① アタシが連れていく
「ちっ!」
京香は強く舌打ちする。
天井を突き破って突然現れたモーバ。破壊された天井の近くにはクロガネ、シロガネ、アネモイ、そして数十のキョンシー達が浮いていた。
降って来た脳の雨、それのせいか、ココミが機能を停止している。
更に一体。顔が溶けたキョンシー地上に降りてきて、何かのPSIを発動し、会場中がパニックに成っている。
そのパニックの中、チルドレンと呼ばれたキョンシー達が跳び降りて来ていた。
「ああ、京香! 会いたかったわ! あなたに会いたくて会いたくて、会うために今日ここでA級キョンシーを壊しに来たのよ!」
「ネエサマ、ネエサマ! ボクです! シロガネです! また、一緒に遊びましょう!」
「ハハハハハハハハハ! 黙るが良い! 簒奪者共が!」
バチバチバチバチ! 紫電を纏った霊幻が頭上のアネモイ達へと突撃し、その拳を振るう。だが、アネモイ、クロガネ、シロガネ、最低でも三体のPSI使い相手では分が悪い。攻撃は有効打と成らず、逆にいくつもカウンターを受けた。
ズザザザザ! 霊幻は京香のすぐ隣に着地し、切り裂かれた様に唇を釣り上げる。
「クロガネが邪魔だ。あれの相手はお前に任せたい。できるか京香?」
「了解。でも少し待って」
霊幻の言葉に京香は頷く。マグネトロキネシス相手では霊幻では勝ち目が薄い。
しかし、、その前にするべきことがあった。
「恭介! ココミを抱えてここから逃げなさい!」
パシュ! パシュ! ココミへと手を伸ばしていたチルドレンの一体へトレーシーの電極を放ちながら京香は恭介へと叫ぶ。
けれど、恭介はこちらの声に反応せず、戸惑いの顔で周囲へ眼を向けていた。
続いて京香は気付く。会場に配備されていた警備用のキョンシー達が皆フリーズし、チルドレンの攻撃を受けていた。
明らかに様子がおかしい。異常事態だ。先程の顔無しのキョンシーが発動したPSIの所為だろう。
顔無しから伸びた大量のPSIの糸。それらは京香や霊幻には届かなかった。
――あれはエレクトロキネシスの一種ね。
まるで、ココミと同じような形態のPSIだ。
その顔無しはすでに空中へと戻り、クロガネ達の後ろに隠れてしまっていた。
「第六課の後輩とキョンシーに何をした!」
頭上の敵へ京香は叫び、意外にも答えは帰ってきた。
「カオナシのPSIを受けたのよ。みーんな、今、顔も声も何も分からなくなっているわ」
「ボク達の仲間、テレパシストのプロトタイプの一体ですね」
ウフフフフフフフフ。楽しそうにクロガネとシロガネが笑う。
「……面倒なことしてくれたわね」
つまり、認識が破壊されたのだ。エレクトロキネシスト関連の力を持った者以外、この場の全員が敵も味方も判別できなくなっている。
そうなると、恭介ではココミとホムラを守れない。
「霊幻、作戦変更。アタシはホムラとココミを抱えて逃げるわ」
「ああ、吾輩はチルドレンと呼ばれたキョンシー達を破壊する」
ダッ! 京香はココミとホムラの元へ走り出し、額に蘇生符を貼り付けた。
――使うしか、ない。
「アクティブマグネット!」
一瞬の躊躇いを振り払い、PSIを発動する。
バアアアアァァァァァン!
黒コートが弾け、周囲に砂鉄と鉄球が飛び出した。
――ッ!
マグネトロキネシスの発動。できる限り京香は出力を抑えた。
しかし、弾け飛んだ砂鉄と鉄球の余波はそれだけで、こちらへ手を伸ばしていたチルドレンの両腕が吹き飛ばした。
――また強くなってる!
歯噛みする。周囲には守らなければならない人間達が居る。扱い切れない力は暴力である。暴力では人間達を守れない。
――やれることをやるしかない!
足元に磁場を発生させ、京香の体が一メートル程浮き上がる。上下左右に揺れる不安定な飛行。だが、周囲に纏った砂鉄と鉄球はそれだけで周囲には脅威だった。
ギュン! 京香の体は加速し、十五メートル先のホムラとココミへ一瞬で到達する。
「ホムラ、ココミ、動ける!?」
「ココミを見れば分かるでしょう!? 早くココミを助けなさい」
「助けるからここから逃げるわよ!」
どうやらホムラは稼働できている。ココミの意地であろう。ココミは自身の機能を停止させてでも最低限姉を稼働させるだけのリソースを確保したのだ。
「捕まりなさい!」
ホムラとココミを砂鉄で抱き上げて、恭介達の姿を探す。彼は京香がホムラとココミを抱えたと理解できないはずだ。
――居た!
恭介は京香の左後ろ十二メートル先。アイアンテディに抱えられ、「ホムラ、ココミ何処だ!?」と叫んでいた。
――顔と声の認識が壊されてる。なら!
ジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリ!
砂鉄を擦らせ、向かって来るチルドレン達を壊しながら京香は恭介の前に立った。
「砂鉄!? 清金先輩ですか!?」
「そうよ、恭介、アタシの声が分かる!?」
「くそ! 何言ってんだ!? 僕は木下恭介だ! 仲間なのか敵なのか!? どっちだ!?」
やはり、恭介の認識は破壊されている。京香はポケットからハンカチを取り出し、地面に落ちていたキョンシーの死骸の血で文字を書いて恭介に手渡した。
〝きょうか、ほむら、ここみ、つれてく〟
ハンカチの血文字にフレームレス眼鏡の奥の瞳が大きく見開かれた。
「ホムラ、ココミ、PSI発動を許可する! 自己判断で清金先輩を手伝え!」
ピピピピ! ホムラとココミの首輪が鳴り、PSI制限が解除される。これで二体はいつでも好きな様にPSIが使える状態だ。
「良し! 良く伝わったわね!」
勘が当たった。どうやらこの認識の破壊は文字にまでは伝わらないらしい。
「外に出るわ! 捕まってなさい!」
ジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリジャリ!
京香の砂鉄が唸りを上げる。人間達は恐怖から離れようとし、チルドレン達は狂喜から近寄ろうとした。
「まあ! 待って京香! お母さんと一緒にいましょ! シロガネも新しい弟や妹もいっぱいここにいるから!」
「ネエサマ! 一緒に居ましょう! 話したいことがいっぱいあるんです!」
空中、クロガネとシロガネが落ちてくる。京香が逃げようとする気配を察したのだろう。
――オトウトとイモウト?
「戦いたいならアタシを追ってきなさい!」
意味をできるだけ京香は考えない。考えたくない。
京香は鉄球を前方に放ち、ドオオオオオオオオン! 大ホールの壁に大穴を開け、ホムラとココミを連れてそこから飛び去った。