⑦ 熱、氷、炎
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「恭介様、敵が来ます」
「ん。分かった」
ヨダカの言葉に恭介はシカバネ町東端の壁から背を離した。
「ホムラ、ココミ、準備は大丈夫だね」
「うるさい。誰に言ってるのよ」
「……」
「良し。いつも通りだ」
緊張と恐怖が浮かび上がる。けれど、恭介は何処か冷静だった。貧血の頭が功を奏したのかもしれない。
「長谷川主任。それじゃ、よろしくお願いします」
「任せてください。一緒に生き残りましょう」
既にすぐ近くでは長谷川がキョンシー達を整列させ、戦闘の準備を終えていた。
恭介達もそうだ。首輪を停止させたホムラとココミはジッと敵が来る方向を見つめているし、ヨダカは白鞘から大太刀を抜いている。
「ホムラ、ココミ、僕のことは気にせず動かしちゃって良いよ。少し腹の穴が空くくらいなら我慢するさ」
「気にしたことが無いわ」
「……」
「頼もしいね」
ホムラとココミは背後の主に眼も向けず、視線を前に向けたままだ。
そして、ヨダカの言う通り、すぐに敵が現れた。
ギュルギュルギュルギュルギュルギュルキキーーー!
車輪を回したベンケイ、それに乗った切れ長の眼の男、ヨシツネ、そして、ダイヤル付きのゴーグルを装着した老婆と白い服で黒髪のキョンシー――報告にあったカーレンとシラユキだろう――が恭介達の前方十五メートル先で停止する。
「やあ木下恭介! こうして顔を合わせるのは初めてだねぇ! あたしはカーレン!」
「初めましてカーレン。あなたのことは色々と聞いているよ」
「カッカッカ! 上森幸太郎のことだね! あれは素晴らしい敵だったよ!」
前方の老婆は恭介が所属する第六課について因縁深い相手だ。先代の主任と副主任、上森幸太郎と不知火あかねの命を奪い、清金京香を一度壊した人間である。
もしも、この場に当時を知る第六課の者達が居たのなら、あるいは激昂し、あるいは冷静に、殺意を振りまいていたかもしれない。
――そういう意味じゃ、ここに居たのが僕で良かったのかもしれないな。
京香が暴走したら恭介では止められない。前に彼女を気絶させられたのは運が良かっただけだ。
「前はやってくれましたね。キョンシーも仲間もかなりの数が亡くなりましたよ」
「カッカッカ! こっちもハクゲイを壊されたんだ、お相子じゃないか!」
「攻めてきたテロリスト共がほざく台詞じゃないんですよ」
長谷川がやれやれと首を振る。怒りは見えない。彼は何処までも冷静だった。
恭介は気付いた。長谷川の重心は既に前に寄っている。いつでも駆け出せるようにしているのだ。
――号令を出すのは、僕か。
そういう役目だ。恭介自身が立候補したのだ。
背後は壁。逃げ道は無い。
スッ。できるだけ堂々と手を挙げて、そしてカーレン達を指した。
雰囲気の変化を察したのだろう。カーレンとシラユキがベンケイから飛び降りる。
「今すぐに投降しろ。お前達がやっている事は明確なテロ行為だ」
「やだね、やだねぇ。つまらないことを言うんじゃないよ。言われて止まる様な善良な人間にあたし達が見えるってのかい?」
――まあ、そうだよな。
はぁ、っと恭介はため息を吐いた。狂人達のことは分からない。彼ら彼女らにも何か理由があり、戦い、殺し、壊し、殺され、壊されている。
それでも、戦わずに済むなら越したことは無かった。
「最後に聞きたいことがある」
「何だい? あたしが知っていて教えて良いことなら教えてあげるさ」
戦いは避けられない。ならば、この僅かな対話の時間で得るべき情報が恭介にはあった。
「木下優花、僕の妹を壊したのはエンバルディアか?」
仮説が恭介にはあった。
木下優花を攫ったのは脳特殊開発研究所。そこには穿頭教が居た。
そして、先の桃島を巡った穿頭教との戦い。穿頭教とエンバルディアの関係が明らかに成った。
穿頭教にはPSI研究の基礎能力は無い。だけれど、木下優花はこうしてPSIを発現している。
誰かが、手を貸したのだ。
恭介の質問にカーレンは思い出す様に首を傾げ、ヨシツネへと振り返った。
「あたしは知らないねぇ。人間を殺すのに興味がある訳じゃ無いんだ。ヨシツネ、知ってるかい?」
「木下優花。……ああ、見たことがある。胎盤を使われたあの少女のことか」
はああぁ、恭介は更に深くため息を吐いた。ああ、そうか。
ならば、エンバルディアを恭介は敵としなければならない。
「やれ」
「燃えろ!」
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
号令を待ち構えていたホムラが極大の火柱を発生させる!
