① 憧憬
「カッカッカ! すごいねぇすごいねぇ! この距離からの狙撃を避けてるよ!」
リバイバーズホテルから一キロ先。潜伏先のホテルの一室にて、カーレンは身の丈ほどのスナイパーライフルのスコープを覗く。
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
ゴルデッドシティの夜空には断続的な炎が産まれ、昼間の様に明るい。
A級キョンシー達同士の激突に住民達はそれぞれシェルターへ逃げ込んでいて、このホテルにはカーレン達しか居なかった。
――ここまではモーバの作戦通りだねぇ。
カーレンの役目は外へ逃げた敵の殺害、もしくは、足止めだった。
プロトラプラスを装備したカーレンの視界はオート化された零と一の世界が流れていて、その情報は手元のライフルと同期されていた。
カーレンの認識のまま銃口が小刻みに微調整され、スコープ先のヤマダや木下恭介達を狙う。
芸当でも何でもない。ただの自動化された技術だ。プロトラプラスさえ使えるなら誰でもできる。
バァン!
引き金を引く。音速を超えた銃弾が射出され、ヤマダを狙う。
ベンケイの攻撃を捌きながらだと言うのに、バレエでも踊る様にヤマダとセバスチャンは紙一重に避けた。
まただ。先程から何発も何発も放っている銃弾は全て躱される。
数十年傭兵として生きてきた。その勘を総動員して、これは殺ったというタイミングで放った銃弾さえもヤマダは軽やかに避けてしまう。
カーレンと似て非なる、本物のラプラスの瞳を着けたヤマダの姿。憧憬がカーレンの胸を焦がした。
「嫉妬しちゃうねぇ。ハピリス。そう思わないかい? あたしが成りたかった全てにあんな小娘が到達しているんだよ」
カッカッカ。言葉は背後のキョンシーへ告げられ、おかしくて仕方ない様にカーレンは笑う。
若い頃、若くなくなった頃、老いてしまった頃、全ての時でカーレンはあの瞳を追い求めていた気がする。
「執着だねぇ。いくつになっても子供の頃の夢が忘れらないんだから」
カッカッカ。それでも良い。それでも良いと思えてしまったから、カーレンはこうして傭兵に成ったのだ。
バァン! バァン! バァン!
三発。回避されることも予測したプロトラプラスによる狙撃。ヤマダが右左どちらに避けても必ず当たる。そういう軌道の銃弾が放たれた。
スコープの先、セバスチャンの肩口から噴き出した血液が円錐状の形を形成し、銃弾を包み込み、その軌道が歪む。
必殺の三つの銃弾。だが、プリズムに入った光の様に軌道が歪んだ銃弾に僅かに安全地帯が出来上がる。
結果、三つの銃弾をヤマダとセバスチャンはまた紙一重で避けた。
先程までベンケイと相対していたフレデリカは銃弾を恐れ縮こまっている。
故にベンケイの攻撃はヤマダへと向いていて、にも拘わらず、銃弾は当たらない。
「カッカッカ! いや困った困った! 当たる気がしないねぇ!」
結局当たったのは初めの一発だけ。それも木下恭介を狙った弾丸から彼の身をったからだ。
ヤマダを狙った攻撃は全て予測されて躱される。
――やっぱりあの瞳はすごいねぇ。
それで良い。これくらいの芸当出来てくれなければ困る。
自分では至れなかったのだ。妬みも嫉みも期待もする。
カーレンは殺す気で引き金を引く。その理性は明確だ。だけれど、ヤマダにはこうして妙技を見せ続けていて欲しいという矛盾した自分の心も理解していた。
「カーレン、王子たる僕が告げる。敵が来たよ」
笑っている様な怒っている様な顔をしていたカーレンの肩をハピリスが叩く。
「あら、そうかい?」
カーレンはすぐさま体を起こし、ハピリスが指差した地上を見た。
「おっと、この町にも来てたのかい」
眼下には顔を覆い隠す真紅の髪を持ったキョンシー、リコリスがこちらへと走って来ていた。
「こいつは拙い。逃げるよハピリス。こんな屋内じゃ勝てる物も勝てないからね!」
「王子たる僕にはもう準備ができているよ。ほら掴まって」
カーレンは振り向いてカンカンカンとコンパスの様に鋭い義足を鳴らしながらハピリスへと抱き着いた。
ハピリス。今回のテロにおいてカーレンが連れて来たキョンシー。その体は筋に炉の金属質であり、瞳はパキパキとした水晶で出来ていた。
ドドドドドドドドド! ハピリスがシルエットには合わず、見た目にはあった重い足音を立ててホテルの中を走り、リコリスが来る反対側の窓から地面へと飛び降りた。
***
『マイケル、狙撃手をどうにかしてくだサイ。できる限り早急ニ』
「準備万端ってな!」
予想が当たった。やはり必要となってしまった。
「メアリー、狙撃手の場所を調べてくれ! 俺は第三課へ連絡する!」
「分かったわダーリン!」
カタカタカタカタ! メアリーが監視カメラ映像を動かし、ヤマダを狙った狙撃手の位置を探す。
その姿を横目にマイケルは第三課へと電話を掛けた。
「リコリスは起動できるな?」
『いつでも、でも本当にこの町でこいつを起動する気ですか? 下手をすれば国際問題ですよ?』
