⑤ カオナシ
***
星が動いている事実に恭介が気付いたその直後。
「『伏せろ!』」
フォーシーがPSI発動した。
ガッシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!
瞬間、大ホールの天井が突き破られ、そこから現れた何かがフォーシーのテレキネシスと激突する。
――何だ!?
凄まじい轟音。爆発と見まがうばかりの衝撃。
その全てをフォーシーは抑え込む。だが、衝撃は殺し切れなかったのか、その体は壁を突き破って飛んでいく。
そして、恭介は視認した。破壊された天井。落ちてくる無数のガラス片。そこにアネモイ、クロガネ、シロガネ、そして数十のキョンシー達の姿があった。
――モーバだ!
「霊幻!」
「ああ!」
視界の端で清金と霊幻が攻撃を開始、直後、モーバの一団から一体のキョンシーが下降する。
その腹は人が何人も入れそうな程に膨れていた。
「ッ!」
ココミが眼を見開き、ホムラの頭を抱きかかえた。
いつもとは違う。いつもならばホムラがココミを守るはずだ。
自身のキョンシーの違和感ある動き。どういうことか恭介が問い掛ける前にそれは起こった。
ボン! 落下してくるキョンシー。その大きく膨れた腹が爆発した。
「!?」
水風船が割れる様にその腹から溢れたのは天井を覆い隠さんばかりの大量の〝脳〟だった。
恭介の思考が止まる。
何故、脳なのか。
何故、こんなにもたくさんあるのか。
何故、何故、何故。
答えはすぐに出た。
「ココミ!?」
突如、ココミがその稼働を止め、ホムラが悲鳴を上げて抱きかかえた。その体は只の死体の様に力を無くしている。
――ココミ対策か!?
仕組みは分からない。だが、今、正に視界一杯に広がっている灰白色の脳はココミを停止させるための物だ。
「アイアンテディを着ろ!」
反射的に恭介が出した命令はフレデリカを守るための物だ。
ボチャボチャボチャボチャ。グチャグチャグチャグチャ。
「フレデリカ様、こちらに」
脳が降る中でシラユキがずっと引いていた巨大なトランクケースを開ける。
そこには折り畳まれ、分解されたアイアンテディが格納されていた。
「テディ! 起きなさい!」
フレデリカの音声命令。畳み込まれていた鉄の塊がバキバキバキバキと鋼鉄のクマへと変形する。
キイイイイイイィィィィィィイイイイイイィィィィィィン!
車椅子の上でフレデリカがPSIを発動し、吸い込まれる様にアイアンテディの背後の穴から内部に格納された。
「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
「ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
一拍遅れて来賓者達が声を上げ、出口へと逃げ出そうとする。
ワッと動き出す守らなければならない人間達。恭介達の動きが鈍った。
モーバ達からまた一体が地面へと降り立った。
「シラユキ! 行け!」
「了解、ご主人様」
シラユキが降り立ったキョンシーへと突撃し、恭介は気付いた。
今降り立ったキョンシー。そのキョンシーには顔が無かった。
薬品でもかけたのか顔中の皮膚は全て溶けていて、口の部分にだけ穴がある異形体。
その顔無しが、蘇生符を輝かせて言い放った。
「さあ、みんなものっべらぼうに成りましょう」
ブワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!
顔無しの頭から大量のPSIの糸が噴き出した。
クネクネクネクネ。糸は無差別に周囲に人間やキョンシーの頭へと伸び、頭に触れられた者達は直ぐにパニックを引き起こしていた。
――触れたらヤバい!
直感する。アレは触れたらマズい物だ。
しかし、糸の速度は速く、量も増大。恭介は逃げ切れず、その糸が頭に触れてしまう。
直後、恭介の認識する世界が変わった。
一瞬、何が変わったのかは分からなかった。だが、すぐに気付く。
恭介は〝人間とキョンシーを認識できなくなっていた〟。
まるでデッサン人形の様に、ありとあらゆる人間とキョンシーの、顔や体からパーツが消失し、つるんとしたのっべらぼうに成っていた。
「はぱh01うt-はえjbんま@!」
「qpばうmひゃphbは、あやいう!」
「あp105t7うあj5pはwhmなあym!」
声もそうだ。言葉として認識できない。
どの様なPSIかは分からない。だが、認識が破壊されたのだ。
――ヤバい!
「シラユキ、戻れ!」
シラユキも、いやこの会場の全ての人間とキョンシーがこのPSIを食らっただろう。ならば、恭介と同じ状態だ。今の声を言葉として認識できていないはずだ。
味方も敵も、何もかもが分からない。危機的状況だった。
咄嗟に恭介はフレデリカ、そしてホムラとココミを探す。
「かmNbaphama!」
フレデリカは見つかった。アイアンテディの形は認識できている。
だが、ホムラとココミが分からない。何があっても奪われちゃいけない。
恭介は思い出す。最後に見た時、あの二体はどんなポーズをしていた?
――ホムラがココミを抱えていたはずだ!
探す。一つののっべらぼうがもう一方を抱えているはずだ。
けれど、状況は待ってくれない。
「さあ、行きなさい子供達! みんなで夢を叶えるのよ!」
「ボクとカアサマにチルドレンの力を見せて!」
天井。そこにびっしりと浮いていた大小さまざまなのっべらぼう達。
それらが一斉に地上へと跳び下りた。
あれらは全て敵だ。ならば、跳び降りた理由は明らかである。
戦いが始まってしまったのだ。