① 顛末
ピッ。ピッ。ピッ。
聞き慣れた電子音で恭介は眼を覚ました。
クリーム色の天井。消毒液の匂い。恭介は自分がハカモリの医療班から緊急手術を受けたのだと思い出した。
「……キョウスケ、眼を覚ましましたカ」
すぐ近く、パイプ椅子にヤマダが座り、その背後にセバスチャンが立っていた。彼女は読んでいた文庫本を閉じ、恭介へと顔を向ける。
「おはようございます。どれくらい僕は寝てました?」
「今日は一月十九日。まる一日以上寝ていましタ。血を失い過ぎましたネ」
視界がややぼやけている。眼鏡を恭介は探し、ヤマダが「これデスネ?」と手渡した。
「ありがとうございます。……で、あの後、どうなったんですか? 僕はすぐに手術室に担ぎ込まれたので良く分からなくて」
「エンバルディアは撤退しましタ。アネモイはやはり化物デスネ。あっと言う間に地上の襲撃犯全員を連れて飛んでいきましたヨ」
恭介達からクロガネ達が撤退した後、すぐにヤマダ達の所にもアネモイが現れ、そしてエンバルディアの面々を回収した様だ。
「結局、今回はワタシ達の負けデス。第一課、第四課、第五課の約半数の捜査官とキョンシーが死亡と破壊。残りの二割が重症。立て直しに二ヶ月はかかるでショウネ」
「そんなに、死んだんですか」
死者数が多い。きっと恭介の同期や先輩、後輩が何人も死んだだろう。
「キョウカやミナトの不在が致命的デシタ」
やれやれとヤマダは首を振り、首元のガーゼがチラリと見えた。
「ああ、でも、キョウスケ、良くココミを守リ切りマシタ。おかげで最低限の勝利条件は達成できマシタ。シラユキという敵のキョンシーも一体、壊さずに捕縛できマシタシ」
「死ぬかと思いましたけどね」
「死ななかったなら上々デス」
「そういえば、ヨダカは?」
「現在修理中デス。あのキョンシーも中々しぶといデスネ」
死にかけで実際大怪我を負ったが、最低限の仕事をこなせたようだと恭介は少しだけ安堵した。
「……今は、みんな、何をしているんですか?」
「キョウスケの様な重症人は治療中。他は事後処理に追われてマス。幸い、第二課と第三課の被害は軽微デシタ。明日には終わってるでショウ」
あれだけの被害が出たと言うのに逞しい。既にハカモリは次を見ている様だ。死者を悼む時間はほとんど無い。
「ゆう――フレデリカは?」
最後に恭介が気に成ったのは妹の所在だった。アイアンテディから出され、捜査官達に運ばれた後、彼女がどうなったのか恭介は知らない。本人は手術室まで同行しようと暴れていたのをぼんやりと覚えている。
「六時間前にマイケルが睡眠薬で無理やり眠らせマシタ。今は別の部屋に居ますかラ、起こしてきマスヨ。キョウスケも会いたいでしょうカラ」
そこまで言ってヤマダは立ち上がり、「それじゃあワタシはコレデ」とセバスチャンを連れて部屋から出て行った。
ヤマダ達と入れ替わる様に入室したのはホムラとココミ、そしてシラユキだった。
三体のキョンシーの背後には第二課の捜査官三名が立っている。
「起きたのね」
「……」
「ん。おかげで生きてるよ」
恭介は三体のキョンシーの体を見る。砕けたココミの指は治療され、見た目の上では元通りの様だが、シラユキの両腕は破壊されたままだった。
「お前らは何でここに? 何かあったの?」
「うざったいけれど、用があるのよ」
「……」
ホムラが顎で背後の捜査官達を指し、彼らが恭介の前へと踏み出した。
「木下捜査官。このシラユキというキョンシーへ命令を出して欲しいんです」
「一体どんなものでしょう?」
「シラユキからエンバルディアに繋がる情報を調べたいのですが――」
そこまで言って捜査官はシラユキの蘇生符に触ろうとする。
