1-35 蝶の羽ばたき
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霊幻は京香の左隣でPSIの糸で包まれた研究棟を見つめていた。
未知だったPSIのパラメータは解明され、霊幻にも視覚できる様に成っている。
「おっと」
バチバチバチ! 矢の如き速さで迫るテレパシーの糸へ、霊幻は広く薄く紫電を放つ。
エレクトロキネシス同士は干渉し易い。テレパシーの様な超精密操作が必要なPSIでは無効化されてしまう。
バチビリバチ! テレパシーを相殺し続けている霊幻の横で、京香が関口と通信する。
『思った通り、お前が連れて来たのは霊幻だけかよ』
「まあね、そっちは五体も連れて来たのね」
研究棟から東と北にそれぞれ三十メートル程度の位置で京香と関口は突入の確認をする。
『突入のタイミングは?』
「アタシ達が先に行った方が良いわよね? 役割的に」
『そだな。んじゃ、二十秒後に突撃してくれ。俺達はその五秒後に行く』
「了解」
シャルロットの通信を切り、京香は右手にトレーシーを構える。
「霊幻、二十秒後にアンタが突撃。一階で上手いこと暴れまわりなさい。アタシは後ろから追いかけて行くから」
「了解。撲滅してくれよう」
「うちのキョンシーだからできれば壊さないでね」
「難しい注文だ。コチョウならば壊れないかもしれんが、他のキョンシーが吾輩とまともにぶつかって壊れないとも思えん」
ハハハハハハ! 相棒の無理な注文に霊幻は大仰に笑いながら肩を竦める。
「さて、では行って来るぞ」
「ええ、すぐに追い着くわ」
バチバチバチバチバチバチバチバチ! 紫電を纏って霊幻は研究棟一階へと突撃した!
ウネウネウネウネ! ウネウネウネウネ! ウネウネウネウネ! ウネウネウネウネ!
侵攻を察知したのか、無数の糸の力場が霊幻へと伸びてくる。
しかし、そのいずれもが紫電と相殺し、霧散した。
「ハハハハハハ!」
高笑いを上げながら霊幻は研究棟の東壁へと突撃する。
「高鳴れ我が心臓よ!」
雄叫びを上げて右手を振り上げる。
バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチ!
拳は強烈な発光を見せ、急速に紫電のエネルギーを充電した。
霊幻のPSIの特徴は充電と放電。
物質にしばらく紫電を纏わせてスポットとするのもこの技能による物だ。
溜めた分だけ威力が上がる。単純にして強力な能力がこのキョンシーのエレクトロキネシスだった。
「ハーハッハッハッハッハ!」
虚空の心臓が激しく高鳴る! 拳の光が閃光弾の強さを越えた。
「放てぇ!」
体の勢いはそのままに霊幻の拳は壁面へと衝突し、瞬間、そこに蓄えられていた紫電のエネルギーが一挙に解放された!
バッチイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイィィィィィィィィィイン!
それは正に横に落ちる落雷だ。
ゴォロゴォロゴォロゴォロゴォロゴォロオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
絶縁性が破壊され、熱膨張した空気は衝撃波となって周囲へ稲光の音を鳴り響かせる。
研究棟の東壁はバラバラと崩れ落ち、トラックが入れる程の大穴が開いた。
霊幻の前方には数体の見慣れた同僚達が居た。
「さあ、撲滅の時間だ!」
キョンシー達の蘇生符が発光し、PSI力場が時空を歪める。戦闘の始まりだ。
一階では、テレキネシスト四体が地上に、そしてコチョウが天井近くに浮いていた。
「ハハハハハハハ! 第四課お得意のフォーメーションではないか!」
「……」
コチョウはヒラヒラと長い服の裾をはためかせながら、こちらを見下ろしていた。
「コチョウ! お前ほどのエアロキネシストが何故敵の手に落ちている!? さっさと意思を取り戻さんか!」
ハハハハハハハハハ! コチョウは無口であったが、自律型のキョンシーだ。
テレパシーでの洗脳は意思を奪う物では無く、認識や考え方を捻じ曲げる物なのだろう。
「……」
ハタハタと、コチョウが振袖の様に長い裾を両腕で羽ばたかせ、瞬間、二対の竜巻がその両脇に生まれた。
「ハッハッハ! やる気か!? やる気なのか!? 素晴らしい!」
コチョウのエアロキネシスの特徴は気体分子の運動量増加とその制御である。
体近くに生まれた気体の動きを強化し、制御するのがこれのPSIだ。
ビュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
ビュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
コチョウの両脇に生まれた二対の竜巻から強烈な音が鳴り、霊幻の体へと風圧が掛かる。
背後の紫マントが右に左に前に後ろにと無茶苦茶に動いていた。
風圧は凄まじい。両腕両足の駆動を阻害する。致命的な阻害では無いとは言え、霊幻の身体能力を二十パーセント程度下げる程度の風流が研究棟一階を吹き荒んだ。
キイイイイイイイいいイイイイイイいいイイイイイイいいイイイイイイイイン!
