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② 次なる標的







 コンコンコンコン。


「水瀬だ。今問題無いか」


 マイケルの研究室のドアがノックされたのは、フレデリカとシラユキのささやかな歓迎パーティーが終わりを迎えた頃だった。


 テーブルに散乱した菓子袋やケーキの空箱、ペットボトルなどを片付ける手を京香達は止め、全員が顔を見合わせた。


――来客の予定は無いわよね。


「入ってください」


 ハカモリの局長、水瀬克則が第二課の主任、アリシア・ヒルベスタを連れて部屋に現れる。その顔は神妙で、厄介ごとを持って来たのだと分かった。


「パーティー中でしたか。フレデリカ、体に問題は無い様で良かったですね」


「アリシア。あなたとマイケルのおかげよ。体も脳もすこぶる元気!」


 ウフフ。アリシアがフレデリカの体を軽く触診し、良し、とレプリカブレインを撫でた。


「一応伝えておくが、まだ就業時間だからな。パーティーには早過ぎるだろう」


「良いじゃないですか。ハカモリが立て直されるまで、アタシ達は少し暇なんですから。久しぶりの部下との語らいくらい大目に見てくださいよ」


「給料をカットして欲しいのか?」


「マジで止めてください。買いたいゲームが山の様にあるんです」


 軽口を交わし、京香は部屋の奥、全員から見える位置まで水瀬を歩かせる。


 このまま談笑して彼が帰ってくれると良い。しかし、そうはならないだろう。


「ハハハハハハ! 克則よ、いつも以上に眼を鋭くして何があった!? 吾輩達に何を要求する!?」


「……清金、モーバの襲撃についての報告書は読んだな?」


「はい。水瀬さんが生きていて本当に良かったです」


「お前からの報告書も呼んだ。ご苦労だった」


「ありがとうございます?」


 京香は眉根を潜めた。まさか労うためだけにここへ来たはずが無い。


 本題を言え。言外にそう眼で訴える。水瀬は言うと決めたことを止める男ではない。遅かれ早かれ知る情報ならば、今知ってしまう方が効率的だ。


「ココミのテレパシーでシラユキの記録データを出力した話は知っているな?」


「ええ、1000テラバイトを超える超解像度な映像音声データが出て来たって言ってましたね。敵の本拠地が分かったんですか?」


 それなら水瀬がここに来たのも納得だ。本拠地が分かったのなら可能な限り早く攻めこまなければならない。それができるのは第六課だけだ。


 しかし、京香の予想はシラユキに否定される。


「いいえ、モーバの本拠地潜水艦タルタロスです。深海を動き回るあれらの場所を私は記録していませんよ」


「そう? じゃあ、何で」


「つい二時間前、テレパシーデータの解析が終わった。モーバの次の目的が分かったぞ」


 なるほど、と京香は頷いた。本拠地が分からずとも、目的地が分かれば先回りできる。これもまた第六課なら対応できる仕事だった。


「へぇ、何だったんですか?」


「A級キョンシー破壊計画。それがモーバの次の作戦だ」


「ハハハハハハハ! それは穏やかではないな!」


 京香はアネモイを思い出す。かのA級キョンシーをモーバはまんまと物にした。それだけでは飽き足らず、他のA級キョンシーにも手を出そうと言うのか。


 自然とシラユキへと視線が集まった。彼女の記憶から読み取った情報である。何か知っていることがあるはずだ。


「シラユキ、何か知っているか?」


「覚えていないわご主人様。モーバの作戦に関わる重要情報を私達ただの一般兵は記録できない様にしていたもの。むしろ良く記録データを復元できたって吃驚しているところよ」


 ココミのテレパシーが為した神業。当のキョンシーはソファでホムラと抱き合って残ったクッキーを食べさせ合っている。


「敵のターゲットは? どのA級キョンシーを狙っているんですか?」


「ターゲットは二体居る。アメリカのフォーシー、それと中国のバツだ」


「二体? アメリカと中国、二か所を同時に襲う気なんですか? 戦力も無いのに?」


 不可解な行動である。


 昨年の秋頃。京香は地中海のモルグ島にてA級のエアロキネシスト、アネモイと相対した。故に分かる。A級キョンシーを相手に正面から戦うなど愚か者のすることだ。


 そして、現状、モーバが保有する最高戦力はアネモイである。A級キョンシーを破壊するのなら、このアネモイを使うだろう。それ以外にA級キョンシーを抑え込める手札はこの世に無い。


――もしかして、モーバは他にA級キョンシーを持っている?


