全て溶かし防ぐ。
――おっと、それは予想外だ。想定よりも毒が強いみたいだ。
カッカッカ! カーレンは笑い、ハピリスが前に出る。
「さあ、赤髪の君よ、王子たる僕と戦おうじゃないか」
ハピリスが蘇生符を輝かせて戦闘態勢に入った。
乗用車同士の激突の様に、二体のキョンシーの速度はすぐさま零となり、リコリスの赤髪がハピリスの体を飲み込んだ。
「溶け死ね」
ジュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!
ハピリスの金属の肌が溶解する。その瞬間、宝石の瞳を持つこのキョンシーがPSIを発動した。
「君に僕の肉を上げよう」
パアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアン!
発生したのは強烈な破裂音。それを合図にした様にリコリスの体が一気に後方へ弾き飛ばされた。
「――!」
決定打では無い。だが、まともに衝撃を受けたリコリスの前面部の肉は割れ、薄紅色の血が噴き出した。
「カッカッカ! 効いたねぇ! 少しはまともな姿に成ったじゃないか!」
意味は無いが、カーレンはリコリスを煽る。あの様なキョンシーが嫌いなのだ。
「……」
約三十から四十メートル先、ボタボタと血を流しながらリコリスがこちらを見る。長い赤髪に隠されて表情は分からない。だけれど、あのキョンシーはきっと今ハピリスが発動したPSIについて思考しているのだろう。
ハピリスのPSIは設置型のテレキネシスである。設置可能地点は自身の表皮。法線ベクトル上に爆発的な力ベクトルを瞬時に産む力である。
カカァン! 甲高い音を立てて、リコリスの足元にいくつかの金属片がバラバラと落ちた。腹や胸に突き刺さっていたのだろう。薄紅色に汚れ、幾らかの肉が付いている。
「王子たる僕の肉を貰えて光栄だったかな?」
クク。ハピリスが笑う。その体は僅かに体積を減少させ、キラキラと輝きを増していた。
ハピリスの体は何層もの金属片と肉片が折り重なった層状の構造をしている。テレキネシスの発動により、自身の肉体の一部を弾き飛ばすことで威力を増し、敵を破壊するというのがこのキョンシーのコンセプトだ。
「カッカッカ。リコリス、たとえお前の髪がどれだけこいつを溶かそうとも、腐った肉ごと全部弾き飛ばしちまえば変わらないさ!」
改造王、ゲンナイ作の対リコリス用キョンシー一号。それがハピリスである。どうやら当初のコンセプト通りの仕事をこなせている様だ。
「……関係ない。壊して殺すだけ」
ズズズズズズズズズズズズ。グネグネグネグネグネグネ。リコリスが猛獣の様に体勢低くし、足へ力を貯めた。
「来るよハピリス。軌道は予測してやる」
「任せるよ。王子たる僕が彼女をエスコートしてみせるから」
プロトラプラスが感応し、リコリスが来る予測経路を導き出す。
――人間の形をした奴の動きじゃないねぇ。
予測される経路は数種類。どれも彼もが弾道の様であり、海洋生物の様であり、陸上の獣の様でもあった。
ダッ!
リコリスが躍進する。腕部と脚部を四足生物の様に使い、赤髪が地面へ指さり、気持ち悪いジグザグな動き方をしてハピリスへと迫った。
「左はフェイントだ! 上から来るよ」
「手の肉はお好きかな?」
パアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!
プロトラプラスの予測通り、上部へ浮き上がったリコリスへハピリスが手を向け、その表皮の金属を弾いて放った。
近い距離。速度は音速。グン! とリコリスは赤髪を操り、飛んで来る肉片付きの金属片を避ける。
恐ろしい動きだ。PSIも使わず、ただただ改造の極致が為した人体の限界を超えた動き。
だけれど、プロトラプラスで計算できる範囲内である。カーレンは先回りする様に赤い義足から弾丸を放った。
ガガガガガガガガガガガガ!
対キョンシー用に貫通力を高めた特別製。リコリスの髪が再び縦の様に展開される。
「溶けろ」
ほとんどの弾丸は溶かされたが、三発の銃弾がリコリスの腹を貫いた。
「カカカ! 避け切れなくなってきたんじゃないかい!?」
「さあ、僕をお食べよ」
プロトラプラスが表示する画面を全力でカーレンは観測し、ハピリスを操った。
パアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!
パアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!
パアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!
腕、足、肩、腹、頬。ハピリスが自身の体もあらゆるところを弾けさせ、飛び散った肉片でリコリスの体を削って行く。
圧倒的な反射神経でリコリスは決定的なダメージは避けているが、その体には明確に損傷が増えて行った。
「殺す殺す殺す」
しかし、リコリスは後退しない。やり方を変えていくだけで、常に突撃だけを選択して来る。
――距離を取ってくれると楽なんだけどねぇ。
狂気的だが、その実カーレンとしてはキツい選択である。リコリスの運動能力、必殺性は常軌を逸している。一手でも対応を誤れば、すぐにカーレン達はお陀仏だ。
考える時間はほとんど無い。脳が酸欠に成る程、カーレンの頭はフル回転していた。
「踊ろうじゃないか、赤髪の君」
「私が踊りたいのはお前じゃない」
「そう言わないで。王子たる僕の頼みなんだから」
ハピリスがリコリスを押し出す様に前に出る。何度も肉と金属片を爆ぜさせているにも関わらず、体積減少の振る舞いは無い。ゲンナイ作の特殊な金属埋め立て技術。人の身の限界を取っ払っている。
パアアアアン! パアアアアン! パアアアアン! パアアアアン! パアアアアン!
五連続。左手の指が連続で弾け、五メートル先の至近距離、リコリスが二発目までは溶かし、残りは避けた。
――溶解時間の限界が分かって来たね。
勝ち目は充分にある。先程から夜空を焼いている様なA級キョンシー達とは違う。いくらでも対応はできるはずだ。
グネグネグネグネグネグネ! リコリスの髪が躍動する。地面を溶かし、カーレンに伸び、ハピリスを包み込む。
だが、意味は無い。ハピリスの対リコリス性は遺憾なく発揮されている。
パアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!
また、ハピリスが弾け、リコリスの体が抉られた。リコリスの肉は半分程度しか残っていない。
「カッカッカ! この機会に壊れてしまいな!」
「黙れ。溶けろ。死ね」
変わらない。リコリスは狂気のまま、人外の動きでカーレン達へと迫る。
――嫌だねぇ。
そんなキョンシーをカーレンは嫌っていた。