直後、地上テレキネシストの蘇生符が光輝き、周りにPSI力場の球体が生まれた。
テレキネシス。純然たる力の塊にして、PSIの始祖が霊幻へと放たれた。
バスケットボール大の球体は出鱈目な方向を向いた力の塊だ。まともに喰らえば体が捩じ切れてしまう。
風で動きを制限し、力球で捩じり切る。第四課の必勝パターン。
「ハハハハハハハ!」
蘇生符が輝き、自身へと向かってくる力球へ霊幻は紫電を放つ。
霊幻のエレクトロキネシスはこのテレキネシスよりも質は上。
だが、テレキネシスはその干渉性においてあらゆるPSIの上位にある。
霊幻の紫電を浴びたにも関わらず、力球の速度は変わらず真っ直ぐに向かってくる。
ビリビリビリビリビリ! 故に霊幻は地面へ、足元から床へと紫電を放った。
瞬時に床の一部はスポットとなり、同時に霊幻は地面と同符号の電荷の紫電を纏った。
クーロン斥力がその体を上方向へ弾き飛ばす。
霊幻は一秒と経たずコチョウと同じ高さまで飛び上がった。
視線は前方三メートルのコチョウ。左手への紫電のチャージはもう終わっている。
「……」
コチョウはヒラヒラハタハタ。軽やかに両裾を羽ばたかせて二対の竜巻を放った。
霊幻が紫電を解放したのはそれとほぼ同時だった。
「くらえ!」
バリバリバリバリ! 紫電はジグザグにコチョウへと向かい、二つの竜巻と激突した。
そして、中心がほぼ真空と化した竜巻に紫電は絡め取られ、威力を増して霊幻を襲う。
「ハハハハハ! 流石だなコチョウ! 撲滅のし甲斐がある!」
雷を絡め取った紫電の旋風が意思を持った鞭と成ってこちらを狙う。
即座に霊幻は天井と壁面へ紫電を放ち、クーロン力で部屋の中を飛び回った。
稲妻の様に飛び回るその体を地上からテレキネシスト達の力球が狙った。
「ハハハハハハハ! こう言う時電気は無力だな!」
電流では空気分子や力球の運動を直接止められない。
肉体に当てれば必殺。だが、運動量へのアプローチは不得手な分野だ。
洗脳されているにも関わらず、コチョウ達の脳には霊幻の戦闘データが残っているらしい。
中遠距離を保ち、連続的な攻撃で近中距離に近付かせない。的確な霊幻の攻略法だ。
懐に入れてある鉄片をスポットとして投げることもコチョウの竜巻が邪魔している。
「霊幻!」
「京香! 地上のキョンシーを撲滅しろ!」
霊幻の相棒がトレーシーを右手に盾の形にしたシャルロットを左手に参戦した。
ゴウ! ゴウ! ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオウ!
竜巻の風音の隙間にパシュ! パシュ! ビリビリ! トレーシーの音が聞こえる。
直後、ハタハタハタハタ! 更に一つコチョウが竜巻を生んだ!
狙いは京香。竜巻に巻き取られたら人間では一たまりも無い。
「どうにかしろ京香!」
「分かってるわよ!」
飛び回る。飛び回る。飛び回る。稲妻と化した霊幻がコチョウの周囲を巡回する。
速さは充分。だが、近付けない。
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオウ!
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオウ!
一瞬。一瞬でも隙が生まれればコチョウを射程に収められると言うのに、適切なタイミングで消えて、そして生まれる旋風が霊幻の進路の邪魔をしていた。
クネクネクネクネ! ウネウネウネウネ! クネクネクネクネ!
ウネウネウネウネ! クネクネクネクネ! ウネウネウネウネ!
更に加えて、無数の糸の力場が天井より生え、こちらを狙ってくる。
糸の出現場所は的確であり、一手でも対応を間違えれば霊幻の頭へと届くだろう。
あまりに正確なコチョウの竜巻と糸の力場の動き。演算能力だけでは説明が付かない。
霊幻は自分の思考がバレていると理解した。この研究棟の何処かに居るテレパシストはこちらの思考を読み取って、それをコチョウと共有しているのだ。
「ハハハハハハハ! 感嘆に値する! 京香、思考は筒抜けだ! 紫電を纏うか!?」
笑いながら下方の京香へ問い掛ける。全身へ三分程度ならば紫電を連続的に纏わせることができる。これを使えば思考が読み取られ無いだろう。
「まだ駄目! こんな所で使ったら勿体無いわ!」
「ならば、吾輩達だけでは倒しようが無いな!」
即座に判断する。唯一の撲滅手段を止められては、霊幻に出来るのは現状維持だけだ。




