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① ハオハオ!

「『――長々とした話はここまでにして、皆様、前夜祭を開始しましょう。乾杯!』」


「「「『『『乾杯!』』』」」」


 壇上の司会者の号令の元、リバイバーズホテルのパーティ会場でグラスが掲げられる。


「始まっちゃったわね」


「ハハハハハハ。宴会の光景は良い物だ。これでテロ予告さえされていなければ申し分ない」


 京香達第六課はパーティ会場の壁際の邪魔に成らない位置で立っている。


 会場には多種多様な人種が居た。誰もがキョンシーに関しての各国の責任者なのだろう。


 普通とは違うのは、それぞれの国の者達がキョンシーを連れている点だ。警護用かそれともメンツを保つための観賞用なのか、この時点では分からない。


 視線の先で、要人達はにこやかに会話している。しかし、その裏では素体の優遇についてであったり、他国のキョンシー事情の入手であったり、京香には理解できない政治戦が繰り広げられているのだろう。


――居心地悪いわねー。


「……はぁ。お偉いさんの話も長かったし、お腹空いたし、目の前のローストビーフ美味しそうだし、疲れるわー」


「清金先輩、背筋背筋。見られてますよ」


 肩を落とす京香へ恭介が耳打ちする。彼の言う通り、こちらへチラチラと目を向ける人間達が多数居た。何故、悪名名高きハカモリがここに居るのか気に成るのは当然だ。


――ココミも居るしね。


 それにココミが居る事実がこの会場での緊張感を押し上げていた。


「『私は来華研究所の者だ。そこのキョンシーについてお話をさせてくれ』」


「ごめんなさい。今回、アタシ達は護衛なの。政治の話はまたの機会にね」


 また一人――おそらく、中国の研究者だろう――がココミとコンタクトを持たんと近づいて来た。


 この場の人間達からすれば世界で六体目のA級キョンシー、それも世界初のテレパシストが突然現れたのだ。降って湧いた機会。突撃するのは当たり前である。


「『我々にとってそこのキョンシーの価値は計り知れないものだ。話を聞かせてもらうだけでも報酬を払っても良い』」


――粘るわね。


 研究者の足が動く気配は無い。金もちらつかせてきた。かなり強固な態度である。


 困った。京香はこういう手合いが得意ではない。ヤマダやマイケルならばあしらえるだろう。しかし、京香は第六課の主任であり、応対する義務があった。


「ハカモリの上層部を通して。アタシにこの子を紹介する権限は無いわ」


「『ならば、あなたが繋いでくれ。あなたのことは知っている。清金京香、あなたにも興味があるんだ』」


 矛先が京香へも伸びる。その眼は好奇心の色に満ちていた。


――しょうがないか。


 少し強引にでも去ってもらう、と京香が決めたその時だった。


「『ダメダメー。相手が嫌がってるよー』」


 キンキンとしていて、それでも甘い声が研究者の後ろから響いた。


 現れたのは異様な風体のキョンシーだった。


 二つのシニヨンキャップ、真っ赤なチャイナドレス、手を引かせる付き人、それだけでも充分に目立つ外見であったが、これら全て無視できる程そのキョンシーに眼を引くところは顔にあった、


 眼を完全に覆い隠すほどグルグルにまかれた真紅の布がこのキョンシーの異様さを引き立たせる。


「『ハオハオー! みんなの可愛いバツちゃんだよー!』」


 各国のA級キョンシー開発成功事例に対し、中国が威信をかけて作り出した世界最高のA級パイロキネシスト、(ばつ)がトテトテと覚束ない足取りでそこに居た。


 バツが的外れの方向にピースピースとVの字にした指を向ける。


 京香達の成り行きを眺めていた人間達の空気がピンと張り詰めた。


 A級キョンシーがハカモリの第六課にわざわざ話しかけたのだ。これがキョンシーの気まぐれなのか、中国と言う国の意思なのか。この場の誰もこの行動の意図を予想する。


「『きみ、違う国の人に迷惑かけちゃダメだよー。それにこの人たちは今日の主役じゃ無いんだからー』」


「『失礼した』」


 京香に話しかけていた研究者が足早にこの場から立ち去り、バツとその付き人だけが残された。


 ニコニコとバツはゆっくりと頭を左右に動かし、シニヨンを揺らす。この場を立ち去る様子は無かった。


「感謝いたします、バツ。アタシはキョンシー犯罪対策局第六課主任の清金京香です。おかげで助かりました」


「『シー。お礼を言えるのはとてもいいことだよー。あと、できれば敬語は止めて欲しいな。バツちゃんはみんなと楽しくお話したいから』」


 ジッとバツが京香の方へ顔を向ける。その方向は先程からバラバラだ。眼を布で見えなくしているのだから当然と言えば当然である。


――どうしようかしら。


 先程とは違う意味で京香は困った。このキョンシーは京香と会話を――それも楽しいおしゃべりを――求めている。


 バツの付き人らしき男は何も言わない。どうやらこの場で態度を決めないといけないらしい。


 京香は目線だけを霊幻に送り、横に立たせた。


「うん。ありがとう。じゃあお言葉に甘えさせてもらうわ」


「『ハハハハハ! よろしく頼むぞバツ! 吾輩は霊幻! 京香の相棒だ!』」


 パァッと嬉しそうにバツのシニヨンが跳ねた。


「『ハオハオ! バツちゃんとっても嬉しい! ねえ、京香、霊幻、あなた達はバツちゃん達を守りに来てくれたんだよね?』」


「ええ、話はちゃんと伝わっているみたいね」


「『シー! 誰かに守られるなんてバツちゃんが稼働して初めてのことだよ! 嬉しいね。みんなのバツちゃんって感じがするね』」


――みんなの、か。


 資料には眼を通してある。バツと言うキョンシーの執着を一言で表すのなら〝承認欲求〟だ。


 自らのことをみんなのバツちゃんと呼び、色々な人へ話しかけては褒めて友達に成ってと要求する。


 その全ては自分を認識してもらうため。〝バツがみんなの大切なキョンシー〟であるために。


 言葉選びには気を付けなければいけない。かと言って変にかしこまるのも苦手だった。


「ねえ、バツ。不審なやつらは現れなかった? どんなささいなことでもアタシ達に報告してね」


「『シー。ちゃんと伝えるよ。バツちゃんもまだまだ壊れたくないからね』」


 その時、バツが京香の背後、壁際で二人の世界を作っていたホムラとココミに気付いた様だ。


「『きみたちがホムラとココミ? バツちゃんはきみ達にも会いたかったんだよー』」


 とてとてとて。付き人に手を引かれながら、バツがホムラとココミへと近づこうとした。


――あ、やば。


 それは許可できなかった。


 ココミはテレパシストである。その彼女が触ればどの様なキョンシーでも洗脳して手に入れることができる。


 実際にやるやらないではない。世界に五体しかない別の組織のA級キョンシーが無造作にテレパシストという劇薬に近づこうとする事実自体が大問題なのだ。


 恭介がギョッと眼を見開いてバツの前に体を割り込ませようとし、京香がバツの肩を掴んで止めようとした。


 が、京香と恭介は結果として何もせずに済んだ。


「『おっと、バツ、そいつはゴールド過ぎるぜ』」


 キイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン。


 声と音が上から届き、そこには金色の輝きがあった。


 炭鉱夫の服を着た、体の全てが金色のキョンシー、アメリカが持つ世界最高のA級テレキネシスト、フォーシー・ゴールドラッシュがバツの間に降り立った。

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