④ 人間の体
咄嗟に京香は前方へ磁場を展開し、鉄球を拳一つ分ギリギリで逸らした。
ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!
クロガネの鉄球が音を立てて背後の服飾店を破壊する。
今のは何だ? 何故、突然出力が上がった?
PSIの大原則。変異以外の理由で出力の成長はあり得ない。クロガネの磁場に定性的な変化は無かった。
ボタ、ボタボタ。
すぐに京香は気付く。ヴェールの向こうのクロガネの顔から血が溢れ、地面へと落ちていた。
「すごいです! すごいですカアサマ! これが新開発したナノチップ蘇生符の力ですか!」
興奮した様にクロガネへと抱き着き、母の顔を濡らす血を拭った。
――ナノチップ蘇生符?
聞き慣れない言葉だ。原理も不明。先程の注射が関係しているのは間違いない。
怪訝な顔をする京香へ親切にもクロガネが説明を始めた。
「ああ、京香、教えてあげるわ。私がこの体に注入したのはナノメートルサイズにまで縮小したの無数の蘇生符。今、キョンシー用の血管を伝わって私の全身に蘇生符が行き届いているの」
「ネエサマ、穿頭教の桃島へ打ち込んだ蘇生符が完成したんです!」
穿頭教、桃島、蘇生符。三つのキーワードのことならば知っている。
テレキネシスに目覚めた思われていた桃島。だが、その実態はマイクロメートル単位まで小さく成った無数の蘇生符が脳に貼られていたという、新型のキョンシーだったという物だ。
「まだ試作品だけれどね。今、オカアサンの全身は脳その物。質ではあなたと遊べないから量に頼ることにしたわ」
ウフフフフフフ。狂気的にクロガネが笑い、左手を京香へ向けた。
瞬間京香は近くする。クロガネの全身から今の自分と同等以上のPSI磁場噴き出した。
ザアアアアアアアアアアアアアアアアアアアジャリジャリジャリジャリ!
砂鉄で作られた鉄の波が京香達を飲み込まんと向かって来る!
質量は増大で、けれど時速三百キロメートル程の速度を持った黒い波。京香は押し返す様に砂鉄を展開した。
ジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリ!
京香とクロガネの二体が操る砂鉄がぶつかり合って擦り合い、真っ赤に発熱する。
「くっ!」
重い。先程までのクロガネの攻撃とは比べ物に成らない威力。出力を高く保たなければ、すぐに周囲の鉄の操作権はあちらへと移ってしまうだろう。
ジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリ!
「やった! やったわ京香! これならあなたともオカアサンは遊べる! さあ、色々と試してみましょう!」
ギュン! 砂鉄の波を操ったまま、クロガネが上方へ飛び、京香へと向かう。
「面倒なことするわね!」
止まっていては不利だ。すぐに京香は使える砂鉄を全て戻し、右方へと飛ぶ。
「京香、オカアサンを受け止めて!」
「うるさい!」
クロガネが砂鉄の波に乗って京香を追いかけ、京香はクロガネの周囲を旋回する様に地上十五メートルを飛び回った。
京香とクロガネ、今、彼女達が展開しているPSI磁場の範囲は磁場によって可視化され、双方、半径十メートル前後球体を作り上げながらゴルデッドシティの中央道路で激突する。
ジャリジャリ! ジャリジャリ! ジャリジャリ!
ジュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!
激突の旅に砂鉄が焼けて飛び散った。
衝撃のいくらかは砂鉄が吸収する。けれど急速な加速と減速は胃をひっくり返す様な不快感を京香へともたらした。
――吐きそ。
京香の体は人間だ。人間が耐えられる加速度でしか動けない。
「ネエサマ! ボクも居ますよ! SET!」
キイイイイイイイイイイイイン! キイイイイイイイイイイイイン! キイイイイイイイイイイイイン!
嘔吐感に意識を奪われた一瞬、シロガネのテレキネシスが展開された。
――まず――
「――燃えろ!」
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
ホムラの炎がクロガネとシロガネの視界を塞ぎ、即座に京香は距離を取った。
有効射程から外れたのだろう。シロガネの力場は消失し、再びクロガネが追って来る。
ガクンとホムラが意識を落とし、そしてすぐに復帰した。
「ありがとホムラ!」
「集中しなさい!」
ホムラの叱責を京香は受け入れる。人間ではきついというだけの理由で意識が乱れるなど言い訳にもならない。
「京香! あなたの力はこんなものじゃないでしょう? さあ、全力を見せて!」
ウフフフフフフフフフフフフ!
クロガネの笑い声が寄った人間の様に大きくなる。彼女が打ち込んだマイクロ蘇生符のせいだろうか。
――勝手なことを言う!
確かに京香はまだ全力で発動していない。だが、ホムラとココミを壊さないで済む出力がどの程度かが分かっていない。
初めてバイクに乗った時と同じだ。どの程度の速度でどの程度操れるのか見当が付かない。
ジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリ!
京香はビル群の壁を走り、四階建ての建物屋上に着地する。
そして、一転し、クロガネ達を迎え撃った。
「あ、ネエサマがこっちを見てくれましたよカアサマ!」
「くらえ!」
ジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリ!
作り出したのは砂鉄を固めた直径五メートルの大槍。コンマ五秒で音速に達した穂先がクロガネの砂鉄の球体へと突き刺さる。
「まあ!」
砂鉄がクッションに成り、槍はクロガネとシロガネの体に届かない。けれど、加速度を受けた彼女達の体はピンボールの様に後方へと吹っ飛んだ。
「良し!」
京香はビルの逆側へと飛び降りた。 追撃はしない。今のクロガネ達を倒すのは時間が掛かるし、全力で動いたら自分の体が耐えられない。
ならば、今の様にカウンターの戦略を取るべきだ。
これならば、ココミが目覚めるまでの時間稼ぎと言う意味でも最適である。
「ココミ、早く起きて。あんたが起きないとアタシ達はどうにもならない」
ジャリジャリジャリジャリ。
マグネトロキネシスの出力を下げて、地面から浮きながらビル群の中を飛んで行く。
「何処か迎撃しやすい場所は?」
敵は直ぐにこちらへ来る筈である。悩む時間はあまり無かった。