「恭介様、ワタクシが前に出ます」
即座に前に出たのはヨダカだ。ジュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウと大太刀は灼刀へと変わり、敵へ、カーレンの元へと突進した。
「いきなりだねぇ! 号令も無いのかい!」
カンカンカン。コンパスの様に尖った義足で地面を鳴らし、カーレンの前方にシラユキが出た。
「凍って」
パキパキパキパキ! 走りながらシラユキが地面を撫で、その手に長さ一メートルほどの氷の剣を作り出す。
「シッ!」
一足一刀。ヨダカが大上段から灼刀を振り下ろした。
「熱いのは嫌いなの」
そう言いながらシラユキが選択したのは真正面から受け止める事だ。
ジュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!
灼刀と分厚い氷の剣が刃を交え、大量の蒸気が産まれた。
パキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキ!
「溶かすことでへき開を避けますか」
「離れて欲しいわ。暑苦しい」
ヨダカが感心した様にヨダカが呟き、長き灼刀を振り乱す。
対して、シラユキは涼しい顔のまま、氷の剣をヨダカへと突き出していった。
ジュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!
パキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキ!
蒸気と氷、昇華と凝固が繰り返される。
「カッカッカ! 喰らいなぁ!」
カーレンの義足がガシャガシャガシャ、銃口が恭介を狙った。
瞬間、ホムラが恭介のベルトを掴み、右にジャンプする。
バンバンバンバン!
銃弾は恭介の僅か左に逸れ、引っ張られた衝撃で腹の傷が少し開き、激しい痛みが声を上げた。
「燃えろ!」
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
ホムラがヨダカごと炎でシラユキとカーレンを覆う。
しかし、炎をカーレンはたった二歩動くだけで避け、シラユキは意に介していない。
――サーマルキネシス相手にパイロキネシスは相性が悪いか。
酸素を吸わずとも稼働できるキョンシーにとって炎が脅威なのは単純に熱いからだ。金属部品、生体部品問わず、どの様な物でも熱に対しては劣化する。
だが、熱を操る高レベルなサーマルキネシスト相手にパイロキネシスでは有効打を与えるのは難しい。
「先に戦闘を始めるな! やあやあ、某はベンケイ! いざ死合おうぞ! 左腕の仇を取らせてもらう!」
ギュルギュルギュルルルルルン! ガチャガチャガチャガチャ!
ベンケイとそれに乗ったヨシツネがヨダカへと左腕を突き出す。そこからは無数の歯車、ドリル、刃が回転している。
恐ろしき鉄の暴力。戦闘用にチューニングされているとはいえ、ヨダカの肉ならば簡単に削る切るだろう。しかも、今のヨダカはシラユキとの戦闘に掛かり切りだ。
「二、四、六号、足を止めろ」
長谷川が指示した三体のキョンシーがその体をベンケイの車輪へと投げだし、グチャグチャグチャグチャと肉片と成って回転を鈍くし、
「むっ!」
「一、三、五、七号、腕を崩せ」
四体のキョンシーがベンケイの突き出された腕に飛び付いた。肉に刃が食い込もうとお構いなしだ。
「某の相手は貴様か長谷川圭!」
「そうなるね」
――これで良い。当初の打ち合わせ通りだ。
恭介はベンケイへの意識を一旦消す。そうでなければ戦えない程に自分は未熟なのだと理解していた。
――ココミ、シラユキは操れるか?
(触らなきゃ無理)
切り札の発動条件はあまりに厳しい。
ジュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!
パキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキパキ!
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
「ホムラ、ココミの指示で断続的に炎を出せ。とにかく当て続けろ」
熱と氷と炎。殺人的三重奏を見つめ、恭介はキョンシー達へ指示を出す。
腹が痛い。上手く動かない脳をフル稼働する。戦いは直ぐに終わる。そんな予感があったし、そうでなければ勝ち目が無かった。