「もう問題は起きてんだよ。座標は直ぐに送る。その地点でリコリスを起動しろ」
『了解しました』
マイケルはリコリスをゴルデッドシティへ連れて来ていた。
本当ならば第四課か第五課からキョンシー使いを数名借りたかったのだが、先日の襲撃でハカモリに余裕が無い。
念のために連れて来れる戦力がリコリスしか無かったのだ。
「見つかったわダーリン! ここよ!」
パソコンの画面をメアリーが見せて来る。ヤマダ達へ銃弾を放った狙撃手はリバイバーズホテルから約一キロ離れたホテルだ。
「階数は分かるか?」
「七階だと思う。見て、拡大すると銃を持ったおばあさんが居るの」
「ありがとよメアリー!」
カタカタカタカタ! 強い打鍵の音を出しながらマイケルが第三課へ敵の座標を送り、すぐに相手から電話がかかってきた。
『座標了解です。今からここへリコリスを送ります。マイケル、起動命令を頼めますか?』
「ああ、任せろ」
リコリスは首輪で意識を落とし、他律型の様にしている。アクセス権を持つ人間からの音声命令が無ければ起動できない様にしていた。
待つこと僅か五分。第三課からリコリス設置完了の連絡が届く。
「メアリー、監視カメラを見せてくれ」
「もう出してあるわ」
メアリーが映す画面には、敵のホテルからは死角の位置にで立つリコリスの姿があった。
A級キョンシー同士の激突により、夜空は定期的に明るくなり、監視カメラ越しでもリコリスの真っ赤な髪が分かった。
マイケルはパソコンの無線チャンネルをリコリスの首輪に繋いだ。
「リコリス、前に進め。右手側のホテルへ体を向けろ。その七階に敵が居る」
音声命令に従って、リコリスがロボットの様に足を進め、敵が居るホテルへと顔を向けた。
後は起動命令を出せば良い。そうすれば少なくともヤマダ達への狙撃は止むだろう。
「……」
だけれど、少しだけマイケルはリコリスの起動を躊躇った。普段の自分ならばしない様な躊躇。理由は分かっている。
リコリスはマイケルにとって現状の最高傑作だが、それと同時に最大の失敗作でもあった。
「ダーリン?」
僅かな沈黙にメアリーが首を傾げ、それを合図にマイケルは口を開いた。
「起動しろリコリス。敵を壊せ」
その直後である。
コンコンココココココココココン!
マイケルとメアリーの部屋を何者かが不快にノックした。
ビクリとマイケル達は肩を固める。部屋の前にはハカモリから借りた護衛用のキョンシーを立たせていた。メアリー側からの要求でもあったが、護衛が居たからこそ、メアリーを避難させず、近くに置いたのだ。
「メアリー、下がってろ」
――ルームサービスじゃあ、ねえだろうな。
技術者であり、戦闘は門外漢である。だけれど、マイケルも多くの修羅場をくぐってきた身だ。部屋の外に居るのは敵だという確信があった。
「誰だ? 入れ」
「おうおうおう、久しぶりだなマイケル」
ガチャリ。現れたのは十数の腕、十数の脚を自らの手で移植し、両目を機械化した男だった。久しぶり、というが一見してマイケルには男が誰か分からない。
だけれど、見つめて二秒。マイケルは異形の男の名前に行き付いた。
「ゲンナイ、か?」
「そうそうそう! リンガーベル研究所時代のお前の懐かしい先輩さ!」
グニャリグニャリ。多腕と多脚を蛸の様に揺らしてゲンナイが口角を釣り上げる。
リンガーベル研究所。第六課に来る前、マイケルが所属していたアメリカの研究所。そして、目の前の男、ゲンナイの違法なキョンシー研究によって潰された研究所だ。
懐かしい名前、懐かしい相手、懐かしい記憶が脳裏を駆け巡り、マイケルはそれをいったん無視した。
「どうしてあんたがここに?」
「おいおいおい、理解が遅くなったのか? この状況でオレ様がこんな所に現れる理由なんて分かるだろ? オレ様はモーバに所属してるのさ」
マイケルは肩で息を長く吐き、眼を細めた。
「そうか。あんたはそこまで堕ちたのか」
「違う違う違う。昇ったのさ」
「どうでも良い。目的は何だ? 俺を殺す気か?」
「いやいやいや、違う違う違う。お前のキョンシーを見たぜ? リコリス、また、面白い発想の改造だ! 改造王のオレ様とすりゃ、一度勝負をしたくてな」
勝負。懐かしい言葉だ。リンガーベル研究所時代、マイケルはこの男と良く改造キョンシーのスペック対決をしていた。
「お前のリコリス対策用のキョンシー、ハピリスってのを作ったんだ。丁度良く、今から戦いそうだからな。一緒に観戦したかったんだよ」
グニャリグニャリ。もはや人に見えない改造。マイケルの理念には反していたけれど、その技術と在り方を尊敬していた時期があった。
マイケルは背後のメアリーへ意識を向ける。この場では逃げられない。部屋外のキョンシーがどうなったのか分からない。
ならば、従うしかない。
――リコリス対策? この人は何を考えた?
第六課のメンバーとしての理性がこんなことをしている場合じゃないと叫ぶ。
だが、技術者としての興味もまた同時に湧き上がっているのも事実だった。
「良いぜ。戦わせてみようじゃねえか」