⑦ 空を燃やせ
「ハハハハハハハハハ! バツよ、こちらへ来い! お前を導いてやる!」
バチバチバチバチ! 紫電をわざと強く放ち、霊幻はバツの前に躍り出た。
バツは両の眼を紅の布で塞いでいて、音と振動だけを頼りに走っている。千鳥足の様に動き方は覚束ないが、その踏み出しに躊躇いは無い。
「あれー? その音はエレクトロキネシストだねー。危険だ危険だ、バツちゃんがきっちり燃やしてあげないと」
タタタタタタ。狙い通りバツが霊幻へと走ってきた。エレクトロキネシスの危険度は高い。バツが人間を助けるために動くと言うのなら、エレクトロキネシストは最優先で破壊するべき対象となる。
バツの身体改造は並みである。霊幻が全速力で逃げれば捕まらない。
うわああああああああああああああああああああ。約半数の人間が既にホールから逃げ、チルドレンの数も七割に減っている。
警備部隊の奮戦も功を奏した。霊幻と同じエレクトロキネシストは全て皆眼から血を流し、四肢の何処かを壊しながら、主の命令に従って生者達を助けている。
「素晴らしい! それでこそキョンシーだ!」
壊れていく死者達へ霊幻は賛辞する。この極限の状況下で少しでも生存者を増やそうとする在り方はキョンシーと言う祈りの体現である。
「待て待てー。その足音はキョンシーだ。バツちゃんに燃やさせろー」
「ハハハハハ! まだ吾輩は灰になる訳にはいかん!」
アハハハハ。童女の様にバツは笑う。着かず離れずの距離を保っているとはいえ、一度でもその肌に触れれば霊幻は灰にされてしまうだろう。
「れいげん、れいげん」
「かわいそうなれいげん」
「いのりにとらわれたキョンシー」
「わたしたちにこわされて」
「ハハハハハハハハ! 呪いに成ったお前達に言う資格は無いぞ!」
霊幻の進路をチルドレン達が塞ぐ。それぞれ低級であるがPSI持ちの様で、突風と炎、そして小さな力球が射出される。
避けるのは簡単である。だが、避けてしまえば背後のバツに当たってしまう。
はたして、バツのPSI耐性はどれ程か。判断はまだ付かなかった。
バチバチバチバチ! 霊幻は紫電を両腕に纏い、向かって来るPSIを殴り飛ばす。肘と手首のサスペンションが軋み、敵のPSIは全てその場から弾け飛んだ。
「あ、戦いの音。どっちかが味方? ごめんねー、バツちゃんには分かんないやー」
「そおら! 燃やしてしまえ」
アハハ。笑うバツへ霊幻は眼前に迫ったチルドレン二体を投げ付ける。
子供体であるチルドレンの体は軽い。霊幻の膂力で面白い様にバツへと飛んで行った。
一体、もう一体と、チルドレンがバツの体に触れる。
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
刹那、先程と同じ様に瞬炎がチルドレン達を包み、瞬時に肺へと変えた。
――運動量が伝わる前の発動。恐るべき力だな。
バチバチバチバチ。残るチルドレンを紫電に壊しながら、霊幻は驚嘆する。
瞬炎。その発動プロセスを霊幻は垣間見た。
バツのパイロキネシスは〝設置型〟である。にも拘わらず並みの放出型よりも速くPSI力場の設置から発動までを終えていた。
――いや、設置と発動が同時なのか?
どうやら、バツのパイロキネシスはとても使い勝手が悪い様だ。人間が巻き込まれないのが不思議である程に。
「ハハハハハ! まあ、良い! お前にうってつけの相手は外に居るのだからな!」
霊幻は進み、京香が開けた大穴からバツに追いかけられながら外に出た。
***
バチバチバチバチ! ガッシャアアアアアアアアアアアアアアアアン!
強烈な電気の音と壁とガラスの破砕音が響く。
――外に出ちゃったねー。
肌の感覚からバツは理解する。風の音、空気の質感。自分は外に誘い出されたのだ。
困った。目隠しは付けたまま。暗黒のまま、外で戦うのは面倒だ。
続いて、何故? という思考がバツの中に出て来た。
バツと言うキョンシーは有名である。そのPSIについても詳細はともかくとして、どの様な物なのかは知られているはずだ。
「どんな意図なのかなー? バツちゃんにPSIをちゃんと使って欲しいのー?」
わくわくとした興奮がバツの胸に降りた。自分のPSIをわざわざ使わせようとするのは珍しい。
しかし、外だ。音からして通行人達は何処にも居ない様だ。地下や建物内に逃げたのかもしれない。だが、そんな物、バツのPSIの前では意味を持たない。
「どうしよっかなー。人は殺しちゃいけないからねー。バツちゃんは困っちゃうよー」
アハハ。アハハハハハ。不思議なことに自分を外まで連れて来たキョンシーは先程から一度も攻撃してこなかった。まだ眼前に居る様だが、ここから戦おうとする意図は見られない。
そう。バツの前で立っているのだ。目隠しをしているとはいえ、このバツの前にだ。
嬉しい。バツはとても嬉しかった。自分の前にわざわざ立ってくれる相手とは久しく会えていない。
「あなたの顔を見てみたいなー」
でも駄目だ。眼前の相手は地上に立っている。その背後には数々の建物があるのだろう。建物があるということは人がいるということだ。
その時、上空から凄まじい風と衝撃波の音が響いた。
ヒュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
バァアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアン!
「んー?」
耳を上空へ向け、バツは音の意味を判断する。
風の音、衝撃の音。微かにテレキネシスの発動音も聞こえる。
優秀なバツの論理回路は直ぐに上空の音の答えを導きだした。
――フォーシーとアネモイだねー。
そして、続いてバツをここまで連れて来たキョンシーの意図を理解する。
「なるほどなるほどー。空ねー。空なら、まあ、良いかなー。人も居ないもんねー」
アハハハハハ! バツは笑った。眼前の相手はバツがPSIを使える様に場を整えてくれたのだ。
「オッケー。了解。バツちゃんに何をして欲しいのか分かったよー。うんうん。分かった分かった。それじゃあ、バツちゃんを連れて行ってくれる? できるだけ高い場所にさ」
バチバチ! 返事をする様にエレクトロキネシスの音が鳴った。
そして、五分後。バツは十階建てのビルの屋上に立っていた。連れて来てくれたエレクトロキネシストは既に屋上から去り、バツは一体きりだ。
「寂しいねー。でも、嬉しいねー。バツちゃんはとっても良い気分だよー」
耳にはフォーシーとアネモイの戦闘音が届いている。
アハハ。バツの手がその眼を隠していた紅の布を掴んだ。
目標は何処か。二体は所狭しとゴルデッドシティの空を飛び回っている様だ。
「関係ないねー。バツちゃんはすっごいバツちゃんだからねー」
バツ、魃、旱魃。この名は日照り神、全てのキョンシーの始祖と呼ばれる女神の名前だ。
空の一つくらい燃やせずしてなんとする。
「キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
そして、バツは嬌声を出して紅の布を取り去り、空に向かって目を開いた。
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
瞬間、獄炎が空を包み込む!
バツはパイロキネシスト。出力は全キョンシーの中で最大。対して、その操作性はF。座標認識と同時に手加減なく発動してしまう狂ったA級キョンシーだ。