直後、
パキパキパキパキパキパキ。
「ご主人様の許可なく、私に触れないで」
冷ややかにシラユキがPSIを発動し、捜査官達から一歩距離を取った。
「――と、言う訳です」
第二課の捜査官達が困った様に肩を竦める。
なるほど、と恭介は理解した。シラユキの態度はキョンシーとして正しい。主の許可なく他者に体を許さないと言うのは使用者からしても安心である。
「シラユキを調べると言うのはどの様なことをするんですか?」
「今のところお考えているのは、頭を開いて海馬を採取する、それと蘇生符のデータを読み取るですかね。後は大脳や小脳を調べて脳へどんな処置をしているのかというのも調べたいですが」
「調査の後、元に戻せますか?」
「難しいですね。蘇生符のデータなら戻せますけれど、切断した海馬を完璧には戻せる可能性はとても低いです。基本的には廃棄からパーツ毎のリサイクルを考えてます」
この調査内容は第二課の総意であり、水瀬部長の許可は得ているのだろう。
だが、同時にそれで良いのかという疑問が恭介にはあった。
「できればこのままシラユキは戦力として使いたいと僕は思うんですが」
「桑原主任と長谷川主任も同じことを言っていました。ですが、エンバルディアの調査は急務です。すぐにでも解体して敵の目的や居場所を調べる必要があります」
――こっちは寝起きだってのに、あんまり頭を使わせないで欲しいな。
別に恭介とすればシラユキを解体しようが何しようが構わない。それが最善手であるのかどうかが重視していた。
視線をさ迷わせ、ココミへと定まり、少し恭介は考えた後、口を開いた。
「ココミ、お前のテレパシーならシラユキの記憶を読み取れるな?」
「何? ココミに読み取らせようって言うの? ココミの脳にまた負担を掛けるつもり? 許さない許さない許さない。今回の戦いだって本当は今でも許していないのよ?」
「……」
ホムラが恭介へと顔を迫らせ、隻眼を大きく見開く。首輪さえなければパイロキネシスを発動していたかもしれない。
――ココミ、答えろ。シラユキはこれからのお前達の護衛にも使えるかもしれない。お前のPSIでシラユキの脳を調べられるか?
迫るホムラを無視して恭介はココミへと胸中で問う。このキョンシーはとてもいい性格をしていると恭介は理解してきていた。
(……分かった。調べる)
「ココミが調べてくれるそうです。なのでシラユキの解体は少し待ってください」
「……残念ですが、分かりました。テレパシーで調べ切れなかったらその際は解体しますがよろしいですね?」
恭介は頷き、続いてシラユキを見た
「シラユキ、彼らの調査に協力しろ。解体されそうに成ったら抵抗して良い。ただし、キョンシー犯罪対策局の人間は殺すな。それと、後でマイケル・クロムウェルさんを見付けて両腕を治してもらえ」
「分かったわ、ご主人様」
ならば、とでも言う様に、キョンシーと人間達は足早に部屋を出て行こうとする。
ホムラとココミ達が部屋を出る直前、恭介は「あ、待って」と呼び止めた。
「……何?」
「……」
「ホムラ、ココミ、今回はお疲れ様。助かったよ、ありがとう」
「……ふん」
「……」
有効的な返事はせず、ホムラとココミは今度こそ恭介の視界から消えた。
それを見送って恭介は「ふーっ」と息を吐く。寝起きに色々話されて疲れてしまった。
――ゆ、フレデリカはそろそろ来るかな?
ヤマダは別の部屋にフレデリカは寝かされていると言っていた。そう遠い場所に居る訳でも無いだろう。
なら、おそらく、そう時間が掛からない間にフレデリカはこの部屋に来るに違いないと恭介は予想する。
「ああ、なら、何を話そうか」