③ 質問とアドバイス
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「何をどうやったのか、教えてもらっても良いかしら?」
地面に落ちた襲撃者の残骸が片付け終わった後、京香達は先日の大会議室に移動していた。
壁際ではケビンや中国のバツ担当者が京香達へジロリと眼を向けている。
「『簡単だぜ? 俺様がテレキネシスでバチンと叩いただけさ』」
「『フォーシーのPSIは速くて大きくて強いからねー』」
フォーシーとバツが笑いながら答える。彼らにとって先程の認識不可能な程の速度で放たれたPSIは当たり前の物らしい。
「『いやぁ! あれがフォーシーのPSIか! 生で見たけどやっぱやべぇな! 放出型のテレキネシス! 腕のPSIってのは本当だったんだな!』」
マイケルが興奮してフォーシーの周囲をグルグルと回る。その眼は研究者の物だ。
「『ゴールドに調べてるな、マイケル。そう、俺のPSIは放出型のテレキネシス。操作性はちと悪いが、出力は最強だし、発生速度なら世界で一番だぜ』」
フォーシー・ゴールドラッシュのPSIスペックは公表されている。
出力A、操作性D+の放出型のテレキネシスであり、その特徴は形と速度である。
フォーシーのテレキネシスは〝腕〟の形をしている。体の好きな所から生やせる超巨大なPSI力場は腕と手の形を象り、それが零コンマ一秒以下の速度で生まれる。
その腕が届く範囲については未だ公表されていないが、近中遠、全距離で対応可能とアメリカ合衆国は公言していた。
「『ハハハハハハハ。素晴らしいな。不可視で尚且つ認識できない速度の巨大な手か。流石、潰し屋だ。吾輩は恐ろしいぞ』」
「『お前らも潰したいゴミとか機械とかあったら言ってくれよ。どんな物でも俺様の手で潰してやるから』」
HAHAHAHA。〝潰し屋〟という霊幻の言葉へ誇らしげにマイケルが両手を広げた。
曰く、フォーシー・ゴールドラッシュは世界で最も基礎的なA級キョンシーである。
圧倒的な出力、圧倒的な速度。なるほど、それは素晴らしい。純粋な力のみを操るその能力はあらゆるPSIの基礎である。
だが、それはつまり。現代文明において応用性が少ないことを意味している。
ヨーロッパのアネモイの様な能力の拡張性や応用性はフォーシーには無い。
故に、フォーシーの仕事は潰し屋なのである。
企業、国、個人、それらが毎日の様に排出するスクラップ品、そこから出る金属系を圧縮するのがフォーシーの仕事だった。
圧縮された金属はまた別の場所で加工され、新しい機械や道具となって市場に戻る。京香達が使っている機械だって探せばフォーシーの手の入った物がすぐに見つかるだろう。
「『しかし、反省だ。俺様のPSIじゃ汚れが出る。折角の人間様のパーティーを邪魔しちまった』」
フォーシーが頭を振り、キンキラと照明の光が反射する。大仰な態度だが、言葉通り反省しているようだ。
「結果としてココミを守ってくれたんだもの。礼を言うわ。ありがとうね」
本来、ココミを守らなければいけないのは第六課だ。既に戦闘の準備は出来ていて、あのまま戦っていたとしても問題なく敵を撃退捕縛できていただろうが、京香はフォーシーの善意を否定したくなかった。
「『HAHAHAHA。キョンシーに礼を言うなんて珍しい。だが、悪い気はしない。俺様はその礼を受け取ろう』」
金色の髪を揺らしてフォーシーが一瞬何かを思い出す動作を見せた。
「『ああ、そうだ。一つ京香の行動に疑問があったんだ。何であの時PSIを発動しなかったんだ?』」
「え?」
突然の質問。だが、ぎくりと京香は固まってしまった。
「『襲撃者が現れた時だ。京香は盾で俺達を守ろうとしたよな? だが、マグネトロキネシスを展開した方がどう考えても勝率は安定するし、床も汚れない。何で使わなかったんだ?』」