 最悪の想像をする。一つのテロ組織に二体のA級キョンシーが居るなど、撲滅するのにどれ程の犠牲を払えばいいのか。


「いえ、キョウカ、今回の敵の目的地は一か所ですよ」


 不安を悟られたのか。アリシアが水瀬の情報を補足する。


「ああ、なるホド。もう来月デスカ」


「ヤマダ? 何か分かったの?」


「京香、今度のキョンシーサミットが何処でいつやるのか知っていマスカ?」


 キョンシーサミット、ヤマダの口から出たこの言葉ならば知っている。国々のキョンシー技術や部門の責任者が集まり、今後のキョンシー生産やキョンシー犯罪対策について話し合う会合である。


「来月の二月中旬。アメリカのカリフォルニア州、ゴルデッドシティでこのキョンシーサミットが開かれる。しかも第百回目だそうだ」


 百回目。記念するべき数字である。水瀬がうんざりと肩を竦めた。


「既に裏が取れている。ゴルデッドシティでのサミットにはフォーシーとバツが出席する」


「何でわざわざ? 人間達が話し合えば済むことですよね? フォーシーだけなら分かりますけど、バツをアメリカに来させる理由なんてありませんよ?」


「記念するべき第百回のサミットに世界のA級キョンシーを集めたパーティーをしようという話だ。乗ったのは中国だけだったがな」


「ハハハハハ! なるほどメンツを保ちに行くのだな! 分かり易い! 生者は合理性から離れる物であるからな!」


 メンツ、言い方を変えるならプライド。なるほど、確かにそれならば理由は分かる。


 ある意味でバツと言うキョンシーが生まれたその物の意味だからだ。


「水瀬局長、今すぐにでもサミットがテロに狙われていると伝えるべきです」


「既にやっている。聞く耳はあまり持たれていないがな」


「私達の悪名が悪い方向に作用してますね」


 ハカモリは世界でも有数なキョンシー犯罪の揉め事処理屋である。日本だけでなく数多くの国でキョンシー犯罪を潰し回ってきた。その手段は凄惨極まり無く、度々問題視も受けていた。


 キョンシーサミットと言う公的な会合においてハカモリの様なグレーな組織の言葉は聞き受けられにくい。


 何かできることは無いかと京香は周囲を見、マイケルへと目が止まった。


――確か、マイケルは……。


「マイケル、あんたは元々アメリカに居たのよね? 何かコネ無いの?」


「えー、昔世話に成った教授が参加してるかもだけどなー。少し調べてみるぜ。ちょっと待っててくれ」


 すぐにマイケルは部屋奥のパソコンへと向かい、カタカタとキーボードを打ち始めた。


 ゴホンと水瀬が咳払いし、京香へと視線を戻した。


「とにかく、ギリギリまでアメリカと中国にはA級キョンシー参加の取りやめを依頼する。だが、それが駄目だった場合、清金、お前達第六課を現地へ派遣したい」


「したい、なんて、珍しい言い方ですね? 普段なら〝しろ〟って言うのに」


「詳細は後日話すが、今回の任務には第六課全員が必要に成る。〝ココミ〟もだ。清金、任務を受けるか?」


 ココミはハカモリが守り通さなければならない爆弾である。にもかかわらず、このキョンシーが今回の作戦に必要とはどういうことか。


 京香は思案した。今の第六課には不安材料が多い。


 一つ目は自分のPSIの不調。出力が上がり過ぎて今までの様には使えない。


 二つ目はココミ。何があっても守り切らなければならない、世界で唯一のテレパシスト。


 三つ目は霊幻。その寿命は刻一刻と近づいている。できればPSIを使わせたくない。


 全てを加味し、決め手となったのは霊幻の笑い声だった。


「ハハハハハハハ! 何を迷うことがある! 敵が来るのだろう! A級キョンシーを破壊しに来るのだろう! ならば、吾輩達はそれを撲滅するだけでは無いか!」


「……そうね。その通りね」


 京香は頷く。第六課としての在り方を、第六課に込められた祈りを、決して捻じ曲げてはいけないのだ。

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