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⑨ 壁の向こうへ




***




 シカバネ町東端、外壁。フレデリカはマイケルと共に壁の前で待機していた。どちらも光学迷彩を被り、互いの姿は見えていない。


「マイケル、まだ、まだなの?」


「待ってろ、恭介から合図が来るんだろ?」


 カタカタカタカタ。タイピングの音がする。シカバネ町の外でもマイケルはパソコンを弄っていた。


 キョンシー技師として彼がここに居るのはフレデリカの状態把握と壁の向こうで戦う兄達の様子を確認するためである。


 フレデリカは歯がゆく、アイアンテディの中で目を瞑る。テディの眼から以外光が入らないこの世界で目を閉じてしまえば視界は真っ暗闇だ。


 サイコキネシスを稼働していないテディはダランと座っていて、その中でフレデリカは必死に祈る。


――お兄様、お兄様、お兄様。フレデリカを早く、そこへ、戦場へ呼んで。お願いだから。


 決戦前夜。フレデリカの我儘を恭介は聞き入れた。すなわち、フレデリカが恭介の為に戦うことを許可したのである。


 しかし、兄はフレデリカへシカバネ町の東端の外で待機している様に命令したのだ。


 フレデリカは理解できる。自分を予想外の一手として扱いたいのだ。敵はハカモリの戦力をほぼ完全に把握している。その中でフレデリカの存在は完全なる予想外だ。


 ならばこそ、フレデリカは意識の外から一撃を与えなければならない。


 故に、フレデリカとマイケルはここで待機している。半キョンシーとしての聴覚を研ぎ澄まし、壁の向こうの兄の合図を決して聞き漏らさない様にして、いつでもサイコキネシスを発動できる体勢を整えていた。


 フレデリカの耳には戦闘音が聞こえる。壁に吸収され音は大きくなかったが、それでも明確に兄が傷付く音がした。


 戦闘が始まって既に五分。兄はどうなっている? どれだけの怪我を負っている? もう既に寝てなければいけない程の大怪我を負っているのに。


 フレデリカは分かっている。木下恭介の戦力は決して高くない。真正面からでは本職の戦闘員相手には絶対に勝てない。


 ホムラとココミは優秀なキョンシーだ。だが、身体が接触してなければまともに動くこともできない様では近接戦において役立たずである。


 ヨダカが増援に来ているが、一体で勝てる様な相手では無い。


 ギリッ。四肢を失った自分では噛み締める事しかできない。


「フレデリカ、脈拍が乱れている。息を整えろ」


「ええ、ええ、大丈夫。すぐに戻すわ」


 早く早く早く、自分を呼んで欲しかった。


 自分が兄の盾に成るのだと。自分がたった一人残った兄を守るのだと。それだけが今のフレデリカの望みだった。


――ああ、お兄様。フレデリカは、私は、もう死んでも良いの。だって、こんなに壊されちゃったんだもの。お兄様のために命を使った方が、その方が尊いじゃない。


 きっと兄はフレデリカの望みを許さない。先回りして自己の生存を優先する様に命令されている。


――お願い、お願い、お願い、お兄様。私の命を使わせて。


 木下優花の記憶、フレデリカの記録。それらが混ざった物はフレデリカと木下優花の精神を歪ませる。それで良い。兄を救えるならそれで良いのだ。


――駄目、駄目、駄目よフレデリカ。無用な感情は消しなさい。やるべき事は明確でしょう?


 蘇生符の人格が昂ろうとする感情を沈める。この感情の揺れはレプリカブレインと木下優花の脳との間で起こる不具合の様な物なのだろうか。


「フレデリカ、来るぞ、準備しろ」


 キイイイイイイイイイイィィィィィィィィイイイイイイイイイイイイイン!


 フレデリカは瞳を開け、同時にサイコキネシスを起動し、アイアンテディが立ち上がった。 意識は前へ、壁の向こうへ、そこに兄が居る。


 兄の合図を聞き漏らさない様、耳に全神経を集中させた。


「行くわよ、テディ」


 三秒後、合図は来た。




「来い、フレデリカあああああああああああああああああああああああああああ!」




 兄の声だ。シカバネ町の高い壁を越えて聞こえる程の記憶にない程の大声。彼がこれほど大きな声を出せるとフレデリカは知らなかった。


 ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!


 全身全霊のサイコキネシス。瞬間的に加速したアイアンテディが轟音を流して壁を破壊する!


 そしてフレデリカは兄を見付ける。兄は左肩を抑えていた。そこからは血がドクドクと溢れ出している。腹の傷も開いたのだろう。腹部からも出血していた。


 一瞬、フレデリカの思考は真っ白に成った。


 血が出ている。出血量は多大。手当をしなければ命に関わる。何故? 戦っていたから。


 蘇生符が高速で言葉を出す。それら全てがフレデリカにとってはどうでも良い。今、彼女が望むのは兄を助けるというただそれだけだ。


「「!」」


 敵が、氷の剣を兄へと突き出さんとしているキョンシーがフレデリカの登場に眼を見開いている。




「お兄様あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」




 キイイイイイイィィィィィィィィイイイイイイィィィィィィィィイイイイイイイイィィィィィィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイン!


 アイアンテディが駆け抜ける。兄の前に、敵の前に、鉄塊の重さをそのままに体を入り込ませた。


 敵の攻撃モーションは終わっている。氷の剣はアイアンテディへと突き出され、それよりも一歩早く鋼鉄の爪が振り下ろされた。


 キョンシーの体はテディの圧倒的な膂力で地面へと叩き付けられる。


「下がりなシラユキ!」


「おに――」


「フレデリカ! そのまま押さえ付けろ!」


 フレデリカが無意識に兄へ駆け寄ろうとする前に命令がその体を拘束する。


 キイイイイイイイイイイィィィィィィィィィィィィィイイイイイイイイインン!


 アイアンテディでフレデリカはシラユキと呼ばれたキョンシーの上に覆い被さった。


 パキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキ!


 シラユキに触れているところから急速にテディが冷えていく。触れれば皮膚が貼り付いてしまうだろう。しかし、テディの中でフレデリカの体は浮いている。多少の冷えならば問題は無い。




「お兄様!」


「木下恭介がココミへ勅令する! こいつを操れ!」




 恭介の命令にココミは蘇生符を真っ白に輝かせ、左手でシラユキの額に、すなわち、蘇生符を触った。


 パキパキパキパキパキパキ!


 ココミの柔肌が一瞬にして凍り付く。だけれど、フレデリカの視界は見た。ココミの頭から現れた大量のテレパシーの糸。それが左手を伝ってシラユキの頭へと流れ込んでいく。


「あっ、ァッ、アっ、アッ!」


 シラユキが痙攣する。今まさにその脳を無理やりに書き換えられているのだ。


「ッ」


 二秒後、ココミはシラユキから手を離し、それで処置は終わっていた。

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