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③ この誇り高き尊さに




***




「カアサマは何処に行ったんでしょう?」


 テクテクテク。白いワンピースの裾を揺らしてタルタロスをシロガネは歩き回っていた。


 十三の潜水艦が連結した海遊都市であるタルタロス。そこに生きるキョンシーと人間達の日々は正に自由だった。


 太陽光を模した光が二十四時間の周期で明暗を繰り返す。それを基準に人間達は約十六時間と八時間のペースで起床と睡眠を、キョンシー達は思い思いの周期で起動と休止を繰り返すのがこの都市での日常である。


「ハイ! シロガネ! 一緒に飲まない? 良い神水が入ったの!」


「ごめんね。カアサマを探しているんです。見ませんでしたか?」


 上から下まで真っ白なシロガネの姿は異色の姿が多いタルタロスでもとても目立つ。


 道行くキョンシーや人々から話しかけられシロガネの足はあまり進まなかった。


 それを煩わしいとシロガネは思わない。彼らにとってエンバルディアを実現は悲願であり、そのための実行部隊は希望の象徴だ。特にシロガネはモーバの始祖の一体、クロガネの実の子供である。英雄視されるも当然だ。


「オーケー、またの機会に飲もう。カアサマってクロガネのことかい? 彼女ならタルタロス12で見たよ」


「え? ありがとうございます。行ってみますね」


 住民達はシロガネ達を愛しているだろう。それは恐怖や合理性から来ているとシロガネは知っていた。


 モーバに流れ着いたキョンシーや人間はこの社会から弾き飛ばされた異端者ばかりだ。


 キョンシーに夢を奪われたモノ、人間に壊されたモノ、人間であれなかったモノ、キョンシーを全うできなかったモノ。


 どれもこれもだれもかれもが人間ではなくキョンシーがこの世の支配者となることを望むに至った狂信者達。この理想が叶うなら、この夢を見れるなら、他の何を失っても良いと思えてしまった悲しい存在である。


 故に、人間は恐怖して、キョンシーは合理性から愛を見出すのだ。


――良いですね。素晴らしいですね。とても良い。


 それで良い。それが良い。理由を説明できない愛の価値は立証できないからだ。


 シロガネの歩幅にワンピースが揺れる。清純な少女の服装は良くこのキョンシーに似合っていた。


「偶には男の子の格好もしたいんですけどねー」


 キョンシーにとっての性自認が人間のそれと同じかシロガネには分からない。


 しかし、シロガネにとってのそれは男性である。


 確かにこの体は女性体だ。機能も十全である。


 けれど、最も大切な脳。その材料は男性の物が使われている。


「まあ、第一次成長期前の物なんですけど」


 フフっとシロガネは自分の材料に成った素体達の情報を思い出す。母たるクロガネが生んだ数多の第一世代。その中の最高値たるパーツだけを抽出して組み合わせて生まれたのが自分だった。


 シロガネは自らの生まれと死の誇り高さに胸を張りたくなる。


 どれ程の負担が母体であるクロガネに掛かっただろう。どれ程の兄弟姉妹達がシロガネが死に生まれるために生まれ死んだのだろう。


 その尊さに報いなければ。シロガネの行動の根幹である。


 報いるにはやはり、母に尽くさなければならない。


「あ、カアサマ!」


 そして、シロガネはクロガネを発見する。


 タルタロス12。その中央の管制塔の屋上で、黒衣の母が立っていた。


「カアサマ! 見つけましたよ!」


「あら、シロガネ、どうしたの?」


 管制塔の屋上に到達したシロガネへ、クロガネが顔を向けて小首を傾げる。


 ヴェールの奥の母の瞳は丸くなり、突然走って現れた子供の姿に驚いているようだ。


「どうしたもこうしたも、カアサマ、会議ですよ会議。A級キョンシー破壊計画の最終会議をやるって言っていたじゃないですか。タルタロス0で皆もう待ってますよ」


 シロガネがクロガネを探しにタルタロスを歩き回っていた理由はこれだった。


 本日、昼と夜の証明が切り替わる時間。シロガネ達モーバの実行部隊は次回作戦の会議を開く予定だった。


「え? 会議? そんなのあったっけ?」


「カアサマが設定したんじゃないですか! 九十二時間前にタルタロス2で神水を飲んでいた時ですよ!」


 とぼける様な態度の母へ、シロガネはもーっと過去の記録を語る。


 クロガネは偶に抜けている時がある。そういう所も可愛い母であったが、彼女のミスの尻拭いをするのはシロガネである。甘美な負担であるが、負担であることに変わりない。


「えーっと、……ああ!」


「思い出しましたか?」


「ごめんなさいね。すっかり忘れていたわ。考え事してて」


 あはは、とクロガネが笑う。その仕草には愛嬌があって、シロガネは怒るに怒れなくなってしまった。


「……大丈夫です、カアサマ。みんなには会議の開始を3時間後にしてもらいましたから」


「ありがとうシロガネ。あなたにはいつも助けられてるわ」


「……カアサマのためですから」


――ついつい甘やかしちゃいますね。


 こうして母に尽くせる時間がシロガネは堪らなく好きだった。


 やれやれとシロガネは蘇生符を振り、にっこりと笑った。


「で、カアサマ、考え事ってやっぱりネエサマのことですか?」


「ええ、あの子は今何をしているのかって考えていたらいつの間にかここに上ってたの」


「ネエサマ! ああ、ネエサマ! カアサマには話しましたよね! あのコウセン町でボクがネエサマと戦った話を! すごかった、ネエサマはやっぱりすごかったんですよ!」


 母にとって京香は夢を詰め込んだ存在で、母の夢はシロガネにとっても夢だった。


「聞いたわ。京香は元気だった? 痩せていないかしら? あの子はシカバネ町で辛いことがあったみたいだから。心配なのよね」


 はぁ、とクロガネは苦笑してため息を吐く。


 シロガネもクロガネも京香に過去何があったのかを知っている。


 辛い過去だ。人間ならば身を引き裂かれる様な痛みだ。


 キョンシーに人間の気持ちは分からない。だからこそ、シロガネはネエサマの在り方に感嘆を覚えずにはいられなかった。


「ネエサマなら大丈夫でしたよ。とても強く、気高く、一緒に暮らすのが楽しみなほどに元気でした」


「なら、良かった。シロガネも体に気を付けるのよ」


「はい! ありがとうございます!」


 嬉しい。とても嬉しい。母が心配してくれた。甘美な響きと快感だった。


 それでも、シロガネは気付く。母の瞳には寂しさが残ったままだ。


 原因は分かっている。分かり切っている。この場に京香が居ないからだ。


 クロガネがまだ清金カナエであった頃、その体を使ってただ一人産み落とした、人間とキョンシーの子。


 分かっている。クロガネにとって自分は作品で、京香は奇跡なのだ。


 二つの愛に差はない。だが、その在り方は違う。


 それに偶にシロガネは寂しいという感情を覚える。


「安心してください。カアサマ、次の作戦でネエサマに会えますよ」


「あ、そっか。そうね! そうなるんですものね!」


 声色が明るくなり、シロガネの胸が暖かくなる。


「ああ、楽しみね、シロガネ! 家族でまた会えるんですもの!」


「ええ! そうですカアサマ! また、ネエサマと話しましょう!」


 アハハ、ウフフ。シロガネとクロガネの、親子のキョンシーの声が響き合う。


 そうだ。会えるのだ。次、タルタロスが浮上する時、つまり、A級キョンシー破壊計画を実行に移す時、その場には必ずやシロガネのネエサマがそこに居る。


――ああ、どういう挨拶をしましょうか。

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