④ 蝋の翼は融解寸前
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【タイミングを計って突撃】【さくらは無事か?】【たった二体相手にこの人数って】【うわぁ、第六課と一緒の仕事かよ】【A班は北、B班は東、C班は後方から】【エレクトロキネシスを使う時の注意点はっと】【どうしたもんかねぇ】【ハンパねえ。さっさと終わらせるか】【さて、僕達の役割は】【対象は二体】【テレパシーってマジかよ?】【外から爆撃すれば良いのに】【あ、ラーメン食べたい】【撲滅撲滅撲滅撲滅撲滅撲滅撲滅撲滅撲滅撲滅撲滅撲滅撲滅撲滅撲滅撲滅撲滅撲滅撲滅】【エアロキネシストの飛行隊が使えれば楽なのに】【イルカくん撫でたいなぁ】【脳味噌が残れば良いなぁ……無理か、第六課居るし】【今日は徹夜確定かぁ。絶対転職してやる】【はてさて、どうしたもんですかね?】
――ああ。
ココミは滅びを察知する。ハカモリの研究棟から半径百メートル。
第四課から第六課の人員とキョンシー達が包囲網を作ろうとしていた。
ズキズキズキズキ。人数は二十三、キョンシーは三十。いずれもエレクトロキネシスト。
自分のPSIがテレパシーだとバレてしまっている。
「~~♪」
マイケルの鼻唄が聞こえた。
この建物に居る全ての人間にはテレパシーを使って洗脳している。研究棟が囲まれている事実に気付いているのは、それが不都合なのは、ココミだけだ。
ココミは計算する。テレパシーの力場、これは百メートル先の敵に届くだろうか。
答えは可能だが有効では無い。距離としては届く、だが有効射程範囲からは外れている。
相手はエレクトロキネシスト。数本程度のイトでは届かない。
キョンシーを連れた人間達とまだエレクトロキネシスを発動していないキョンシー達の思考は頭に流れ込んできていた。
だが、肝心の、自分にとって唯一無二の武器であるテレパシーによる洗脳が届かない。
ならば、ココミに取れる手はたった一つだ。
ズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキ!
――痛く、ない。
ココミは頭を揺らさない様にゆっくりと俯いて瞳を閉じた。
【帰ったら結婚しよう。相手居ないけど】【駄目だ、どの研究員とも連絡が付かない】【清金さん、本当にこの人が第六課の主任?】【C班に最終確認を】【A101から103は短距離エレクトロキネシス。B202は中距離……ああ、もう普段使ってるのはエアロキネシスなのに!】【撲滅撲滅撲滅撲滅撲滅撲滅撲滅撲滅撲滅撲滅撲滅撲滅撲滅撲滅撲滅撲滅撲滅撲滅撲滅撲滅撲滅撲滅撲滅撲滅撲滅撲滅撲滅撲滅撲滅撲滅撲滅撲滅撲滅撲滅撲滅撲滅撲滅撲滅撲滅】【あれが狂笑の霊幻。噂通りイカれてやがる】【おい! 佐藤に鈴木! コイツに絡まれてる俺を助けろよ!】【撲滅撲滅うるせえ】【突撃まで後十分】
雑音がうるさい。脳を抉る。そんな物はどうでも良い。
瞼の向こうにはリペアカプセルで眠らされる愛しい姉の姿がある。
「スー、ハー」
大きく深呼吸。集中を、感度を上げて、激痛の数が指数関数的に増加する。
――上げろ上げろ上げろ上げろ上げろ上げろ!
ココミの頭からイトが伸びる。
無数に、痛みと比例して急速に、イトは増え、ココミの全身を包んで行く。
全身の神経とPSI力場を接続する。
――上げろ(いたい)上げろ(いたい)上げろ(いたい)上げろ(いたい)上げろ(いたい)上げろ(いたい)上げろ(いたい)上げろ(いたい)上げろ(いたい)上げろ(いたい)上げろ(いたい)上げろ(いたい)!
剥き出しに成った神経に雑音が捩じ込まれていく。ココミを包んで行くイトは密度を増し、肩甲骨から首に掛けて二対の強烈な密度を持ったイトの塊が生えていった。
感度増幅器としてのその形はさながら翼の様だ。
――上げろ上げろ上げろ上げろ上げろ上げろ上げろ上げろ上げろ上げろ上げろ上げろ上げろ上げろ上げろ上げろ上げろ上げろ上げろ上げろ!
求めるのは何処までも高く飛べる蝋の翼。
二メートル、四メートル、八メートル、十六メートル!
翼のサイズが大きく成り、研究棟の外にまで伸びて最後には約三十メートルと成った。
【夕飯はゲームしたいまたあのキョンシー疲れた~あの人は何時帰っ二次関数って何カレーと後はサラなんか変な集団が居るお腹痛いあなた今夜欲しいフィーバーナイトだこの人を殺してしまえ苦しいのね辛いのねば楽に成るのかな臭い苦いあああ可愛いわ万里あぁまた壊れた三回行動だと筋肉痛だなこでも駄目よやっぱり全部やり直さなきゃれはあそこで何でボールを取れなかったのかゴォォール!】
聞く意味の無い近場の教育機関にまでテレパシーの範囲が広がる。
クラクラクラクラクラクラクラクラクラクラクラクラクラクラクラクラクラクラッ!
ココがギリギリだ。これ以上は墜落する。
ズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキ!
激痛は最高潮。蝋の翼は融解寸前。されど、光は消える直前こそ強く瞬くのだ。
「……羽ばたけ」
巨翼が羽ばたき、億を越えるイトが一瞬にしてハカモリの研究棟を包み込んだ。
「来れば良い。凌いでみせるから」
覚悟を込めて、ココミは翼を羽ばたかせる。
――上げろ上げろ上げろ上げろ上げろ上げろ上げろ上げろ上げろ上げろ上げろ上げろ上げろ上げろ上げろ上げろ上げろ上げろ上げろ上げろ上げろ上げろ上げろ上げろ上げろ!
痛みが体へ亀裂を走らせる。
皮膚を裏返しにして砂利を擦り付けた痛みを数百倍にした刺激。
そんな物は幻痛だ。
だって、全ての痛みをココミはこの言葉を思い浮かべるだけで無視できるのだから。
――おねえちゃん。