フォーシーの質問は当然で、だからこそ核心を付いていた。
あの時、京香はシャルロットとトレーシーだけを使ってあの場を対処しようとした。霊幻、シラユキ、ホムラと戦力は揃っていたし、マグネトロキネシスを使う必要が無い。確かにそれは真実だった。
だが、あの場でPSIを使わなかった一番の理由は恐怖である。
京香のマグネトロキネシスは日を追うごとに出力が増していて、それに京香自身が対応できないでいた。
あの場で使って下手をすれば、来賓者にまで被害が出ていたかもしれない。
そして、もしかしたら、霊幻を壊してしまうかもしれない。
その恐怖がPSI発動を躊躇わせたのである。
「『ハハハハハ。京香のPSIは吾輩達の切り札であるからな。おいそれと使えんよ』」
「そうなの。それにあの場でアタシまでPSI使っちゃったら収集が付かなそうだったし」
「『なるほど。切り札か、それはゴールドだ。理解できるぜ』」
霊幻の助け舟に乗り、フォーシーは納得したように頷いた。
自分のPSIが不調、いや、絶好調過ぎることはできる限り外部には漏らしたくない。これは第六課の弱みに繋がってしまう。
――護衛に使い難いってのが面倒ね。
ぼろが出る前に京香はこの話をここで打ち切ると、はいはい、とバツが手を挙げた。
「『あ、バツちゃんも言いたいことあるよー、ホムラにねー』」
「ホムラがどうかした?」
「『バツちゃんからホムラにちょっとしたアドバイス? があるんだよー』」
「そこの中国の担当者に聞いてもらえる? そっちが許可したなら良いわよ」
京香が壁際の中国人研究者達を指さし、バツが「『話して良いー?』」と彼らから許可を取った。
「『ホムラのPSIの設置条件は〝見る〟ことなのかなー?』」
ホムラ達から三メートル離れた位置、バツが小首を傾げ、眼を覆った赤布が揺れる。
ホムラはいつもの様にココミと抱き合っていて、バツからの質問に苛立たし気にその隻眼を細めた。
恭介が京香へと目を向ける。少し考えて京香は頷き、許可を出す。キョンシーがわざわざアドバイスと言うのだ。悪いことになるとは考えにくい。
「『ホムラ、答えて』」
「『……ちっ。ええ、そうね。わたしのPSIは設置型。座標の設定条件は見ることよ。見てさ表敬を認識して、そこへ炎を作る。そういうPSI』」
ホムラの回答にバツが「『んー?』」と首を傾げる。
「『ほんとー?』」
「『ええ、本当よ。何? わたしが嘘を言っているとでも言う気なの?』」
「『違うよー。うん、でもそれなら、ホムラのPSIはバツちゃんとそっくりだねー』」
バツのPSIは確かにホムラと同じ設置型のパイロキネシスだ。座標の設定条件も同一の見ること。彼女のPSI出力は世界一位であり、反面のその操作性は著しく低い。
だからこそ、バツは今の様に目隠しをしているのである。
「『だから何? アドバイスとやらをくれるんでしょ? さっさと言いなさい。わたしはココミとおしゃべりしているの』」
「『あははー。ごめんごめん。じゃあ、バツちゃんからのアドバイス。ホムラ、君のPSI、その設置条件をよーく考えてみてー。そうすれば今よりももっと使い易くなると思うよー』」
「『ふーん、そう。頭には入れておいてあげるわ。もう良いわね』」
話は終わったとばかりにホムラはココミと共にバツの目の前から離れ、部屋の隅の椅子に座り込んだ。
「『うちのキョンシーがごめんなさい。アドバイスありがとうね』」
「『良いよ良いよー。火を操る子はバツちゃんの親戚みたいなものだからねー』」
アハハとバツが笑い、それにつられた様にフォーシーがHAHAHAと笑い出す。
その笑い声の中、京香は耳を澄ました。
「あ、パーティーが終わったみたい」
ガヤガヤと人々が出て行く音がする。どうやら、今日の仕事は終わったらしい。
本番は明日。明日こそモーバが現れるはずだ。